第111話 復元したい

「く…… うぅっ…… っ」


 目を開きながら呻くミリーは両腕を抱えるように蹲る。


「だから言ったんじゃー。朱王の怒りの記憶じゃぞ? 朱王が感じた怒りや痛みをその魂に刻み込むようなものじゃ。回復魔法も意味がないからのぉ、しばらくはその痛みは引かぬぞー」


「ぐっ、む、むうぅぅぅう…… 怒りの魔石と言うよりは殺意の魔石でしたね…… ですが大丈夫です! こんな痛み、ハクアさんの痛みに比べれば全然痛くなどありませんよ!」


 と、強がるミリーだがその痛みは尋常ではない。

 回復魔法は傷や怪我を治す事はできるが、長く感じた痛みは癒す事はできない。

 長い時間感じた痛みというのは記憶に深く刻まれてしまい、精神へのダメージとして蓄積してしまう事で傷が癒えても痛みだけが残ってしまう。

 それと同じように朱王の記憶の魔石はその時の感情、痛みをそのまま記録として再現され、心の痛みとは傷の痛みと違い、精神への直接的なダメージとして伝わってしまったのだ。


「ミリー無理しちゃだめよ。悲鳴をあげた後からずっと呻いてたじゃない」


「そうですよミリーさん。少し休んだ方がいいです」


 リゼとアイリも心配してミリーに声をかける。

 リゼが言ったようにミリーは記憶の魔石を見ながら絶叫し、その後から体を抱えるようにして呻きながらも見続けた。


「平気です! ハクアさんちょっと来てください!」


 脂汗を流しながらハクアを呼び寄せるミリー。

 右手の袖を捲ってハクアの傷跡を見る。


「ミリー様。あまりお気を病まないでください。私は大丈夫ですから……」


「むぅ…… 私の回復魔法で治せませんかね……」


「完全に傷が塞がっているからね。ミリーなら指を復元するくらいまでならできるかもしれないけど…… 動く事はないだろうね」


「ミリー。そんな状態で復元魔法など使ってはどうなるかわかっておるのか? ましてや欠損した部分を復元してはハクアの魂も不安定になってしまうじゃろう」


「どうにかなりませんか!? 私はハクアさんのこの手を治したいんです!」


「いけませんミリー様! ご無理をなさってはそのお体に触ります! 私はあの時に朱王様に救われたのです。それだけで充分なのですから!」


「良くはありません! ハクアさんは右手を使えてないじゃないですか! それは未だに痛みが残っているからじゃないんですか!?」


 全身の痛みに震えているが、ミリーは譲る気はないらしい。

 その震える手でハクアの手を握りしめている。


「まったく…… ミリーはなかなか頑固者じゃ。まぁここには我と朱王もおるし、治す手はない事もないがのぉ」


「朱雀! 教えてください!」


 朱雀の説明だと上級精霊と器が必要となるらしい。

 器は上級精霊と契約する為の物だが、上級精霊はハクアの欠損した魂の補填に精霊の精神体を使用するとの事。

 ハクアの欠損した魂に上級精霊の精神体をの一部を分けてもらう事で補填するのだ。

 精霊の減少した精神体の存在する量、積量は魔力を与えていればいずれ回復するらしい。

 しかしそれだけではハクアの魂と精霊の精神体は結合しない。

 ここで朱雀の出番だ。

 朱雀のフェニクスとしての能力を使えば魂と精神体の結合ができるとの事。

 この状態でミリーが復元魔法を発動する事、朱王がハクアの手の指のイメージをミリーの復元魔法に織り交ぜる事で右手は元通りになるだろうと説明した。


「まぁ器が必要じゃから朱王は魔剣を作らねばならんし、我も上級精霊を捕まえねばならぬ。それまでにミリーはその精神ダメージを少しでも回復しておかねばならんぞー」


「うぅ…… むっ! わかりました! ご飯いっぱい食べて寝ます!」


「ミリー、痛いんでしょ」


「ミリーさん痛そうですね」


「痛くなんてありません!」


 脂汗も引かず、痛みに震える体では我慢しているのがまるわかりなのだが。


「じゃあ私は明日から魔剣作りだね」


「その前に精霊を呼び出すのじゃ。たぶん逃げるじゃろーから我が捕まえてくる」


「じゃあ私達はサフラ達とモニター設置かしら?」


 ゼス王国にいる期間は短い為、リゼも明日の予定を確認する。


「そうだね。まずはクリムゾン施設に設置してもらって、テレビ局員にする子達に映画を観せたいんだよね。あとは聖騎士達の強化をして来て欲しいかなー」


「強化はいいけど魔法陣はどうするの? 私達じゃ出来ないわよ?」


「魔法陣のイメージを込めた魔石作ったから大丈夫。結構集中力と魔力練度が必要だけど君達なら問題なくできるはずだよ」


