第222話 アルテリアに到着
翌朝はクリム宅で朝食をとり、そのまま観光する事もなく出発する事にした。
また半月もすればヴァイス=エマに行く予定もあるので、今回はクリム達との再会が目的であり観光は予定していなかった。
昨日の酒場で弁当をお願いしてあったのを受け取り、車を見て顎が外れる程に驚いている店主にお金を払って車に乗り込む。
アルテリアまではおよそ五時間もあれば着くだろう。
この日はミリーとエレクトラが交代で運転すると言うので任せる事にしている。
初の車の運転という事でエレクトラも嬉しそうだ。
そして後席には運転席側からリゼ、千尋、蒼真、アイリの順に座り、リゼとアイリはいつも以上に上機嫌で映画を再生する。
アクションものが観たい男二人に構わず、ラブロマンスものの映画を再生するあたりは何らかの期待を込めての事だろう。
千尋も蒼真もそんな事は何一つ気にするわけでもないのだが。
「じゃあエレクトラさん。私の運転見ててください!
オートマチックを理解していないミリーが難しい事は何もないと言うが、運転するのに必要のない知識なので問題はないだろう。
「私に覚えられるでしょうか…… ミリーさん、何度も聞いてしまうかもしれませんがお願いしますね」
「まっかせてください!」
ミリーがアクセルを踏み込むと、ホイールスピンしながらの急加速を始めるヘリオス。
バリウスより乗り心地の悪くなったヘリオスにはミリーも慣れてはおらず、そんな事をすっかり忘れて以前のようにアクセルを踏み込むと、急加速するのは当然だ。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉお!!?」
「きゃぁっ!!」
「なんのっ! てやぁっ!!」
奇声の後に掛け声をあげたミリーのブレーキにより、ロックしたタイヤが土埃を大量にあげて車は急停止。
車重が重い事もあって車体が浮き上がる事がなかったのがせめてもの救いか。
全員の顔が恐怖に引きつり、やらかしてしまったミリーはゆっくりとエレクトラの方に顔を向け、不自然な笑顔を見せる。
「エ…… エレクトラさん。これは運転の悪い例ですから気をつけてください。へたをすると舌を噛みますので。まずは悪いお手本をお見せしました!」
「そそそそうなのですか!?」
無理矢理にごまかそうとするミリーだが、ハンドルを握っているその手は汗がびっしょりだ。
今度はそっとアクセルを踏み込み、そろりと加速していくヘリオス。
街道に出て左へとハンドルをきり、アルテリアに向けて加速していくのだった。
ある程度の道のりを運転すれば慣れるものでミリーの運転でも順調に走り進み、途中エレクトラに交代するとまた安定しない加減速もありつつ以前オーガと戦ったであろう山の前までたどり着く。
山道の運転は自信がないと言うエレクトラに対し、いまいち運転には信用のならないミリーが私に任せてくださいと胸を張る。
またミリーの運転で山道を登り進むのだが、やはりアクセル操作を誤ると登り坂でもとても怖い。
何度か怖い思いをしながらも、次第に慣れて順調に登り進めて行った。
山の頂上付近にたどり着き、ここは以前オーガと戦いクリム達と出会った場所であり見晴らしもいい。
それならばとここで昼食をとることにした。
ヨルグの料理はやはりピリ辛で、まだ少し肌寒いこの季節には体が温まってとてもいい。
「懐かしいねーここ。オレ達が初めて難易度10に挑戦したとこだもんね。あの時も楽しかったなー」
「まあ楽しかったとは思うけど、ここに来るまでが大変だったわよね。野営しながら歩きで二日以上かかったもの」
「野営ですか!? 噂ですと外で寝るとか! それは本当なのですか?」
「エレクトラさん、そこは雨風をしのげるテントというものがあるんですよ。寝袋もあるので土の上に直接寝るわけではないんです」
ミリーにとってはテントや寝袋などの野営道具は当たり前かもしれないが、それほど稼ぎのよくない冒険者達は地べたに雑魚寝するのが普通だ。
そもそも野営をしない冒険者というのも珍しいのだが、ミリー達は野営などオーガクエストの時以外にした事はない。
テントや寝袋もエイルに預けたままとなっている。
「そうなのですね。楽しそうですしわたくしも野営をしてみたいです」
「野営は嫌いだ……」
「えーそうですか? 私は楽しかったですけどね? また野営しましょうよー」
野営を嫌う蒼真は今も変わらない。
洗浄魔法が使えるとはいえ、できることなら毎日お風呂に入りたい蒼真なのである。
「…… 王女様に野営はさせられません!」
そしてアイリはやはり蒼真に甘い。
蒼真が嫌がるのであれば、エレクトラ王女を野営させるわけにはいかないという理由をつけて阻止するつもりのようだ。
実のところアイリも野営した事はないのだが。
昼食後は到着も早いだろうという事で、少しお茶を楽しんでから出発する事にする。
