第88話 事情聴取
聖剣と魔剣を渡した千尋達は、リゼが捕らえたという魔族から情報を得る為牢へと向かう。
そこにいたのは人型だが異形の魔族。
身長2メートルは超えるだろう筋肉質な男。
腕にはゴツゴツとした灰色の岩のような物が歪にくっ付いている。
膝や背中からは同じ灰色の角が生えていて、筋肉のつき方のバランスから魔獣のようにも見える。
頭には額部分から二本の角が生えた鬼のような見た目。
赤い角膜(黒目)に白結膜(白目)の眼球は魔族のそれだ。
鋭い目つきながらも知性を見せる。
朱王は迷う事なく鍵を開けて魔族を外に出すが、抵抗する素振りもみせないので問題はないだろう。
実際はいろいろと問題あるだろうけど。
広い客室で話を聞く事にする。
テーブルを中心としてソファに朱王、ヴォッヂ、アイリ、そしてフィディックが座る。
千尋達は聖騎士達との訓練に出て行った。
使用人を呼び、お茶やお菓子を持ってきてもらう。
魔族にも同様にお茶とお菓子を出してもらうが、使用人はフィディックに怯えて近付けない為アイリが代わりに持っていく。
「さて、まずは自己紹介をしようか。私は朱王。魔族の魔力を持つ人間だよ」
さっそく自分が魔族の魔力を持つ事を明かしてしまう朱王。
フィディックを逃せば四大王に居場所が判明してしまうというのに。
ヴォッヂとアイリも名前を告げる。
「オレはフィディック。お前らに殺された魔族共の隊長だった。まぁ隊長とはいえ下っ端だがな」
「ふむ、ではフィディック君。魔族について教えて欲しいんだけどいいかな?」
「オレが質問に答えると思うか? 何もメリットがないだろ」
やはり情報を聞き出したら殺されるとでも思っているのだろう。
「そうだな、君がある程度答えてくれたら逃してもいい。まぁまた人間に危害を加えようとするなら容赦しないけどね」
「それが本当なら答えるんだがな。人間は我々魔族とは違い嘘ばかり言う」
「まぁそれもそうだね。じゃあ質問の前に私の理想から語る事にしよう。私の理想は人間族と魔人族の共存する世界だ。私は今人間族側にいるし人々を傷つけようとすれば戦いもする。だが魔人族を殺したいとは思ってはいない。先代魔王ゼルバードの本当の意思を引き継ぎ、次代の魔王となってでもこの理想を果たす」
隣で拍手するアイリ。
ヴォッヂもフィディックも目を見開いて驚く。
「朱王様は魔族を討ち亡ぼすと考えていたのではないのですか!?」
「そんなわけないだろう。知性や感情がある人間族も魔人族も、私は同じ
「し、しかし……」
動揺するヴォッヂ。
「あんたはそんな事を考えているのか…… 人間にも変わった奴がいるんだな。だが甘いな。オレのところの大王は人間族を餌か物としか捉えてないだろうからな」
「それは人間族も同じ事だろう。魔族は倒すべき敵だとね。だが落とし所はどうするんだい? どちらかの種族の滅亡か? もし戦争になれば多くの魔族、人間族が死ぬ事になる。それで得られるものって何なのかな?」
「ふん。オレ達魔族は死ぬ事にそれ程恐怖はない。生きる事は殺す事と同義だとオレは思うしな」
「まぁ強ち間違いではないとは思う。けれども知性があれば戦わなくても済む方法があるじゃないか」
「戦わない理由がない」
「戦う理由もないだろう?」
「…… 退屈なんだろ。人間族よりも長く生きる魔族にとっては生の実感も死への実感もわかない。それならば命を奪ってでもそれを実感したい。退屈しのぎに命の奪い合いをしてるんだろ」
「え、退屈だから戦うのかい? 何もしないから退屈なんじゃないのかな?」
「確かに魔貴族様ってのは何もしねーな…… 部下が何かを殺して部下をも他の部下に殺させる」