 という事で明日の予定は朱王とハクアは魔剣作り、朱雀は精霊の捕獲だ。

 千尋と蒼真、リゼとアイリはクリムゾン幹部とともにクリムゾン施設や訓練所へのモニター設置と、聖騎士達の武器強化に向かう事になる。

 ミリーは体の回復に専念してもらおう。


「ではご飯にしましょう! あー痛い。ご飯食べて早く寝ますよ!」


「今痛いって言ったわね」


「痛くありませんってば!」


 この後ご飯を食べてすぐにベッドに潜り込んだミリーだが、一晩中痛みに苦しんだ。

 この日はお風呂を諦めて洗浄魔法で済ませたミリーだった。




 他のメンバーはご飯を食べてお風呂に入る。

 ゼスの朱王城に露天風呂はなく、男風呂と女風呂に別れて大浴場がある。


 千尋や蒼真では当たり前となった魔法の洗剤をダンテは大絶賛。

 サフラやイアンも同じくその洗い心地に満足そうだ。

 製品化したいと思うダンテは職業柄なのでとりあえず放っておこう。


 明日の予定を話し合いつつ、いつものようにお風呂でお酒を楽しんだ。

 蒼真は明日の聖騎士強化ついでに訓練がしたいという事で、今後はモニター設置の仕事は十四時まで、その後は聖騎士の訓練に混ぜてもらえるようにする。




 女性陣も同じく大浴場に入っている。

 リゼやアイリも千尋の魔法の洗剤を使用し、ガネットやデイジー、ハクアも一緒に洗って大満足。

 指のないハクアは手をタオルで隠しているが。


「ミリー様は大丈夫でしょうか……」


 ハクアは心配そうに声を漏らす。


「あれは相当我慢してるわね。でも大丈夫よ! ミリーはそんなヤワじゃないもの!」


「ミリーさんは精神面も強そうですからね!」


 リゼもアイリもミリーの事はよく知っている。

 普段弱音を吐かないミリーが叫ぶ程の痛みだ、その痛みは計り知れない。

 心配ではあるがハクアに必要以上に心配を掛けたくはない。


「アイリは今までミリー様を見て来たのよね!? どんな方なの!?」


「リゼさんも教えてください!」


 やはりガネットやデイジーも朱王の恋人であるミリーの事が気になるのだろう。

 これまで見てきたミリーの事を話すリゼとアイリ。

 そしてその後はリゼの恋愛トークが繰り広げられるのだが。






 翌朝。

 千尋とリゼ、アイリはいつものように魔力の訓練。

 蒼真はクリムゾン幹部達との朝練をする。

 何気に蒼真が一番クリムゾンに溶け込んでいるかもしれない。


 朱王はミリーが来ない為、ボルドロフが七時に起こしに来る。


「ボルドロフ。ミリーは大丈夫そうかい?」


「ミリー様の部屋からは先程まで呻き声が聞こえておりましたが、今は眠られたのか静かになりました」


「そうか、じゃあミリーはゆっくり休ませておこう。それとミリーは甘い物をが好きだからアルフレッドに用意させてくれ」


 一礼して部屋を出るボルドロフ。

 ちなみに昨日作っていた飛行装備はボルドロフとアルフレッドの物だ。

 ボルドロフも幹部程ではないが戦闘ができる。

 アルフレッドは戦闘はできないが、料理番組を作りたいと言っていたので移動手段として飛行装備を与えたのだ。




 朝食を終えて千尋達は幹部五人と共にまずはクリムゾン訓練場に向かった。


 朱王と朱雀、ハクアは庭で召喚魔法の準備だ。

 ハクアに魔具を渡して魔法陣を描き、朱雀は炎の翼を出して待機する。

 ハクアが契約したい精霊は火属性。

 またサラマンダーかと思いつつ朱王はハクアと一緒に魔法陣内に入る。

 何故ハクアと一緒に魔法陣に入るかというと、ハクアの召喚に朱王が魔力を貸す為だ。

 朱王程の魔力であれば上級精霊も呼び寄せる事が出来るかもしれないとの事。

 これはあくまでも運次第。

 やはり下級精霊を介しての召喚でなければ難しいのだ。


 朱王が上級魔法陣インフェルノを発動し、上空に紅炎の球を作り出す。

 もちろんこのままではハクアが焼けてしまう為朱王の魔力で保護している。

 ハクアが呪文を唱えて精霊を召喚する。

 魔法陣が発動し、呼び出されたのは翼のない火竜のようなサラマンダー。

 朱王を見て逃げ出したがあんな巨大な火竜がどこに逃げるのか。

 黙って見ていると、遠くに離れたところで姿が虚になり消え去った。

 再び呪文を唱えるハクア。


 ………………



 …………



 ……



 この作業を何度も繰り返し、ついに現れた上級精霊イフリート。

 朱王の紅炎によってこの辺一帯の気温がとんでもない事になっているのはこの際置いておこう。

 イフリートも朱王を見るなり後退りするが、朱雀がジリリとにじり寄る。


 !?


