第114話 ハクア

「むっ…… むぅぅ…… よく寝れました……」


 ムクリと起き上がるのはミリー。

 まだ夜明け前だが目が覚めた。

 精神ダメージによる体の痛みはまだ少し残るものの、昨夜に比べればだいぶいい。

 ベッドの側にあるテーブルには、またボルドロフが差し入れてくれたであろうチョコレート。

 さっそく口に含んでその甘さを噛みしめる。


「むふぅ。美味しいですねぇ」


 そのまま黙々と全部のチョコレートを食べ終えるミリー。

 昨夜お風呂に入っていないし、痛みに耐えたせいで寝汗もかいた。

 夜中だがお風呂に入れるのだろうか……

 と、思ったらチョコレートの横にはメモ紙があり、〈いつでもお風呂に入れます〉と書いてある。

 さすがはボルドロフ。


 夜中に部屋から出て大浴場へと向かうミリーだった。




「ミリー様!!」


「ひゃう!?」


 部屋を出てすぐに声を掛けられ、驚いて変な声を出すミリー。

 声を掛けたのはハクアだが、ミリーの部屋の入り口に座るようにして寝ていたようだ。


「お体はもう大丈夫なのですか!?」


「痛みはだいぶ引いたので大丈夫です! それよりもお風呂に入りたくてですねぇ……」


「では私がお背中を流しま…… ご、ご迷惑でしょうか……」


「まだ体が痛いのでお願いしちゃいましょうかね!」


 と、二人で大浴場へと向かった。




 まずは自分で体を洗い、背中をハクアに洗ってもらう。

 右手をタオルで巻くのはやはり見せたくはないのだろうと、ミリーもあえて何も言わない。


 湯船に浸かって、ミリーお気に入りのフルーツミックスを飲む。

 ハクアも一緒に飲み、甘さと酸味がとても美味しい。


「やはりハクアさんはお肌が真っ白ですね」


「アルビノ種ですから色素が薄いんです。髪の毛も本当は真っ白なんですよ」


「むー…… 黒髪に何か拘りは?」


「これは朱王様が黒髪でしたので、白い髪を隠す為に真似させて頂きました」


「なるほど。ただ少し髪色とお肌の色が不自然な感じがするんですよ。あとで朱王に相談してみましょう!」


「ミリー様が髪色を選んでくださるのですか!? 楽しみです!」


「私が決めちゃってもいいんですか? ハクアさんの髪色なんですよ?」


「ミリー様がお選びするのであればどんな色でも嬉しいです!」


 ハクアの肌は血色がない程に白い。

 淡い色なら何色でも似合いそうだが、ミリーもなかなか決めかねるというもの。

 後日、朱王に相談して決めようと思うミリーだった。




 お風呂をあがってミリーの部屋で話しをする。

 ミリーの冒険譚や、ハクアのこれまでの生活やクリムゾンでの仕事など。

 クリムゾン暗部という職種ながらも、基本は捜査や調査など、王国内での孤児がいないか調べて回るのが普段の仕事らしい。

 また、国内で何か不正がないか調査する事も時にはあるそうだが、それ程危険が伴うような任務は無いとの事。

 以前、脱税疑惑のあった豪商を長期間の調査をする事によって捕らえた事もあったそうだ。

 暗部と聞けば暗殺なんかもあるのかと思ったが、朱王の部下では手を汚すような仕事は一切ないらしい。


 二人で話し込んでいるとすでに六時を回っている。

 そろそろリゼやアイリが起き出す頃だろう。


「皆さんにも心配をお掛けしましたからね。朝の挨拶をしてきましょう!」


「ご一緒させてください!」




 朝露に濡れた緑の庭園を抜けてテラスへとたどり着くミリーとハクア。

 今日も金色の光を放ちながら魔力に意識を向け続ける千尋と、その両隣ではリゼとアイリが魔力制御の訓練をしている。

