第87話 忍び寄る影

 ある邸の地下室。

 地下室ではあるが広々とした大きな空間に複数の男女の影。

 そこに二人の男がやって来る。


「皆んな聞け! シダー国王が聖剣を誰かに預けたらしい。襲撃するなら聖剣のない今がまたと無いチャンスだ!」


「ゴッサム。それは確かな情報なんだろうな。本当に聖剣がなければ人間の国など支配するのは簡単な事だが」


 地下室を訪れた男はゴッサム。

 この邸の主人だ。


「どうするんだ? フィディック隊長さんよぉ」


「…… 隠れているのもいい加減飽きたしな。聖剣が無いのなら国王を捕らえ、人質にして聖剣を奪う。セントリーは王国にいる全員に招集をかけろ。ゴッサムはオレ達が移動する間気付かれないよう聖騎士共を何処かにまとめておけ」


「それは問題ない。一昨日から聖騎士も大魔導師も訓練場に入り浸っているようだ。グレムルはセントリーと共に仲間の招集に向かえ! 私の竜車を使って構わん!」


 フィディック隊長。

 赤と黒の目に人型でありながらも異形の体。

 この邸に潜んでいる魔族だ。

 複数の部下を引き連れ、貴族であるゴッサムの邸で襲撃の期を伺っていた。


 グレムル、この邸の執事。

 ゴッサムの命令を忠実に実行する。


「訓練場も王宮からは少し離れているからな。電磁移送があるとはいえ多少時間はかかる。クックック。奴らが来る前に国王を捕らえてしまえば勝ったも同然だ」


「国王は王宮の何処にいるのかしら? 襲撃しても隠れられてしまったら聖騎士達が集まってしまうわよ?」


「私が国王と謁見の手配をする。そこを襲撃すれば確実だろう」


「そうか。ではゴッサム、準備が整い次第報告しろ。今日クイースト王国は我々の手に落ちる! この国と聖剣を我々の主人であるサルート様に捧げるのだ!」


「「「「「おぉぉぉぉお!!」」」」」


 地下室にいた魔族達が声をあげる。


 これまで隠れ潜んでいたのはこの日の為。

 フィディック達は魔貴族であるサルートの部下。

 クイースト王国を植民地とし、聖剣を手に入れて自国の力とする。

 人間族の聖剣を手に入れ、自分達の主人である魔貴族サルートへと捧げれば昇進は間違いない。

 フィディックだけでなく、一般兵である魔族の部下達も昇進の為意気込んでいる。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 簡単に魔族の階級について説明する。


 最も下となるのが一般兵。

 以前戦ったクエスやネイがそれにあたる。


 次に隊長。

 一般兵を二十人まで従える事ができる。


 その上に大隊長。

 隊長格を五人まで従える事ができる。


 そして軍団長。

 大隊長を十人まで従える事ができる。


 魔貴族。

 圧倒的な力を持ち、軍団長はそれに付き従う。

 部下の人数は決まっていない。


 魔王のいない現在の頂点は大王。

 魔貴族の中で最も力を持つ魔族。

 個の力も重要だが、最も多くの軍団長を従える。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 十三時を過ぎた頃に準備が整った。


