第136話 国王と獣耳

 今日も朝からバルコニーで魔力訓練をしていた千尋達。


「今日は何しましょうかね?」


「ムルシエさんが王様の昼食から会えるようにお願いしてきたって言ってたよー」


「お昼までは暇ですね」


「あと今夜からはクリムゾンの幹部が邸の方に来るそうですよ。モニターの設置も今日で全て終わるそうですから」


「じゃあ午前はそのモニターを全部チューニングしてこようかー」


「ノーリスにはいくつ設置したのかしら?」


「市民街が二箇所と貴族街が一箇所。クリムゾン訓練場が一箇所と王宮とで全部で五箇所みたいです」


「じゃあ分担して午前中に終わらせようよ! お昼前には王宮のも終わらせれば間に合うし!」


 この日の予定も仕事で埋まるようなものだ。

 モニターのチューニングと国王への謁見、夜からは幹部達が来るが……


「ここの邸にモニター設置してないじゃん!」


「千尋様。そちらは朱王様が昨夜設置しておりましたので問題ありません」


「そか」


 今夜からはまた映画上映会となるだろう。

 蒼真の為にもムルシエにコーンを用意するよう頼んでおいた。




 朝食を摂って早速仕事へと出掛けよう。

 クリムゾン訓練場に行って隊員に案内させようと歩いて向かった。


 ノーリス王国のクリムゾンにはそれ程多くの隊員はいないそうで、元々奴隷自体が少ない国だったとの事。

 獣耳のある人間とはミミ族という安直な名前の種族らしく、他国の奴隷商人などには珍しいモノとして拐われる事も多かったそうだ。

 その為古くからミミ族は獣耳のない人間を好まず、奴隷は獣耳のない人間のみで、親を亡くした獣耳の子供などは親戚などに引き取られていたとの事。

 しかし親戚で引き取ったとしても、引き取られた子供の扱いはそれ程良いものではない。

 奴隷と同じように労働力として働かされ、僅かながらの食料をもらう。

 獣耳のない人間の奴隷であれば当たり前のように働かされ、主人の機嫌が悪ければ食料をもらえない事もある。

 その分獣耳のある奴隷ではないミミ族の方がこの国ではマシな扱いを受けていたようだ。

 しかし朱王はノーリス王国での奴隷制度撤廃と、身寄りのない子供達の受け入れを行なった事でクリムゾンをこの地にも置く事とした。

 朱王の教育は子供達を立派な人間に育て、クリムゾンのこの国への貢献度から今では過去のような獣耳があるか無いかなどの差別は無くなったと言う。

 しかし獣耳があろうが無かろうが所詮は人間。

 心の中ではどう思っているのかはわからないのだが。

 それでも表面上は仲良くしていられるのであればと朱王はそれ程気にしていない。

 何かあったとしても戦う術は与えてある。




 クリムゾン訓練場に着くと十五人程の隊員達と、ゼス王国から派遣された区隊長他十人が仕事や訓練の準備をしていた。


「朱王様! ようこそお出くださいました! それと…… 皆様、はじめまして! クリムゾンノーリス支部隊長のオルネスと申します! よろしくお願いします。ご挨拶に向かえず申し訳ありません!」


 ワイアット同様なんだか暑苦しい感じがするのは気のせいだろうか。

 ハキハキとした挨拶には好感を持てるが、この国ではこれが普通なのか?