 ハクアには千尋に声を掛けないように先に伝えて挨拶をする。


「おはようございます! リゼさん、アイリさん!」


「おはようございます! リゼさん、アイリさん!」


「ちょっとハクアさん、セリフが被るとどっちが言ってるのかわからないじゃないですか!」


「ミリー様は何を言っおられるのですか!?」


 復活して早々、相変わらずミリーはミリーだなと思いながら挨拶を返すリゼとアイリ。

 ボルドロフからコーヒーをもらってチョコレートのお礼も言っておく。


「ミリーは今日もゆっくり休みなさい。まだ本調子じゃないんでしょう?」


「そうですよ、無理をしてはいけません」


「えー。私もゼス王国を見たいですよー」


「今度私がご案内しますから、ミリー様も今日は我慢してください」


 というわけでミリーは朱王やハクアとお留守番。

 千尋達は今日もまたモニター設置に向かう事となる。

 もちろん聖騎士との訓練も込みだが。

 ちなみにこの日も蒼真は幹部達との朝練に汗を流している。

 朝練では精霊魔法での訓練ではなく、地属性強化のみでの剣術訓練だ。

 蒼真としては聖騎士との訓練よりも楽しい時間なのだが。




 朝食を摂って、千尋達は幹部五人と共に空の散歩がてら仕事に向かう。

 バルトロと女性聖騎士達は歩いて聖騎士訓練場へと戻っていく。

 朝食前にはバルトロの精霊契約と武器の強化を済ませてあるので問題ない。

 バルトロは魔剣に下級精霊シルフと契約し、盾には下級精霊ノームと下級魔法陣グランド。

 胸当てには上級魔法陣エアリアルを組み込んだ。

 風属性魔法に地属性のノームを組み合わせる事で、小石や砂によるブラスト効果を付与しようと考えたらしい。

 昨夜の蒼真のポップコーンを見て思いついたそうだ。

 風魔法に砂を一定量混ぜ込み、摩擦による静電気からの雷魔法にも繋がりそうな組み合わせだ。

 その性能を試したくて食事中にも落ち着きがなかったくらいだ。

 やはりおっさんなのに子供のような一面を持った男だなと思えた。




 朱王とハクアは作業部屋で昨日の続きの魔槍作り。

 ミリーはこの日は見学となる。


「ミリーはまだ体の痛みが残っているだろう? 今日はおとなしく見てるんだよ!」


 朱王にまで注意されてしまったし、実際まだ体に痛みが残るので椅子に座って見学する。


 すでに片刃の槍としての形状は完成している為、鏡面仕上げと装飾の仕上げ、色付けをすれば完成だ。

 ハクアにミスリル内の魔力を寄せてもらい、装飾部の彫り込みに陰影を持たせ、工具の強化でどんどん磨き込む。

 十時過ぎには鏡面磨きまでが完了し、ついに色付けとなる。


「色付けするならハクアさんの装備もいろいろと考えないといけませんねぇ。それにハクアさんの髪色も変えたいんですけど朱王は何色がいいと思いますか?」


「やはり黒髪はハクアの肌には浮いちゃうよね。私としてはハクアの髪色は元の白が一番綺麗だと思う」


 アルビノ種という事で迫害を受けてきたハクアが、以前の白髪に戻るというのは恐怖があるだろう。

 しかし朱王は今現在白髪に悪意を持つ人間がいるとは思っていない。

 白が一番綺麗と言った朱王にビクリと反応したハクアに気付いたが、ミリーは朱王を信じる事にする。


「私もハクアさんには白い髪が似合うと思います。目の色はそうですね、朱王の朱に因んで赤目が良いと思います! 私は黒髪赤目なんですけどね!」


 真っ白な肌に白い髪、赤い瞳。

 ハクアの容姿と重ねるとすっごく似合いそうだ。


