第188話 潜入

 屋根の上に立つ千尋と朱王。

 黒装束、それも忍者のような服装に着替えて武器には忍刀と手裏剣を用意。

 朱王の邸から王宮はすぐそこなので、に朱王邸の屋根の上に立つ。


「セルカ。国王の邸に他の密偵はいるか?」


「はっ。二名確認しております」


 千尋の背後に突如現れた女性。

 全く気配のない鍛えられた暗部。

 千尋でさえ動きがあるまで気付くことさえ出来なかった。


「すっげー!! セルカかっこいいね!」


「お褒めに預かり光栄です。千尋様」


「千尋君、雰囲気は大事ね。ここ重要」


「あっ、ごめん朱王さん」


 潜入ごっこを楽しもうという朱王はいつになく真剣だ。

 遊びに真剣に取り組む朱王はいつもの事だが。


「セルカ、国王の元まで案内してくれ」


「はっ!」


 セルカが屋根から飛び降り、それに続いて朱王と千尋も走り出す。

 身体強化の高い暗部のセルカは、その実力もニコラスの認めるところ。

 走り一つとっても他の追従を許さない程に速いのだが、朱王は当然としても千尋も余裕でついてくる。

 さすがは朱王の客人と感心しつつも、朱王の表情から重要な任務だと意識を高めて潜入に挑む。




 王宮の門の側には警備騎士が複数名いるが、そこから横に数十メートル離れた位置で跳躍して一気に塀を駆け上がるセルカ。

 朱王は一足飛びで塀の上に着地。

 同じように千尋も跳躍して朱王の横に並ぶ。

 千尋のその身体能力の高さなら安心できると、塀伝いに国王のいる邸へと走り出す。


 警備騎士は夜でも王宮の所々に配されており、潜入はそう簡単に出来るものではない。

 騎士の配置を熟知したセルカであれば難なく潜入する事も出来るが、朱王と千尋のみで潜入した場合にはすぐに見つかってしまうだろう。

 ただし普通に潜入した場合にはだが。


 夜目の効くセルカに対し、リルフォンのナイトスコープ機能で視界を確保する千尋と朱王。

 はっきり言ってズルい。


 セルカと朱王はアイコンタクトを取りながら、そして朱王は千尋にメールを送信しながら目的の建物の屋根へと到達。


「朱王様。この邸の二階、右奥の部屋が国王様の部屋となります。しかし部屋の上にはどこぞの暗部が忍んでおりますので、気付かれずに国王様に接触するのは至難を極めるかと」


「セルカ。君にこれを報酬代わりに渡そう。説明も一切省いて使用方法を脳内ダウンロード出来るようにしてある」


 朱王が渡したのはリルフォン。

 確かに潜入しているのであれば言葉を交わすよりもメール機能を使った方がいいだろう。

 しかしとんでもない事をさらっと言う朱王。

 脳内ダウンロード…… 本当になんでもありだなと呆れる千尋。


「こ、これを私に!? この神器とも思える物を貰ってもよろしいのですか!?」


「良ければ仲間の分もあげるね。何人いるの?」


 千尋も持って来ていた。

 ただし脳内ダウンロードはできないリルフォンだが。


「私の部下が三人おります。他の場所に行けば隊長格が他にもおりますが滅多に会う機会はありません」


「じゃあ三つね」


 仲間の分三つを渡し、セルカは朱王から受け取ったリルフォンを耳につける。

 脳内に使用方法を一気にダウンロードされ、若干の目眩を覚えるがリルフォンの全てを理解する。

 まずは手始めにナイトスコープ機能を起動し、夜目が無くとも夕暮れ時程度の明るさまで視界を確保できる事に驚く。

 叫びたい程の驚きを抑え込み、脳内にダウンロードされたあらゆる情報からメール機能を選択。

 脳内視界にも驚くセルカだが、まずは任務を優先すべきと朱王と千尋宛にメールを送信。


セルカ[きゃぁぁぁぁぁぁあ!! 凄い!! 凄過ぎます!! この感動をどう伝えたら!? このような物を受け取ってしまってはお返し出来るものがありません!! どうしたら良いのでしょう!?]


 叫びたい程の驚きをメールで送って来たセルカ。

 思った事をそのまま文章にできるので、こんな事もあるのは当然といえば当然か。


朱王[セルカ、まずは任務に専念しよう]


セルカ[申し訳ございません。あまりの嬉しさに我を忘れてしまいそうになりました]


朱王[さて、国王と密偵の位置はどこだろう]


千尋[国王様の位置を確認するとしたらサーモグラフィ機能じゃダメだよね。魔力感知機能でも見えないんだけど]


セルカ[密偵は私達暗部と同じく魔力を感知されないよう制御しています。直接確認する以外に方法はないかと思われます]


朱王[密偵は国王に意識を集中してるよね?]


セルカ[はい。国王様の偵察ですので当然です]


朱王[じゃあ国王を通して幻覚を見せよう]


「「は?」」


 二人同時に声を出してしまうくらい滅茶苦茶な事を言いだした。

 朱王はハロルド国王にシルヴィアとの作戦内容をメールで送り続けており、そのまま密偵に幻覚を見せる事を報告。

 その方法は至って単純。

 リルフォンでテレビ通話にし、国王の視界を映すようにしてもらう。

 国王には少し肩をほぐす為に肩を回し、ゆっくりと首を回して、密偵に気付かれないよう天井を見回してもらう。

 ただそれだけだ。

 あとは朱王が密偵の位置を把握し、朱王が知覚できたらリルフォンの魔石を介して幻覚を発動する。

 単純な幻覚であればこの方法でも出来ると言う朱王だが、どこかで試していたに違いない。

 千尋はどこでだろうと首を傾げながら考え込む。

 そもそも誰を介したかもわからないので、考えてもわかるはずはないのだが。


「よーし、じゃっ◯ーん」


 朱王は幻覚を発動し、密偵達の視界には普段の国王の行動が映し出される事になる。

 千尋としてもいろいろと言いたい事はあるが、朱王は楽しそうなのでとりあえず我慢する。

 だが声を大にして言いたい。

「潜入した意味ねーよ!」と。




 だが朱王は密偵に幻覚を見せておきながらも潜入ごっこの続きを始める。

 屋根を走り、壁に隠れ、天井に張り付き、屋根裏に入ろうとしたところで汚いからとやめた。


 そのまま国王の指示があった部屋へと移動し、そこで堂々と話し合う。

 千尋と国王は聖剣の改造案を話し合い、朱王は聖剣と全く同じようにミスリル剣にダメージ加工を施す。


 魔力を溜め込む仕様になったミスリル剣は聖剣と見分けが付かない。

 そして聖剣の溜め込む魔力量もほぼ2,000ガルドとなかなかの性能を持つ。

 これでシャッフルしたらわからなくなるなと思いつつも朱王は左右に持った剣を高速で持ち替える。


「さーて、聖剣はどっちだ!」


 聖剣で遊び始めた。

 国王が見比べてもわからない程に完璧なダメージ加工となっている。

 これなら改造に持ち出しても誰も気付くまい。

 左右に持った聖剣とミスリル剣。

 国王と千尋は別々に選び、国王が正解し千尋が不正解となった。

 しかし二人ともたぶんこっちと適当に選んだだけだが。




 帰り際、何となく嫌な予感がした朱王。

 聖剣として持って行こうとした剣に千尋の魔石を当ててエンチャント…… ができない。

 実は千尋が正解し、国王が不正解だった。

 悪ふざけして問題を出しておきながら、本人までわからなくなるとは此れ如何に。

 危うく聖剣の模造品を持ち帰るところだった。

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