 ゴッサムは国王との謁見を手配し、十四時には謁見の間に来るようにと言われている。


 グレムルもセントリーと共に仲間の魔族を竜車で運び込み、いよいよ王宮へと向かう時がやってくる。


 フィディック隊長率いる部下は二十名。

 いずれも一般兵ではあるが、フィディックが認める強者ばかり。

 五台の竜車に乗り込み、ゆっくりと揺られながら王宮へと向かう。






 王宮の門番もゴッサムの手の者だ。

 竜車を調べられる事もなく門をくぐる。


「私が国王に挨拶次第グレムルは合図を送れ。そしたらフィディック達は王宮に突入してくれ」


 ゴッサムは竜車を降りて王宮へと向かう。




 謁見の間へと入り、シダー国王の姿を確認するとともに笑顔が溢れるゴッサム。


「どうした? ゴッサム。私の顔に何か面白いものでも付いているのか?」


「いいえ、国王様。お忙しいところ御目通りありがとうございます。しかしご安心ください。お忙しいのもこれまで。今日をもって国王の座を退いて頂きます」


 一礼するとともにニヤついた笑顔を見せるゴッサム。

 同時に王宮の天井が破壊され、そこから入ってきた魔族が二体。

 そして入り口からはぞろぞろと魔族の集団がおしよせる。


 天井が破壊された事で警報システムが作動。

 王宮にある警鐘が光を放ち、貴族街にある警鐘が全て鳴り響く。


「魔族を引き連れて来るとは面白い事をするなぁゴッサム。今まで私が聖剣を手放す機会を伺っていたのだろう?」


「フハハハハハハハッ! そうだ、その通りだ! 今までは聖剣があったお陰で国王が聖騎士長よりも厄介だったからな! 聖剣のない貴様など恐れるまでもない!」


「確かに今手元に聖剣はないが、私が今持っているこの剣の事は知らないだろう?」


 現在聖剣は千尋が改造を施している。

 これは千尋に聖剣を預けて三日目の事だ。


「ミスリルの剣がどうしたというのだ!」


「聖剣を預けた者達からの借り物でな。ミスリルの一級品武器だが聖剣よりも性能が高いんだ」


「な、なんだと!?」


「戯言だ。さっさと国王を捕らえて聖剣を手に入れるぞ」


 シダーの言葉を戯言と聞き流したフィディック。

 他の魔族達はシダーを取り囲む。


「よし、いつでも良いぞ。かかって来い」


 挑発するシダー。

 魔族の一体が魔力を練ってシダーに襲い掛かる。


「ルヒーエ!」


 シダーの呼び声に応えて顕現する風の精霊ルヒーエ。

 向かって来る魔族を暴風で吹っ飛ばす。

 さらに下級魔方陣を発動するシダー。

 ルヒーエが一回り大きくなり、シダーを包み込む風の防壁も出力をあげる。


「くっ…… 精霊魔法だと!? おいお前ら! 早くしないと聖騎士共が来てしまう! 全員で国王を叩き伏せろ!」


 フィディックの掛け声で一気に襲い掛かる魔族達。

 シダーは纏った風で襲い来る魔族から一定の距離を保つようヒラヒラと風のように攻撃を躱す。

 一対二十の戦いでは、攻撃を仕掛けた瞬間に畳み込まれてしまう。

 魔法を全て回避に使い、聖騎士達が来るまでの時間稼ぎをする。

 聖騎士達は訓練場にいるが、電磁移送であれば一分程度でここまで来れるだろう。

 しかし魔族の攻撃は速くて鋭い。

 爪による切っ先は少しずつシダーのドレスローブの裾や袖を切り裂く。

 広い謁見の間とはいえ後方に下がり続ければ壁がある。

 追い詰められればその瞬間に終わる。

 回避する方向を変える余裕もなく、剣で受けながらも幾重にも重なる魔族の攻撃を捌き続ける。




 そして待っていた時が訪れる。


「国王様から離れなさい!!」


 王宮に飛び込んで来たのはリゼ。

 抜いていたルシファーを一薙ぎすると、シダーに襲い掛かっていた魔族の半数が、刃の乱撃と氷槍を受けて弾き飛ばされる。

 勢い余って王宮を破壊してしまったが、国王のピンチなので仕方がない。

 リゼの攻撃を受けなかった魔族も警戒して向き直る。


「其方は確か…… リゼだったな。助かったぞ」


「良かった、ご無事のようですね。私だけ先に来ましたがすぐにヴォッヂさん達も来ます」