「オルネスも相変わらず元気そうだね。モニター設置は順調?」


「はい! あとは王宮への設置で全て完了します! …… ところでゼス王国からの皆とともにミスリルの設置をしていたのですが、あれはどのようなものなのですか?」


「聞いてないのか? 娯楽アイテムで物語を観れる優れものだよ」


「そこがよくわからないのです!」


「じゃあまずは訓練場のモニターをやっちゃおっか」


 千尋達も簡単に挨拶をして、きちんとした自己紹介などは今夜朱王邸にてという事で。

 訓練場の会議室、といってもそれ程広くはない一室に設置されたモニターがある。

 朱王が手早くチューニングを済ませて映像を映し出す。

 するとノーリス王国の隊員全員が度肝を抜かれて映像に見入ってしまう。

 十分程映像を見てもらって映像を停止させ、仕事が終わったら観ても良いよと告げると全員王宮へ向かって走り出した。


「人って餌吊るされると弱いよね」


「リルフォン渡し損ねたな」


「まぁ今夜渡せばいいわよ」


 そしてここで気が付いたが案内役までいなくなってしまった。

 仕方ないのでゼス王国からの派遣組から三人借りて案内してもらう事にする。


 千尋はリゼと東区へ、蒼真とアイリは西区へ、そして朱王とミリーは貴族街へとモニターのチューニングへと向かって行った。




 十時半には王宮前に着いた一行。

 借りていた派遣組三人は訓練場に戻ってもらったが、今夜は打ち上げをしてゼス王国へと帰ってもらうつもりだ。

 ムルシエにコールしてクリムゾン宿泊施設に豪華料理を運ぶよう指示を出しておく。


 警備騎士に案内されて王宮内へと入り、モニターを設置されたフロアで作業を始める。

 それ程大きなモニターではないが横幅だけでも4メートルはあるだろう、映画を楽しむなら充分だ。


 やはり警備騎士が数名と使用人がクリムゾン隊員達の作業を見守っていたらしく、後方に立って待っている。


 朱王が軽く挨拶をしつつ椅子に全員座ってもらい、千尋達でモニターの残りの組み付けとチューニング。


 映し出された映像に全員が叫び声をあげる。

 朱王でさえビクッとした。

 理由は簡単、蒼真のイタズラでホラー映像のどアップを映し出したのだ。

 嬉しそうな蒼真はまた映像の魔石を入れ替えて、映画を映し出した。

 千尋達は苦笑いだったが。


 あとは国王と会う時間になるまで映画を観て、案内されるのを待てばいい。




 軽い気持ちで映画を観ていたのだが、映画がもうすぐ終わりそう。


「朱王はどこだ!? 私に会いに来るのではなかったのか!? それよりも使用人達はどこだ!!」


 と、怒鳴り込んできたのはノーリス王国の国王だ。

 そして映画の山場を迎えている今、使用人達は国王も無視だ。

 国王も怒鳴り込んで来て早々に映画に見入ってしまう。

 空いていた席に座って映画の終わりまで鑑賞するという……


「ぐぬぬ…… これ程面白いとは…… 仕事を忘れてこの私を放置したのだが…… 怒るに怒れんな」


 どうやら満足してくれたらしい。


「お久しぶりですね、ノーリス国王。お手紙は読んで頂けましたよね? どうです? 映画は面白かったでしょう?」


「朱王よ、久しぶりだな。確かに映画は面白かった。私を放置したのは面白くなかったがな! それよりもお主、婚約したそうではないか! 我が娘の婿に来いと言うておったではないか!」