「ミ、ミリー様と朱王様が仰るのであれば白髪にします。少し…… 怖いですが……」


 震える右手を左手で抱え込むハクアだが。


「ハクア、ただ戻すだけじゃないよ? この煌めきの魔石も使うんだ!」


「ふおぉぉぉぉお!! ハクアさんがキラキラしたら誰よりも綺麗になりそうじゃないですか!! 悪魔のような朱王とは真逆! 天使のようになれますよ!!」


「ミリー、それはちょっと酷いと思う……」


 苦笑いする朱王だった。


 まぁハクアのイメージカラーも決まった事だし、魔槍を着色する。

 柄部と刀身側の装飾部を白銀とし、装飾の彫り込みは黒く着色。

 刀身には普通の着色の魔石を使わずに、朱王の魔石にイメージを込めた着色魔石を作り出す。

 魔石を削り、水に溶いて刀身に塗り付けるとあら不思議。

 まるでホログラムのような七色の刀身となった。

 そして昨日作った石突部分の円環に、防具屋に特注したミスリル織物の帯を金具で固定。

 刀身と同じように七色の魔石で着色し、これまでにない妖しくも美しい武器となった。


 このままハクアに渡してもいいのだが、どうせなら装備を一新しよう。

 まずは朱王とミリーで飛行装備作り。

 ミリーには体の痛みを我慢してもらって、飛行装備をハクアへのプレゼントとしてもらいたい。


 白い翼に白い飛膜で純白の翼を作り上げる。

 素材は柔らかめのC級素材を使用し、強度よりも機動性を優先した。

 少し白すぎる気もした為、飛膜には見てもわからない程度に水色のミスリル粉をブラストし、装飾は金色と先程の七色で刺青を入れた。

 バックルは今までの物にさらに穴を一つ追加し、見た目のイメージを組み込んである。

 装備はこの後買いに行かないといけない為、ミリーの白いインナーで仮合わせ。

 飛行装備も似合っているので、今度はハクアが使っている貴族用ドロップから色の魔石を取り出して魔法を解除。

 煌めきの魔石用の穴を追加工して魔石を挿入。

 目色の魔石は赤に変更し、髪色の部分には魔力色の魔石を追加。

 魔力色はミリーと同じ七色だ。

 髪色が白く変わり、目の色は朱王やミリーと同じく赤になる。

 そした角度によって煌めく髪と目が、いっそうハクアを綺麗に魅せる。


「ふっおぉぉぉぉお!! ハクアさん! 可っ愛いーーーです!!」


「それだけじゃないよ。外に出て飛行装備を広げてみようか」


 朱王に促されて外に出るハクアとミリー。

 ハクアは朱王のやり方にならって飛行装備の翼を広げる。

 するとハクアの背中から広がるのはキラキラと輝く羽毛の生えた天使の翼。

 ミリーの要望通りに天使のようにしてみたわけだ。


「な、なんという事でしょう…… まさに、天使!!」


 まぁ天使に見えるよねと思う朱王。

 あとは魔槍を持たせて朱雀を呼んで精霊契約だ。


 ハクアに魔槍を渡し、前回同様に魔法陣を描いてもらう。


「今朝朱雀から連絡があってね、捕まえてるって事だから召喚しようか。ハクアの召喚に私の魔力が上乗せされればいいらしいからね」


 という事で朱王がまた上空に紅炎を作り出し、ハクアは呪文を詠唱する。

 魔法陣から光の柱が立ち昇り、そこへ現れたのは朱雀と女騎士の精霊。

 精霊がちょっと涙目なのは何故だろう。

 朱雀に言われるままに朱王は紅炎を霧散させ、ハクアと精霊の契約を見守る。


「朱王、此奴は八百年程前に生まれた精霊らしいんじゃが自分でも精霊としての種がわからんらしい。じゃが朱王の記憶から当てはめるとワルキューレ、それかヴァルキリーというのが一番近いかもしれぬ」