「ちょっとフィディック。私の邸に遊びに来なよ」
朱王がフィディックを自分の邸に招待する。
魔族を遊びに来させようとするのだし、さすがにヴォッヂも焦る。
「朱王様!? いくらなんでも危険すぎますよ! 魔族を匿うような行為は王国を敵に…… !!」
「…… クイースト王国は私を敵に回すのか?」
魔力を練り上げ、呼吸もままならないほどの殺気を放つ朱王。
ヴォッヂもフィディックも震え上がる程の恐怖を感じる。
フッと殺気と魔力を霧散させる朱王。
フィディックはそれでも震えが止まらない。
ガクガクと顎を打ち鳴らす程に恐怖を覚えたようだ。
「フィディック。下手な真似はしないでね?」
「は、は、はい!!」
とりあえず脅しておけば大丈夫だろうと考えた朱王だった。
ヴォッヂは溜め息を漏らしつつ国王にはうまく説明すると言って部屋を出て行った。
「あんたは…… いえ、貴方様の魔力はいったい……」
「さっき言ったじゃないか。魔族の魔力だって」
「その魔力はただの魔族のそれとは違いすぎます!」
「うん、先代魔王ゼルバードに目覚めさせてもらった魔力だけど普通の魔族と何か違うのかな?」
「やはり…… 上位魔人様ではないですか…… 魔貴族様方の中でもほんの一握り……」
「お、その辺の話を聞かせてもらえるかい? 君はもう自分の国に帰っても殺されてしまうんだろう? 私は君を殺さないし戦争も望んではいない。魔人族と人間族の共存を望んでいる。だから君の敵ではないよ」
フィディックは言葉を選びながら話し出した。
上位魔人。
魔人族の国にいる大王は全員がそれにあたる。
それと同等の上位魔人が各国に数人ずついるそうだ。
その戦闘能力は計り知れず、一般の魔族では手も足も出ない存在だという。
また魔貴族も上位魔人とはされないものの、その戦闘能力は一般魔族の比ではない。
大王がその国の王として君臨し、上位魔人も魔貴族と同じ扱いとされている。
ほとんど魔貴族の情報は持っていないが、このくらいは魔族の中では一般常識。
答えても問題はないだろうとフィディックも語る。
そして魔貴族の下には軍団長、大隊長、隊長、一般兵と位があるそうだ。
一般兵と隊長クラスではそれ程力には差がなく、大隊長クラスになるとその実力も高く、一般兵の部隊を一人で殲滅する程の力を持つそうだ。
その上に立つ軍団長も言うまでもなく強い。
大隊長を複数名相手にできる程の実力だという。
まぁ軍団長までなら問題ないと判断する朱王。
問題は魔貴族の実力だ。
朱王は今も自分の強さが足りないと感じている。
できる事ならレベルを今よりも上げておきたいが、超級魔獣でもない限り難しいだろう。
近々討伐の予定もあるので少し楽しみだ。
あとはノーリスで竜族と手合わせがしたい。
竜族であればもう一つレベルを上げる事も可能だろう。
あとはウェストラルでの海洋戦か。
海には数百年も生きた超級魔獣も多くいるはずだ。
レベル8まで上がればあとは魔貴族相手にレベルを上げればいい。
ただその実力も不明だ。
かつてゼルバードとの訓練をした際、ゼルバードは全盛期の十分の一以下という実力で朱王よりも強かった。
一人で四大王全てを倒す程だ。
全盛期の半分の強さもあれば大王一人となら戦えたのではないだろうか。
訓練した時のゼルバードの五倍の強さ……
朱雀丸を手にした朱王も勝てないだろうと予想する。
やはり少し実力が足りない。
だが朱雀を使用した場合はどうなるのだろう。
契約してからこれまで精霊魔法を使った事がない。
なんとなく不安があるのと使用する機会がないのでこれまで使って来なかったのだが。
話を聞きながら考える朱王。
一つ気になる事をフィディックが言った。
