第85話 聖剣と魔剣

 朱王邸に戻った千尋と朱王。

 作業部屋へと向かい扉を開く。

 掃除が行き届いており、作業部屋とはいえ綺麗な部屋だ。

 マーリンを助手として聖剣の改造を手掛ける千尋と、メイサを助手として魔剣作りをする朱王。


 まずは素材選びから。

 朱王が魔力の溜まる素材をまとめた箱を取り出し、千尋はその中から使う素材を選ぶ。


 朱王は普通のミスリル素材から武器を作るそうだ。巨大な武器となる為、刃として魔力の溜まる部分を接着するとの事。




 千尋はザウス王国の聖剣同様に刃こぼれ部分は削り落として魔力の溜め込む部分を接着する予定だ。

 しかしクイースト王国のこの聖剣は先端が欠けており、削り落とすと随分と短くなってしまう。

 いっその事先端も作り直してしまえと切り落とす事にする千尋。

 聖剣だというのに容赦ない選択だ。

 見ているマーリンは気が気ではないのだが、千尋はお構いなしに加工を進めていく。

 マーリンの魔力操作はかなり上手い。

 朱王の部下、そして以前は聖騎士だった事もあり、魔力練度も充分だ。


 先端を切り落とされた聖剣は見るも無残な姿。

 刃こぼれした部分も全て削り落としていき、歪な形となるが千尋は全く気にしない。

 刃を潰し、側面を平らに削っていく。

 マーリンにはわからないが、千尋の加工も以前よりかなり早い。

 聖剣の面を整え終わったところで先端を作り直す。

 魔力の溜め込める塊を削りだし、先端側に合わせて形を整える。

 接着の魔石を削り、水に溶いて聖剣に塗りつける。

 先端用に作ったミスリル塊を接着し、長さの足りなくなった部分を補う。

 接着した先端と聖剣の繋ぎ目を接続部がわからなくなるまで研磨。

 刃を薄く整え、鏡面まで磨き込んだ上で刃付けをする。

 諸刃の剣だった騎士の直剣から、片刃の直剣へと作りを変更した。

 すでにこれだけでも見事な剣と言えるが、聖剣の改造はここからが本番。


 装飾部分は片刃直剣に変更する為、峰側を装飾部分として接着することになる。

 魔力を溜め込める素材を平らに削り、聖剣を両面から挟み込む形で峰側を作る。

 バランスをとりながら全ての形を整えていく。


 刀身が完成したところでこの日の作業を終えた。




 翌日からはガードを作り始める。

 シダー国王は風の魔法を得意とする事から、風の渦をイメージしたデザインで作る事にした。

 刀身だけだと魔力量は2,000ガルドを少し超えた程度。

 元々の聖剣の魔力量が1,000ガルド程しかなかったうえ先端も切り落とした為、なかなか魔力量が増えない。

 ガードの素材も魔力の溜められる部分を使用して作る事にした。

 ガードも夕方には完成し、色付け前で二日目は終了。




 三日目からはもう一本の直剣を加工する。

 まだ綺麗な片刃直剣だが、こちらも先端を切り落として魔力の溜め込む素材で新しく作る事で、半ば強引に魔剣として作り上げる。

 聖剣同様に加工を進めていき、峰側にまた同じように魔力の溜め込める素材を貼り合わせる。

 聖剣とは違い、元々片刃直剣だった為加工も容易だ。

 その日のうちにガードの途中まで加工が進んだ。




 四日目の午前中には魔剣側のガードも完成し、方向の呪文を古代文字で刻み込んでいく。

 魔力の溜まる部分はすでに装飾がなされている為、刃側の側面に刻み込む形で呪文を入れた。

 午後からは着色を行う。

 白藍の刃に峰側を瑠璃色とし、ガード部分も内部が瑠璃色、外縁部が白藍とした。

 グリップは黒くし、ポンメルは白藍。

 また装飾の彫刻部分には、聖剣を金で、魔剣を白銀で着色し、聖剣と魔剣を区別する。


 完成した聖剣、魔剣はどちらも魔力量3,000ガルドとした。

 理由としては予定にはなかった魔剣の製作。

 左右で魔力量が違っては扱いづらいだろうという事で両方を同じにしたのだ。

 それでも属性の付与、精霊シルフ、下級魔方陣ウィンドであれば問題はない。

 鞘は国王が用意するとの事なので、聖剣と魔剣をそれぞれクイースト王国の刺繍の入った布に包む。






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 朱王はメイサと作業を始める。

 ヴォッヂの武器は巨大な両手直剣を作る事にした。

 通常ミスリルの素材板から大元となる刀身を切り出し、足りない厚さは二枚重ねるなどすれば良いだろう。

 刃となる部分には魔力の溜まる部分を接着して使う。

 巨大直剣であれば、刃のみ魔力の溜まる部分を使用したとしても相当な魔力量となるだろう。

 ある程度調整して6,000ガルド程を狙うつもりだ。

 ヴォッヂの魔力量は80,000ガルド程。

 武器の魔力量を上げすぎると体力をも消費してしまう為少し低く調整する。


 そして今回ヴォッヂが盾を捨てて両手直剣を選んだ理由は蒼真との戦いにある。

 絶対の防御を自負していた巨盾による防御が、蒼真の刀の一撃で弾き飛ばされる。

