第186話 市民街へ
海で遊んだ次の日は聖騎士訓練所かとも思われたのだが、ハリーがシルヴィアに話をしたところ、後日相談してからお願いしたいとの事だった。
ウェストラル聖騎士も十二人いるのだが、どうやら派閥があるそうでその関係性も少し微妙なのだとか。
危険な匂いを感じつつもこの日の訓練が終わり次第、シルヴィアを邸に呼び出す事にした。
さて、聖騎士訓練場の予定が崩れたので、この日は市民街に出て観光を楽しもう。
役所への届け出はニコラスが済ませてくれたとの事で、役所にはクエストを受ける時に行けばいい。
朝着替えたまま私服で街へと向かう。
ウェストラルの市民街はしっかりとした区画整理がされており、遠目に見ても整った形の街並みをしている為綺麗だ。
一番通りから十三番通りまであり、横方向にAブロックからJブロックまであるそうだ。
海側がAブロックとなっており、その土地の権利は高値で取り引きされるという。
貴族街から繋がる道はメインストリートとなっており、広い大通りは綺麗な街並みで、様々な店舗が軒を連ねる。
喫茶店やレストラン、衣類に装備などの店が建ち並んでいるそうだ。
いかにも南国といった街路樹も植えられており、その脇には露店を構えて手軽に買い食いできそうな食べ物が売られている。
そしてEブロックとFブロックの間も大通りとなっており、様々な野菜や果物、肉に魚介など、多くの食材が購入できるそうだ。
市民、貴族のどちらもこの食品通りで購入する為、時々気まぐれに訪れる貴族と遭遇する事もあるそうだ。
貴族は食品を購入すると言っても使用人達が購入するのであって、貴族は本当に気まぐれで訪れるのだ。
千尋と朱雀はメインストリートに来るなり、すぐに側にあった露店で貝の串焼きを購入して食べる。
一口食べては次の店に向かい、今度は魔獣肉の串焼きも購入。
朝食を食べてきたにもかかわらず、買い食いは別腹とでも言うかのように美味しそうに食べる。
そして朱王が指差すのはカキ氷の露店。
甘い氷が食べられると聞いては女性陣が黙っているわけもなく、全員分購入してそのシャリシャリとした氷の食感、甘さを噛み締め、頭にキーンとくる冷たさに頭を押さえる。
そして日差しの強さに遮ぎる為、衣料店で帽子とファッション性の高いサングラスを購入し、再び街を歩いてはウィンドウショッピングを楽しむ。
食品通りでは千尋はウェストラル産のポテッツを、蒼真は乾燥したカラフルコーンを購入して邸に届けてもらうようお願いした。
ジュース用にと果実もいろいろと購入してある。
昼食はAブロックでも人気の高いレストランで食べる事にしたのだが、ウェストラルでは珍しい肉料理メインのお店。
ここしばらく魚介を堪能していたので、肉メインの食事も美味しく味わう事ができた。
デザートにはフレッシュジュースと果実の皮を器としたシャーベットを味わい、満足のいく昼食を堪能した。
今日は水着ではないが、市民街からの海も見に行った。
多くの人々が水着を着て海を楽しんでおり、浮き輪を持った子供達も多く遊んでいる。
そこそこ波は穏やかで、小さな子供でも安心して遊べそうなビーチだ。
少し遠くに目をやると波の高さが違う場所もあるが、海の深さ次第で波も変わるとの事。
今目の前のビーチは浅い海が広がっているのだろう。
それにしてもカップルが多い。
水着を着た男女が腕を組みながら歩いているのが気になるリゼ、ミリー、そしてアイリ。
リゼはエイミーの出現により、少しでも多く千尋と触れ合いたいと手を繋ぐ。
千尋は手を繋がれても全く動揺しないが、リゼとしては結構頑張っての行動だ。
顔が熱くなるのを感じながらも、行動に出た自分を褒めたいリゼだった。
ミリーも朱王に腕組みをする。
少し暑いがそこは我慢。
周りにも腕を組んで歩く人達は大勢いるのでそれ程抵抗はない。
アイリも蒼真の腕を見つめるが、付き合っているわけでもないのでその手を取りたくても取れない。
肩を落とすアイリにエレクトラが手を差し伸べ、少し笑いながら二人で歩く。
みんなが手を繋いでいるのを見た朱雀。
あと一人手が空いているとすれば蒼真かと、朱雀は蒼真と手を繋いで歩く。
その二人の背中を手を伸ばして見つめるアイリだった。
しばらく市民街を見て回り、邸に戻ったのが十六時半過ぎ。
この日聖騎士長であるシルヴィアが来るはずなので外のテラスでカクテルを飲みながら待つ事にする。
ニコラスも孫が来るのだと嬉しそうに待っている様子。
ユフィ、シェリル、ミューラン、リナが到着し、四人にも飲み物を出してもう少し待つ。
十七時を少し過ぎた頃にハリーとシルヴィアが邸へとやって来て挨拶をする。
「ウェストラル王国聖騎士長シルヴィア=ガルブレイズ、ただ今参上致しました。お招き頂き恐悦至極に存じ奉ります」
以前リルフォン会談でも見た事のあるミスリルの鎧を着た長身な女性。