「私は国王なんて柄じゃないですからお断りします」


「なんだと! だが我が娘は私が言うのもなんだが美人だぞ!?」


「確かに綺麗な女性ですが…… 私にはミリーがいますのでお断りします」


 スッとミリーを引き寄せる朱王。


「はじめまして、ミリー=アルブレヒツベルガーと申します。国王様と言えども朱王は渡しません!」


 名乗ると同時に朱王を背にして国王に向かい合うミリー。


「ノーリス王国国王、イスカリオット=ノーリスだ。ふむ…… 確かに容姿は良いが私の娘エレクトラには及ばぬ。大人しく引くのだ」


「なんですとー!? …… まじですか? 朱王、エレクトラ姫は美人なんですか?」


「まぁとても綺麗な女性だね」


「どんな!?」


「獣耳があって……」


「ぐはぁ!! もう勝ち目がないじゃないですか!?」


「そこで負けを認めちゃうの!?」


 獣耳と聞いただけで絶望感を味わうミリーと優越感に浸る国王。

 そんなに獣耳は重要なのだろうか。


「私はミリー以外の女性と結婚するつもりはありませんよ。それに以前もお断りしたじゃないですか」


「お主程の男を簡単に諦められるか! それに男二人に女四人とは他にもお主を狙っておる者もいるのであろう?」


「オレは男だ!!」


 千尋は自分が女とカウントされた事にすぐに気付いたらしい。


「ほぉ。その顔で男とは。お主がどのような者なのか気になるな。名を何と申すのだ?」


「むぅ、男の中の男! 千尋だ!」


 かなり無理がある。

 千尋の見た目はどちらかと言えば男の娘。


「む? 千尋? ザウスの魔石の千尋か!? お主があの聖剣を改造した千尋なのか!?」


「そうだけど」


 ムスッして機嫌が悪くなった千尋だが。


「素晴らしい腕の持ち主だ! 美しい容姿をもち、あれ程に素晴らしい剣を作るのだ。なんともかっこよかったではないか! 聖剣のあの輝きに装飾の素晴らしさ! 男らしく実にかっこいい!」


 千尋をかっこいいとは全く言ってないのだが。


「ほんとかー!? オレカッコいいのかー!? よーし、ちょっと気分がいいから聞いちゃうよ! 王様も聖剣改造する?」


「是非ともお願いしたい! よし、食事をしながら聖剣について語り合おうではないか!」


「わかったー!」


 簡単にノセられる千尋だった。

 朱王はまた王女と結婚しろと言われても困るので黙り込む。

 そしてミリーは「獣耳…… 獣耳……」と呟いていてちょっと怖い。

 リゼとアイリは苦笑いし、蒼真はこの国王はやるなと感心している。

 朱雀は次の映画の魔石をセットして観始めるという自由っぷり。

 まぁご飯と言われればすぐについてくるのだが。




 王宮のゆっくりとした昼食を楽しみながら、千尋とリゼは国王と聖剣の改造案を語り合う。


 そして昼食には王妃と王女も席に着いている。

 王女はピンク色の長い髪をしたとても綺麗な女性だった。

 長いまつ毛にハッキリとした顔つき、薄い唇に透き通るような白い肌。

 そして垂れた獣耳がミリーにとどめを刺す。

 王女を見てミリーは膝から崩れ落ちてしまった程だ。


「勝ち目がないじゃないですか!! 私には獣耳がない!! どうして…… 私には……」


 と泣き出す意味もよくわからない。

 ミリーにとっては獣耳はとんでもなく可愛いものに映るらしい。


「どうしたんですか? お手をどうぞ」


 と王女に差し出された手をとって立ち上がるミリー。


「そ、そのうえ…… やさしいだなんてぇぇぇ……」


 とグズグズに泣き出すミリーはなんなのか。

 困った朱王は仕方なくミリーのブレスレットに埋め込まれた魔石を回収し、新しく作り出した魔石を嵌めてのイメージを組み込む。

 魔力色はそのままに、本人のイメージ次第で獣耳が生えるようにした。

 獣耳といってもあくまでもイメージの為触れないのだが。

 しかし獣耳が生えたミリーは大喜びし、リゼやアイリにも獣耳を生やした。

 そしてリゼの要望で話し込んでいる千尋のブレスレットも勝手に改造。

 千尋が嫌だとか言いそうだし、朱王と蒼真も獣耳仕様。

 朱雀にももちろんイメージを込めておいた。


 泣き止んだミリーは先程手を差し伸べてくれた王女へと近付いてお礼を言い、しばらくすると仲良くなったようで楽しそうに話し込んでいた。

 獣耳を手に入れて怖いものはなくなったようだ。

 蒼真からリルフォンを受け取ってエレクトラ王女の耳に似合いそうな物を選ぶミリー。

 時々朱王や千尋が作る手の込んだ可愛らしいリルフォンを付けてお互いに満足そう。

 あの何故か泣き出したミリーも王女と仲良くなれて良かったなと。


 食事を楽しみながら聖剣改造案を煮詰めたところでお開きとなり、千尋からリルフォンを渡すととても喜んでくれた。


 昼食後は蒼真が嬉しそうに聖騎士訓練場へと向かうので全員ついて行って訓練に参加した。


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