 魔力の集中した刀からの一撃は、広く分散した巨盾の魔力をはるかに凌駕する。

 弾き飛ばされるのは当然と言える。

 それならばと巨盾を思わせる程に幅広な直剣を作り、これまでの盾のように使用する事も可能に。

 そして魔力を刃側に溜め込む事で一撃の威力をあげ、その質量をも上乗せする事で魔法付与された攻撃にも対応。

 重力操作グラビティ物理操作グランドに千尋の魔石の能力付与で攻防一体の剣とする。


 まずは直剣のイメージを図面に描き出していく。


 しっかりとイメージが固まったところで厚めのミスリル素材に線を引く。

 切り出す部分が描き込めたら早速切り出していく。

 ざくざくと切り進める朱王の工具捌き。

 ミスリルの素材とは思えない程にあっさりと、まるで粘土でも加工しているかのようにスッと工具がミスリルに突き刺さる。

 もちろんメイサが魔力を寄せていなければこれ程容易く加工はできないが。


 大まかに切り出せたら形を整えていく。

 厚さは落とさず形だけ整えていき、わずか一時間程で剣の形が出来上がった。


 刃となる部分を切り落とし、魔力の溜まる素材から選び出す。

 素材選びが終わったら接着する面を平らに削る。

 諸刃の剣となるので両面側の接着する部分も同様に平らに削る。

 接着の魔石を粉にして水に溶いて直剣に塗りつけ、使用する素材を貼り付けていく。

 朱王は強引に圧縮の魔法で隙間なく接着させた。

 位置が多少ずれても削って整形するので問題はない。


 ここまでの魔力量がおよそ7,000ガルド。

 ここから削って整形する為、魔力量は6,000ガルドを下回るだろう。

 厚さの足りない部分にも魔力の溜まる部分を張り合わせる事にする。

 適当な素材を選んで接着し、先程と同じように圧縮で隙間を埋める。


 これで素地は出来上がったので整形作業に移る。

 迷う事なく工具を当ててどんどん加工していく。

 魔力の溜まる部分を形を整えながら削っていき、刃も薄く加工する。

 魔力量を確認しながら削り進め、まだ刃付けはしていないが7,000ガルド程。


 装飾部分を彫り込んでいく。

 まだ一日目だというのに装飾を始める朱王。

 得意の装飾に迷いはない。

 片面が終わる頃には千尋が作業を終え、この日の作業は終わりとした。




 二日目は裏面の装飾を施す。

 同じデザインの装飾の為考える必要もない。


 二時間程で裏面の装飾も終え、刃付け作業に移る。

 既に整えられているので刃付けもそう苦労はしない。

 刃付けを終えたら磨き込んで鏡面に仕上げていく。

 装飾部分も鏡面に磨き込み、十五時過ぎには全ての鏡面加工も終了。


 最後の色付け作業。

 刃には色付けせず鈍色の銀、紫地に金の装飾とした。

 重めの色で派手さを抑えたが、結局のところ鏡面仕上げ。

 光に当たると煌びやかな直剣となった。


 長大な剣となった魔剣は、全長が180センチもある。

 剣の厚さも最大部分で8センチ。

 幅も広い部分で60センチ程。

 とんでもなく重い剣だ。

 朱王が振り回した感じでは違和感はなく、大きいながらも扱いやすい剣となった。

 魔力量もおよそ6,500ガルド。

 ヴォッヂには少し魔力量を増やすよう訓練してもらう必要がありそうだ。




 魔剣が完成してその出来を確認していた朱王。

 メイサが武器を手に何か言いたそうにしている。


「メイサ、言いたい事があるのならハッキリと言いなさい」


「差し出がましいのですが…… 私の武器もその…… 朱王様に綺麗にして頂きたいのですが!」


 躊躇いつつも言ってみる。


「メイサもマーリンも随分と強くなっていたしね。どうせなら君達の武器も魔剣に作り変える?」


「良いのですか!? 是非お願いしたいですっ!」


 というわけでメイサとマーリンの武器も魔剣化、改造する事になった。

 今使用する武器のデザインはそのままに、魔力を溜め込むようにする事と鏡面仕上げの魔剣へと改造した。

 朱王の部下となった際に受け取った武器。

 この武器のデザインだけは変えたくないとの二人の要望だった。

 千尋が聖剣と魔剣を完成させる頃には二人の武器の改造も終わり、煌めく直剣に満足してくれたようだ。

 魔力量はどちらも3,000ガルド。

 通常ミスリルを改造して魔剣に作り変える場合、直剣では3,000ガルドがギリギリ届くといったところだった。


 マーリンは改造魔剣に火炎と、下級魔方陣ファイアをエンチャント。

 精霊はサラマンダーと契約済みなのでそのままだ。


 メイサは改造魔剣に暴風と下級魔方陣ウィンドをエンチャントした。

 精霊はシルフと契約済み。


 改造魔剣の直剣では氷と雷属性は少し魔力量が足りない事になるだろう。


 ついでに二人の貴族用のドロップに煌めきの魔石を追加。

 マーリンとメイサは抱き合って喜ぶ程に嬉しがっていた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 聖剣を受け取って五日目。