 朱雀の説明では八百年前の人間族と魔人族の戦いの中、死体の山を見下ろす形で精神生命としての存在を確立したらしい。

 そして人間と魔人が戦う様を見ながら、傷を負って苦しむ者達を生かす者と安らかに眠らせる者とを選別していたとの事。

 北欧神話だっただろうか、確かそんな記述があったような気もするので、ワルキューレやヴァルキリーという名が近いと言うのであれば納得がいく。

 とりあえず上級精霊ヴァルキリーとしておこう。


「ところで属性はどうなるんだい? どの属性にも当て嵌まらないような気がするけど」


「光属性と言っておる」


 この世界では聞き慣れない光属性。


「ハクア。その精霊と契約する?」


「はい! 朱雀様が連れて来てくださった精霊さんですので仲良くなりたいです!」


「ではミリー。このヴァルキリーとは話しをつけておるから復元魔法をするのじゃ」


「よーし! 頑張っちゃいますよー!!」


 ハクアの右手を包み込むミリーと、ミリーの肩に触れる朱王。

 そして朱雀はヴァルキリーの手をとり、右手でミリーの肩を掴んで復元魔法を開始する。


 目を閉じたミリーの体が光を放ち、ハクアの右手へと魔力が流れ込む。

 ハクアとミリーの魔力が繋がり、朱王のイメージを元に失われた三本の指を錬成する。

 朱王のイメージとミリーの錬成、そしてハクアの魂とヴァルキリーの精神体を連結するのは並大抵の集中力では実現は不可能だ。

 今のミリーは精神ダメージを負っているとはいえ、以前とは心のあり方が違う。

 朱王の幻覚だったとはいえ、魔族に倒された朱王を回復できなかった自分の不甲斐なさ。

 このままではダメだという心からの叫びがミリーの回復能力をさらに高めた。

 それは復元魔法、不可能を可能にする為のミリーの能力だ。

 絶対に治してみせるというミリーの意思を形にする。




 およそ三十分程も掛かっただろうか。

 ミリーが包み込む手の中には先程までなかった感触がある。

 目を見開くと、涙を流すハクアと目が合う。


「ハクアさん。感覚はありますか?」


「少し痺れがありますが…… ミリー様に包まれている指の感覚があります……」


 そっと包んだ手を開くミリー。

 そこにはハクアの右手が綺麗な状態で復元されていた。

 ハクアに抱きつくミリー。


「よかった…… よかったですねぇ…… うっ…… うぅっ…… うえぇーーーーーーん!」


「あ、あっ、ありが、とうございますぅっ…… うわぁーーーーーん!」


 二人とも泣き出してしまった。

 このまましばらく泣いていたのだが、泣きたくもなるかと見守る朱王と朱雀。

 そして待ちぼうけになるヴァルキリー。




 ようやく泣き止んだミリーとハクア。

 ハクアは全力の魔力を放出してヴァルキリーに差し出す。


「あなたの名前はヴァルキリーです。精神体をわけてくれてありがとうございました!」


 そのままやんけ…… とはツッこまないでおく朱王。

 ヴァルキリーはハクアの魔力を取り込んで魔槍へと飛び込んだ。


『よろしくね、ハクア!』


「喋れるんですか!?」


 さすがは上級精霊なだけあり、契約者とは会話ができるようだ。


「ハクアのその槍はアラドヴァルと名付けるとして、魔法陣はどうしようか? 光の魔法陣なんて魔導書には載ってないからね」


「じゃあハクアさんなら地属性ですかね。両脚にノームと下級魔法陣グランド、ドロップには上級魔法陣アースで良いと思います!」


 ミリーの提案により地属性で契約と組み込みを行った。


 その後上級精霊ヴァルキリーの精霊魔法を見せてもらったが、レーザー光が空へと放たれた…… らしい。

 しかし側から見ても放たれたのかはわからない。

 収束された光を放ったと言うのであればまぁ確かに横からは見えないのは当然の事だが。

 とりあえず撃ち出された光はどれ程の威力があるのか、試しに少し高めの位置にミスリルの板を設置。

 ハクアにレーザーで撃ってもらったのだが、表面が溶ける程には熱量があるようだ。

 しかし魔力による強化なしのミスリルで表面が溶ける程度だとすると、少し威力が足りない気がする。

 朱王はレーザーなどの光学的知識がない為、あとで千尋や蒼真に聞いてみるといいだろう。


 リルフォンもミリーが選んだ色のを付けて魔力登録し、ハクアの装備を買う為に防具屋へと向かう。




 ハクア用にと選んだ装備は、今着ているミリーから借りた耐火服に似たミスリルウェア。

 首元から胸元にかけてV字に黒で、全体は白。

 もちろんミスリルウォーマーも付属する。

 そして蹴り技を得意とする為、白いのショートパンツとニーソックス。

 どちらも黒いラインが装飾されたものを選択。

 ブーツは元々鈍色のミスリルレガースが付いているのだが、分解して新しく購入する白いブーツに組み付け直してもらった。

 肩には何もないが、その辺は見た目重視とした。




 ミリーの体調もまだ完全ではない為、装備を購入した後は朱王城へと戻ってゆっくりと休む事にした。

 帰る途中での会話。


「朱王様もミリー様も何から何までありがとうございます! ミリー様にはこの右手まで治して頂いて…… 感謝してもしきれません!」


「治ってよかったですね! ハクアさん!」


「あの…… ミリー様。私の事はハクアと、さんを付けるのはおやめくださいませんか?」


「む? ではハクアと呼ばせてもらいましょうか」


「はい! ミリー様!」


「むぅ。ではハクアも私の事をミリー様と呼ぶのはやめてください」


「え…… よ、よろしいのですか? …… で、では…… お母様……」


 なぜか母と呼び、ミリーを見つめるハクア。


「ふぇえ!? なんでお母様とか呼ぶんですか!?」


「ミリー。私もね、朱王様とか呼ばなくていいからって言ったらお父様と呼ばれたよ…… しかも皆んなにね…… だから朱王様でいいやって」


「わ、私もミリー様でいいです!」


「そうですか…… 残念です」


 クリムゾンは家族。

 家族であるのならば朱王は父、その妻となるであろうミリーは母という考えがクリムゾンにはあるのだろう。

 クリムゾンに所属する者のほとんどが元奴隷、そして孤児である為、朱王を親と慕うのもわかるのだが。

 自分とほとんど歳の変わらない相手に母と呼ばれるのは流石に抵抗があるだろう。




 そして朱王城に戻り、アルフレッドの試作デザートを食べながら千尋達を待つのだった。

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