お茶とお菓子を口にしながら景色を楽しむ千尋と蒼真。
ミリーはエレクトラに野営気分を少しでも味わってもらおうかと、車内から肌寒いときようの毛布を引っ張り出して、体に巻きつけてもらって寝転がる。
それは簀巻きではなかろうか。
そういうものかと素直なエレクトラも真似しているが、やはり王女を地べたに寝転がせるのは…… 簀巻きにして転がすのは忍びない。
「ねぇ、エレクトラ。アルテリアに戻ったら私がお世話になってた研究所の敷地内を借りてみんなでキャンプしない? それなら蒼真も文句ないと思うし野営気分だって味わえるしどうかしら?」
「うわぁっ。宜しいんですかリゼさん! 是非ともお願いしたいです!」
「そ、蒼真さん。どうですか!?」
何気にアイリもキャンプがしたいような期待する目で蒼真を見る。
「ああ。それならオレも平気だ。宿泊所にシャワーもトイレもあるしな」
蒼真が乗り気であれば全員でキャンプができると、飛び跳ねて喜ぶ女性陣は素直で可愛らしい。
野営を拒否したのを少し悪い事をしたなと思い、頭を掻く蒼真だった。
昼食を挟んだ二時間程の休憩を終え、再び出発してからおよそ二時間半ほどでアルテリアの街に到着した。
歩きで二日以上もの距離も車であれば短時間で移動できると考えればそれ程遠いと感じる事もなかった。
西部から街へと入りゆっくりと車を進めて行くと、懐かしい景色に嬉しさがこみ上げてくる。
車を停めるところを考えていなかったのだが、工房の横には空き地があり役所で許可をもらえれば停車しておいても問題はないだろう。
まずは今日からまたお世話になる宿屋【エイル】へと向かう。
もちろん宿のオーナーとレイラ、スタッフへのお土産も大量に持っていく。
エイルは千尋の工房から道の向かい側の左手にすぐ見える位置にあり、入り口前にはレイラが出て来て待っていてくれたようだ。
「皆さん、おかえりなさい。従業員としてはいらっしゃいませと言うべきかしら。また会えて嬉しいわ」
「レイラただいまっ!」
リゼが久しぶりの再会に思わずレイラに抱きつく。
それに続いて千尋達も「ただいま」と、宿に来たというよりも帰って来たと挨拶をする。
そんな中、エレクトラだけは帰って来たわけではない。
「新しいお客様かしら。宿屋エイルのレイラと申します。よろしくお願いしますね」
「はじめまして。わたくしエレクトラ=ノーリスと申します。今日からお世話になります」
笑顔で挨拶を交わす二人だが、エレクトラを見たレイラは急に余計な心配を覚える。
「ねぇリゼ…… この方とても美人よ? それも絶世の美女と呼べるほどに。あなた大丈夫なの?」
「な、何を言っているのよレイラ。エレクトラが美人だとしても私達には何の問題はないわ」
「千尋さん。千尋さんから見てエレクトラさんはどう見えるかしら」
「んん? エレクトラは…… すっごい美人だよね! 可愛いし優しいし、王女様なのに鼻にかけるような事もないしさぁ。エレクトラみたいな王女様なら誰だって憧れたり好きになったりするんじゃないかなー」
千尋からの評価に嬉しそうに顔を赤くして頬を押さえてみせるエレクトラ。
それに対して固まるレイラとリゼだが、固まる理由は二人とも違うのだろう。
知らなかったとはいえ他国の王女に無礼を働いてしまったと青ざめるレイラと、千尋が言った「好きになったりするんじゃないかなー」を頭の中で反響させるリゼ。
「わたくしも千尋さんはとても素敵な男性だと思いますよ。凛々しい表情をしたときなどは特に。女性として胸が熱くなるのを感じますわ」
「きゃぁぁぁぁあ! やめてよエレクトラぁ!? あなた相手じゃ誰だって不利になっちゃうのよぉ!」
エレクトラの言葉を聞いた千尋が嬉しそうな表情をすると、それを見たリゼが半狂乱に陥る。
エレクトラに縋りつくリゼだったが、それを見るミリーやアイリはどことなく嬉しそうな表情をしていた。
エレクトラの目が朱王や蒼真から離れるのであれば、なんとなく安心感を覚えられるようだ。
アイリとしては本当に不安であり、蒼真がエレクトラに好意を抱いてしまえば勝ち目はないと感じている。
ミリーでさえ朱王が心変わりしたらどうしようかと思うほどに美人で普段から完璧に見えるエレクトラなのだ。
それどころか自分が男であればエレクトラ以外考えられないと思うほどにミリーはエレクトラを好いている。
「で、では皆さん。宿へご案内しますのでどうぞ」
これ以上失礼はないようにと宿へと進むレイラに、様々な思いを胸に抱きながら続く一行。
受付では二人部屋を三部屋借りる事にして、お土産をオーナーや従業員に配って再会を喜ぶ。
この日は豪勢な晩ご飯を用意してくれるというので今から楽しみだ。
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