 シダーの隣に並び、ルシファーを舞わせて周囲を警戒する。


 リゼが電磁移送を使用するヴォッヂ達よりも速く到着できた理由はルシファーにある。

 ルシファーによる最速の剣尖で遠くの塔に氷で接続。

 魔力を手繰り寄せて高速で移動し、その速度を保ったまま接続を解除、それを何度も繰り返して王宮までたどり着いた。

 魔力の消費は激しいが、それ程速度のないリゼが編み出した高速移動方法だ。


 不規則な動きをするルシファーに、魔族も警戒して動けずにいる。


 そこにヴォッヂ率いる聖騎士達が謁見の間へと駆け込んで来る。


「国王様! ご無事ですか!?」


 リゼの隣に立つシダーを見て安心する聖騎士達。

 武器を構えて魔族に向き直る。


「ちっ。作戦は失敗か…… だが聖剣のない貴様らごときなんとでもなる! 国王以外は全員殺せ!」


 フィディックの命令に従い、聖騎士に向かって走り出す魔族達。


 元々聖騎士だったニシブ達は問題ないだろう。

 しかし大魔導師だった六人は近接では初戦闘。

 魔族に怯えながらも迎え討つ。


 ニシブが相手取るのは魔族の男。

 爪を剣のように伸ばして襲い掛かる。

 ニシブは風を纏って精霊魔法で斬り付ける。

 魔力も力も強いはずの魔族が、ニシブの剣に弾き飛ばされる。

 暴風のようなニシブの連撃に、魔族は捌き切れずに斬り刻まれて絶命した。




 レイドとケイン、セレスは精霊魔法を駆使して互角に戦っている。

 以前のレイド達では魔族の相手は荷が重かっただろう。

 今では互角に戦う事ができるだけでなく、魔法陣を発動する事で圧倒する事も可能だ。

 いざという時の為の魔法陣とし、精霊魔法のみで戦い続ける。




 ロッサとナイルは雷魔法を剣に宿らせて斬り付ける。

 強化のみの爪剣が触れた瞬間、高圧の電流が流れて体が硬直する。

 そのまま首を斬りつけてあっさりと倒す。




 聖騎士長ヴォッヂはこれまでの巨盾を持っていない。

 直剣を浮かせ、戦斧を手に持って構える。

 向かって来る魔族に直剣を振り下ろし、両手の爪剣で受けたところを戦斧で正中から真っ二つに切り裂く。




 聖騎士やヴォッヂの戦いを見て自分も負けられないと意気込むシダー国王。

 先程まで防御に徹した精霊魔導を攻撃用に振り分ける。

 身構える一体の魔族に向かって一瞬で間合いを詰め、魔力を高めた風の刃を横薙ぎに放つ。

 遠距離攻撃として放たれた風の刃は魔族を斬り裂き、同時に王宮の壁をも斬り裂いた。




 元大魔導師であるレイヴ達は初の近接戦闘。

 技術のない今、魔族に勝つ方法は精霊魔法と魔法陣の使用だ。


 炎帝レイヴは左右のダガーにサラマンダーを顕現させ、下級魔法陣を発動。

 魔族の動きは速い。

 魔法を発動する前に間合いを詰められ、爪剣がレイヴの首筋を狙う。

 体を丸めるように両手のダガーで爪剣を受けるレイヴ。

 レイヴの炎が魔族に燃え移り、魔族も爪剣から炎を放って相殺する。

 魔族は炎を宿したままレイヴへと襲い掛かり、逃げ腰のレイヴはその攻撃を受け切れない。

 サラマンダーは契約者を殺させまいと、ダガーから炎を放ってレイヴの体を強引に移動させて回避する。

 精霊に守られながらレイヴも少し考える。

 近接が出来ないのなら中距離で放てばいい。

 ダガーから放つ炎で後方へと下がって魔族から距離を取り、魔力を練って左ダガーで魔族に火球を放つ。

 攻撃に使用する魔法は防御よりも出力が高い。

 火球を炎の爪剣で相殺するには片手では足りず、左右の爪剣で切るようにして相殺。

 その直後に放たれる右ダガーからの火球。

 再び爪剣で受けるが魔力が足りずに両手を焼かれる。

 詰め寄ったレイヴが再び左に作り出した火球を腹部目掛けて放ち、全身を焼かれて膝から崩れ落ちる魔族。

 どうにか倒せたようだ。




 風帝セイラも精霊を顕現させて下級魔法陣を発動。

 風を纏って身構える。

 魔族も精霊魔法を警戒してすぐに襲い掛かっては来ないようだ。

 お互いに出方を見守る。

 真横で仲間の魔族が倒された事で隙を見せた魔族。