「北のディミトリアス大王と東のクリシュティナ大王は人間と争う気がないとの噂が流れています。本当かどうかはわかりませんが今は魔人族が二分する形で均衡状態が保たれています」
「フィディックはどこの大王の部下なんだい?」
「西のフェルディナン大王の部下です。最も魔人族の多い国ですので、人間族に潜り込んでいる魔人族は全てフェルディナン大王の部下となります」
「そうか。魔人族にも人間族と争う気がない国もあるっていうのは初めて知ったよ。噂とはいえ嬉しい情報だ」
「オレ…… 私はこれからどうすれば……」
「今日ウチに遊びに来てから考えなよ。少し見た目がそのままじゃまずいね。そのゴツゴツした腕をどうにかできるかい?」
フィディックは魔力を操って肉体操作をする事で灰色の硬質な部分が消え、筋骨隆々な男になった。
まだ魔族感が拭えないが幾分かはマシだろう。
このまま上半身裸というわけにもいかないのでカーテンを拝借。
数カ所固定してローブのように羽織らせる。
目と頭の角はどうしよう。
今だけなのでローブにしたカーテンを頭から被ってフードのようにして朱王邸へと向かう事にした。
邸に着いた朱王とアイリ、フィディック。
カインはフィディックを見て少し驚いたが、朱王に客だと言われると何事もないかのように接客をする。
とりあえずフィディックの変装を完璧にしなければ。
まずはレンテンを呼んで大きめの服を複数購入。
魔族とはいえ見た目はほぼ人間と変わらない。
目の色が違い、無意味に頭から黒い角を生やした程度だ。
「この角引っ込まないの?」
「はい、引っ込みません」
という事で角は諦めよう。
まぁ角が生えた人間がいたっていいだろう。
絶対によくはないだろうがいいらしい。
魔族感が拭えないのは目と角と髪の長さ。
これくらいゴツい人間も探せばいないわけではない。
朱王はミスリルのシザーを持ってきて、フィディックの髪を切る為椅子に座らせてケープを掛ける。
オールバックにした髪を綺麗に切り揃える。
ゼルバードの髪とは違い、そこそこ簡単に切る事ができた。
そして首からは貴族用のドロップをかける。
目の色は普通の人間の目に見えるようにした特別製の魔石で、瞳はそのまま赤とし、髪色は綺麗に見えるだろうと青味がかった銀髪にした。
そして簡単に額当てをミスリルで作成。
二つの穴を開け、角がすっぽりと収まる事で角付きの額当てのように見える。
「よし、ぱっと見た感じはゴツい大男だ!」
「見違えましたね。さすが朱王さまですっ!」
フィディックも鏡を見て、人間のようになった自分に驚いている。
そもそも鏡を見たのも始めてなのかもしれないが。
マジマジと鏡を見つめるフィディックは何がそんなに気になるのだろう。
「目が白い! 人間みたいだ!」
やはり目が人間のようになったのは気になるのか。
鏡を見続けるフィディックだった。
しばらくすると千尋達も帰ってくる。
そして見知らぬ男に興味津々な一行。
「フィディック。ご挨拶を」
客だから朱王に命じられる筋合いはないのだが、朱王の命令に逆らえないフィディック。
「フィディックです。よろしくお願いします」
朱王はフィディックが挨拶した事で嬉しそうに頷いている。
「さっきの魔族か」
「おー! あの牢にいた人か!」
「ねぇ千尋。私が捕まえたのよ?」
リゼは褒められたいらしい。
「その額当ては朱王が作ったんですか? カッコいいですねぇ」
フィディックを見上げながら頭を指差すミリー。
「そうだ。朱王様から作ってもらった」
どう接していいかわからないフィディック。
すでに朱王の事は様付けで呼んでいるが。