ブロンドヘアに緑色の目をした、ミューランにも負けない凛々しく綺麗な女性だ。
「うーん、固い! 普通でいいからね!」
「は、はい。お祖父様もお久し振りです」
「ようこそお出でくださいました、シルヴィア様。今夜はごゆっくりお過ごしくださいませ」
「お、お祖父様!?」
「なに、孫とて今夜は朱王様の客人。楽しんでいってくれると私も嬉しいのですよ」
「ニコラスも今夜くらいは休んでもいいんだよ?」
「お心遣い感謝します。ですが朱王様が滞在される間は休む気はごさいません」
「シルヴィアがお固いのはニコラスの遺伝だよね」
シルヴィアも朱王の言葉に苦笑い。
ニコラスも自覚があるのか頬を掻いていた。
まずは夕食前には風呂だ。
この日は男性陣が洞窟温泉、女性陣は露天風呂。
シルヴィアはエイミーの隣の部屋に泊まる事にして露天風呂へと向かう。
魔法の洗剤で体を洗い、酒を飲みながら風呂での女性達の交流を深める。
この日もミリーからの命令という
夕陽で紫色に染まる遠くの雲を見つめながらシルヴィアの祖父、ニコラスの話を聞く。
老齢で現役を引退しながらも、朱王に出会った事で、かつて最強と呼ばれた聖騎士長時代よりも強いだろうとの事。
当時は内乱が多かったウェストラル王国だが、ニコラスによって反乱軍を討伐。
謀反を起こした者は全て粛清したそうだ。
祖父がニコラスで孫がシルヴィアならは両親はどうなのかと聞いてみる。
シルヴィアの父は元魔導師であり、引退してからは財務に携わる仕事をしているとの事。
母は魔法研究所の職員で、現在も研究所で生活魔法具の研究をしているそうだ。
この日珍しくリゼが恋愛トークをしないのは、エイミーに連られてシルヴィアまで千尋に意識を向けてはと警戒した為だ。
不思議に思ったミリーが敢えてシルヴィアに問いかけていたが、日々鍛錬の為、恋愛などに現を抜かしている暇などないと言う。
お固いというより少し心配になるミリーだった。
洞窟温泉では朱王達と一緒にニコラスも風呂に入る。
頑なに断るニコラスだったが、命令だと言うとあっさりと従う。
しかしこの爺さん。
六十五歳とは思えない、誰よりも鍛え抜かれた体をしている。
体が筋肉で膨れ上がるのではなく、いかにも剣を振るい続けて鍛えた剣術の為の肉体。
発達した前腕がその実力を物語る。
語るのは前腕だけではなく、口も誰よりも語る爺さんだ。
話し上手に聞き上手。
執事としては聞き上手に限るとも思うが、ニコラスの話は面白く、蒼真は元の世界の祖父を思い出しながら話をする。
朱雀もニコラスとはよく喋る。
爺さんと孫ではないが、ワイワイと話し合う姿はほのぼのとする光景だ。
風呂上がりにブロー魔法でシルヴィアもニコラスもサラサラツヤツヤのいい香り仕様に早変わり。
朱王達が邸に来てからはニコラスも魔法のヘアオイルを使っているが、千尋達のブロー魔法はその髪質をさらに艶めかせてくれる。
「むう。髪を乾かすだけでもすごい技術ですな」
「風に形を付けるように圧力を掛けてブラッシングするイメージで乾かすといいよー」
「千尋様は簡単に言ってくれますね。それがどんなに難しい事かわかっておられないようです」
と言いながらもあっさりと出来てしまうのがニコラスだ。
普通の人間の魔法ではそうそう出来るものではない。
「ニコラスさん。これも使いますか?」
「む? なんですかな?」
「千尋さんの魔法の化粧水です。お肌にハリが出ていいと思います」
「では失礼して……」
ミリーが瓶から魔法の化粧水をニコラスの手に適量出す。
水よりも少し粘度がある不思議な水だ。
ミリーが説明するようにして肌に当ててペタペタと化粧水を乗せていく。
すると顔に少し熱を感じた直後に変化が現れる。
年齢を感じさせる皺が少しだけ減っている。
深い皺はまだはっきりと残っているものの、小さな皺はほとんどない。
「すごいですねぇ…… 私の妻にも使ってみたいくらいです」
「じゃあこれ差し上げますね!」
「ミリーのは特別製だからね。ヒーラーの魔力から作られた化粧水だから傷も消えるはずだよー」
「古い傷も…… ですかな?」
「それ復元魔法込めたので治せるかもしれませんね」
「これ一つで邸が買えそうですな……」
千尋の作った魔法の化粧水の器、オリジナルを持っているのは千尋だ。
化粧水を作る際に、器に綺麗な水を入れて魔力を流すと精製される。
その魔力がヒーラーの魔力であれば、傷が癒える回復薬の働きも持つのだろう。
それがミリーの復元魔法であれば、どんなに古い傷も使い続けるうちに消えるだろうと予想する。
もちろん復元という事は老いた肌は復元され、ハリ艶ある優れた状態にまでと考えれば、貴族の女性が大金叩いてでも飛びつくだろう。
妻に喜んでもらえると嬉しそうに受け取るニコラスだった。
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