 千尋と朱王は武器を持って全員で王宮へと向かう。

 ヴォッヂには直接渡せばよかったのだが、シダー国王がヴォッヂの剣も見たいと言う。


 この日は謁見の間ではなく応接室。

 理由は王宮がこの四日のうちに破壊されたとの事。

 この件については後に語るとしよう。


 千尋はシダーに布に包まれた聖剣と魔剣を渡す。

 魔剣をテーブルに置き、布から聖剣を取り出す。


「う…… おぉぉ…… これは…… 本当にあの聖剣か!? いくら改造したと言ってもこれ程変わるとは…… 傷一つない光り輝く剣。美しい…… そしてこの魔力量はすごいな。以前の数倍か」


 驚きながら聖剣を見つめるシダー国王。

 聖剣をテーブルに置いて魔剣を手に取る。

 布を払って再び驚く。


「同じデザインとは言ったが性能まで同等ではないか!? 聖剣との違いは…… 装飾の金と銀の違いくらいか…… まさか聖剣が二振りになるとは思ってもいなかったぞ!」


「どぉ? 風の聖剣と風の魔剣。デザインはシダー国王の要望を自分なりに解釈して作ってみたけどー」


 千尋はシダーの要望は聞いているが、完全に自分好みに改造している。

 たぶんシダーの思っていたものとはかけ離れたものだろう。


「想像以上だ! これ程美しく強くなって返ってくるとは思いもしなかった!」


 シダーも満足そうで千尋も嬉しい。


 能力に暴風を付与し、下級魔方陣ウィンドをエンチャント済みである事も伝える。

 朱王からは色の魔石が埋め込んである事を伝えられる。

 そしてシダーは昨年の貴族用のドロップ、伝説の逸品を使用していた為、朱王が追加工をして煌めきの魔石を埋める。

 そして千尋が魔力量2,000ガルドをエンチャント。

 上級魔方陣エアリアルも組み込んだ。


 シダーは代替えの直剣から聖剣にシルフを移し、魔剣にも新たにシルフを契約。

 鞘はまだないので使用人に鞘職人を呼ぶように伝えた。




 次にヴォッヂの魔剣を渡す。

 朱王も魔剣を布に包んでおり、超巨大な塊を持っているように見える。

 テーブルの上に置かれた魔剣から布を払うと、そこに現れたのは超巨大な剣。


「え……」


 ヴォッヂも固まる大きさだった。

 朱王は軽々と持っていたが、ヴォッヂは強化をして両手で持ち上げてみても見た目相応にめちゃくちゃ重い。


 ヴォッヂが使っていた巨盾と同じくらいの重さがあった。

 しかし盾と違って柄を持つ事になる巨剣。

 盾より重く感じるのは当然の事だ。


「全力で強化して物理操作使えば問題ないでしょ。この巨剣で他の聖騎士並みに振れたら敵はいないよね!」


 ヴォッヂだけでなくシダーも顔が引き攣る。

 これ程の巨剣を並の直剣と同様に振るのがどれ程大変か。

 そして巨剣には反射をエンチャント。他の能力よりも器を大きく使用する能力となり、魔力量2,000ガルドも使用した。

 この反射という能力は放出系の魔法攻撃を全て反射できる。

 物理攻撃には魔剣の大きさから防御も容易にし、魔法に対する防御も能力で補う。

 相手が魔法を乗せた一撃も魔法を反射させ、重力操作の乗せた一撃はそのまま相手を叩き伏せる事が出来るだろう。

 まさに攻防一体の武器となった。

 そして魔方陣は上級魔方陣アースを組み込んである。

 新たに精霊ノームも追加契約した。


 戦斧に宿る精霊は直剣の操作に、巨剣に宿る精霊は強化と物理操作の魔法に専念してもらう。

 下級魔方陣グランドをもう一つ追加しようかとも考えたが、魔力の消費量が激しすぎるので無しとした。


 このヴォッヂの巨剣に鞘はない。

 鞘があっても抜けないのでは意味がない。

 鎧の肩に接続用のプレートを取り付けて、巨剣を引っ掛ける形で固定する事にした。




 最後に。


「そうそう、聖剣と魔剣に名前を付けてきたよ! 聖剣アスカロンと魔剣アロンダイトね!」


「ほう。聖剣に名前か。なかなか良い名だ。気に入ったぞ!」


 相変わらずの地球産の伝説武器の名前を付けた千尋。


「ヴォッヂの巨剣にも名前があるよ。魔剣エッケザクスだ」


「魔剣エッケザクス…… 朱王様、ありがたく頂戴致します」


 魔剣を背負い、朱王に深く頭を下げるヴォッヂ。

 最初は顔を引き攣らせていたが、今の表情は気に入ってくれたのかなと思われる。


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