魔族相手に全然怯えない人間達に戸惑いつつも、言葉を選びながら会話をする。
今日はフィディックは客人という事で、まずは風呂だ、裸の付き合いというやつだ。
この日は男性陣が大浴場で、フィディックも一緒に風呂に入る。
ゴッサムの邸でもシャワーを浴びていたようだが、朱王邸のような大浴場は初めてだ。
そしてこの日は朱雀も風呂に入るようだ。
風呂に入る必要のない精霊なのだが。
まずは全員千尋の魔法の洗剤で全身を洗う。
フィディックも同じように魔法の洗剤で体を洗い、次は湯船に浸かる。
大きな湯船に足を伸ばして浸かるのはやはり気持ちがいい。
そしてカミンが酒を持って来てくれた。
普段は露天風呂でだけ楽しむ酒だが、今日は大浴場でもお酒を楽しむ。
桶に浮かべたお酒で乾杯だ。
熱めの風呂に冷えた酒が沁みる。
フィディックも美味いと上機嫌。
朱雀も同じく酒を飲む。
朱雀は朱王が風呂で酒を飲む事を知ってしまったのだ。
朱王がカミンに頼んでいるところをこっそりと覗いていた。
しばらく風呂での酒を楽しみ、サウナは酒を飲んだのでやめておく。
そして風呂上がりには今度はコーヒー牛乳を飲む。
酒を飲んだ後にコーヒー牛乳はおかしい? いいえ、関係ありません。
美味しいは正義ですから。
お風呂上がりはいつものブロー魔法。
フィディックも魔法のヘアオイルで、サラッサラのツヤッツヤ髪だ。
朱雀はそのまま乾いていたのでブロー魔法はなし。
女性陣も風呂上がりにブロー魔法。
いつも違う香りを楽しんでいるようだ。
談笑しながら食事の時間を待つ。
やはりフィディックの話が気になる。
人間と接するのが慣れないのだろうと、簡単な質問を繰り返すだけだったが。
夕食を楽しみながらリシャスガフをガブガブと飲む。
美味しい料理に美味しいお酒。
そして楽しい仲間との食事。
フィディックはこれまでワイワイと食事をする事などなかった。
魔族の食事は倒した魔獣を焼いて食う。
楽しい、美味いといった感情を持たずに食う飯とは比べ物にならない程にフィディックの心を満たす。
ゴッサムの邸でも美味い飯は食べていたが、この邸で出る料理はそれを凌駕する。
食事で感想を言った事のなかったフィディックが思わず「美味い!」と笑顔を見せる程だ。
美味い料理に美味い酒、楽しい会話の次は映画鑑賞会。
食事を終えて全員が同時に片付けと準備を始める。
フィディックも皿の片付けを手伝った。
映画鑑賞会。
フィディックの席も新たに設け、お酒とポップコーンを手に大画面を見つめる。
観終わる頃にはフィディックは泣いていた。
今まで何故こんなにもつまらないと感じながら生きてきたのか、世界には楽しい事がたくさんあるではないかと、生きていく楽しみを覚えた。
まぁ、朱王邸が特別なだけだが。
しかし朱王はまだ考えている事がある。
この世界に娯楽を。
各国で映画の日を設け、これまでの映画を再生する。
そこから映画の面白さを知り、魔法のあるこの世界で新たな物語を作って映画化する。
多くの人が協力し合い、各国でテレビ局を作るのもいいだろう。
やはり平和で楽しい世界がいいだろうと朱王は考える。
その夜フィディックは朱王の部屋を訪れた。
「朱王様。私を貴方様の配下に置いては頂けないでしょうか……」
「ん? いいよ。フィディックが人間を傷付けないと誓うのならね」
「この命に掛けて誓います!」
「ではカミンが君の上司となる。彼の元で働くといい。まぁ困った事があるなら言ってきなよ」
「ありがとうございます!」
朱王はこの日始めて魔族の部下を持つ事になった。
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