 他の精霊の気配を感じた朱雀がイフリートから目を逸らして上空へと向ける。

 そこにいたのは鎧を着た美しい女の精霊。


「朱王! 我の知らぬ精霊がおる! あれを捕まえても良いか!?」


「ええ!? でもイフリート…… あ、逃げた!! 朱雀とりあえず向こうのを捕まえて!!」


 朱雀は女の精霊へと向かって羽ばたき、精霊とともに姿が消えた。


「朱王様!? 朱雀様はどこに行ったんですか!?」


「たぶんさっきの女の精霊を追ったんだと思うけど、私達には見えない世界なんだろう」


「あの精霊はなんなのでしょうか……?」


「うーん、なんだろうね? でもハクアは得意な魔法とかないんでしょ? さっきの精霊の方が希少で面白そうじゃない?」


「私は朱王様が与えてくださる精霊であればどんな属性でも構いませんが」


「まぁ精霊は朱雀に任せて魔剣でも作ろうか」


「お、お願いしてもいいんでしょうか……」


「ミリーの頼みだし断れないね。それにハクアの為に作るのなら私も全然構わないよ」


 作業部屋に移動して魔剣を作る事にする。

 ハクアは暗部として活動している為、小回りの効く武器が良いのかもしれないのだが、上級精霊の器ともなれば小さな武器では不可能だ。

 もうこの際だし暗部からハクアを外してしまおう。

 という事で巨大武器を製作する事にした朱王。

 ハクアは元々足技主体の戦闘方法だし、手に持つ武器であればまた一から学ぶと考えれば何でもいいだろう。


 ハクアの体の大きさから考えれば片手剣では長さが得られないし、両手武器の方が魔力量も高くなる。

 地属性強化で戦ってきたハクアであれば多少重くても問題ないだろう。

 そうなれば両手剣…… しかし長くするとバランスが崩れてしまう。

 それならば長物の槍なども良いかもしれない。

 ここ最近千尋と行動するようになってからは、ファンタジー色の強い武器もいろいろと考えるようになった朱王。

 サラサラと自分の思う武器の絵を描いていく。




 描き終わった絵を説明しながらハクアに選んでもらう事にした。


 まずは長槍だが、攻撃方法は基本的には突き。

 しかしハクアのイメージに合ってない気もする。


 次に薙刀。

 こちらは薙ぎや斬るなどの攻撃が可能なうえ、ハクアが持っても似合いそう。


 今度は長巻。

 刀の亜種といった作りだが、持ち手が広く取られている為扱いやすく、ハクアが持つには良さそう。

 しかし鞘は戦闘時にどうしたらいいんだろうか悩むところ。


 続いて殴打用武器。

 ミリーのメイスを長くしたような物だ。

 蹴り主体だったハクアであれば打撃技、武器も打撃武器でも問題はないはずだ。


 そしてファンタジーの定番巨大な鎌。

 死神の鎌のような作りだが、戦闘にはあまり向いていないだろうなぁと朱王は思う。

 ただしハクアが持つと似合いそうではある。


 他にもいくつか描いたのだが、基本的な武器としてどれを使うかまず決めようと思う。


「朱王様、私はなかなか選べないです。どれが良いと思いますか?」


「ハクアが使う武器だからハクアが決めるべきだと思うよ?」


「ではミリー様に決めて欲しいですけど…… ミリー様ならどれを選ぶと思いますか?」


「何故ミリーが選ぶ物を私に聞くのかわからないが、ミリーならハクアに似合う武器がいいとか言いそうだよね」


「私に似合うのはどれですか?」


「うーん、薙刀かこの鎌は似合いそうだけど、鎌は扱いづらいかも」


「ではこのナギナタ? でお願いします!」


「そ、そうか。まだデザインは決めてないけどどうする?いくつか描こうか?」


「私に似合う物をお願いします! ミリー様が見て喜びそうな武器がいいです」


 ハクアに似合う武器。

 可愛らしい武器でも作ってやるかと朱王はペンを走らせるのだった。

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