 一瞬で間合いを詰めて腹部への刺突。

 突き刺さったダガーから爆発の如き暴風を放ち、魔族の体内から爆散させた。




 氷帝エイジは嬉しそうにダガーから冷気を放つ。

 精霊魔法、下級魔法陣を発動した冷気は空気中の水分をも凍りつかせる。

 向かい来る魔族はガタイのいい大柄な魔族。

 ゴツゴツとした拳を握りしめ、エイジに向かって全力の右ストレート。

 エイジは右ダガーで受けると同時に冷気を放出し、一気に凍りつく魔族の拳。

 拳を押さえて悲鳴をあげる魔族に詰め寄り、顔面に向けて左ダガーで突く。

 近接としては動きはまだまだだが、右手が凍った魔族はダガーを左手で受けるしかなかった。

 左の拳も凍りついた魔族。

 エイジは続け様に氷の斬撃を繰り返す。

 凍らせた拳は崩れ、どんどん氷の侵食は進んでいく。

 両肩まで凍りついたところで胸部を刺され、心臓が凍りついた事で魔族は動きを止めた。




 水帝リアスは精霊ウィンディーネを呼び出し、チャクラムの周囲に水を集める。

 水に自分のイメージを乗せて精霊魔法で性質を変え、襲い掛かる魔族を迎え撃つ。

 爪剣がリアスに向かう前に右手を振り下ろし、集めた水を魔族に放つ。

 たかが水と警戒を怠った魔族はすぐに後悔する。

 水を浴びた魔族の体からは激痛が走る。

 皮膚が焼けただれ、多くの水を浴びた部分はドロリと肉が崩れ落ちる。

 水の性質を変化させた強酸だ。

 悲鳴をあげて動き止めた魔族にチャクラムを薙いでとどめを刺すリアス。

 全身に酸を浴びてグズグズに溶け崩れて絶命した。




 雷帝ネオンは双剣を握りしめて精霊魔法を放つ。

 アイリと同じように、剣の一振りで熊のような雷獣が襲い掛かる。

 向かって来た魔族は雷獣の一撃に体が硬直し、続くネオンの攻撃に抗う事が出来ずに地に伏した。




 残るは七体。


「くっっっそぉ!! 作戦は失敗だ! 一旦引いて態勢を整える!」


 フィディックが声を荒げて撤退の指示を出す。

 その指示に従い天井の穴から逃げようと飛び上がる魔族達。


「逃さないわよ!!」


 ルシファーを薙いだリゼは逃げようとする魔族を全て倒そうと、下級魔法陣を発動する。

 風を纏って魔族目掛けて飛び上がり、二十本の氷槍とルシファーの乱舞で纏めて殲滅する。

 同時に天井の穴も大きく拡張。

 日の光が謁見の間を眩しく照らす。

 氷ついた魔族は、続くルシファーの乱撃で体を砕かれ絶命した。

 そして唯一生き残ったのがフィディック。

 最も強力な個体だが、朱王が王国の魔族を捕らえたいと言っていたので斬りつけただけだ。


 そしてリゼの戦闘を始めて見る聖騎士達。

 驚きなどは一切なく(やはり化け物だったな)という呆れ顔でリゼを見つめる。


「さぁて、まだ抵抗する気はあるかしら?」


「グウゥゥゥ…… 何故オレだけ生かした…… 貴様ならオレごと殺せただろう」


「私の仲間があなたと話したいって言うの。だから捕らえさせてもらうけど、抵抗しないのなら酷い事はしないわよ」


「抵抗しても勝ち目はなさそうだ…… どうせオレに会いたいと言う者も強いんだろう?」


「もちろん!」と答えてシダーと話をつけるリゼ。

 フィディックは聖騎士に連行されて牢へと閉じ込められた。

 フィディックの力であれば牢を破るのも容易いが、自分と話がしたいと言う人間に興味がある。

 大人しく牢で待つフィディックだった。


 そしてゴッサムとグレムル。

 フィディック同様牢へと閉じ込められる事になった。

 国王を裏切った貴族。

 それ相応の処罰があるだろう。




 こうして魔族によって王宮の謁見の間の天井に穴が空き、リゼの手によって残りの天井が全て破壊された。

 王宮を破壊してしまうという問題を起こしたリゼだが、国王のピンチを救った事で罪を問われるようなことはなかった。

 現在は建築士と地属性魔法を得意とする騎士や魔導師が修復作業に追われている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る