第66話 クリムゾン

 緋咲宝石店に向かうのは、朱王、ミリー、アイリの三人。


 貴族街にも宝石店が一件あり、他店に劣らないなかなか豪奢な店となっている。


 たどり着いた店には漢字で【緋咲】と書かれている。

 もちろんこの世界の人間には読めない為、ルビが振ってある。


 店内はガラス張りとなっており、ショーケースの中にはアクセサリーなどの宝飾品がズラリと並ぶ。

 その中でも最もスペースを大きく取っているのが、朱王の作るカラーチェンジペンダント【ドロップ】だ。


 この店は貴族街にあるだけに通常品は取り揃えていないようだ。

 貴族用の各種ドロップが並び、全てミスリル製の商品となる。

 また、色の魔石は通常販売されていない特別色も売られている。

 単色だけでなく、ツートンカラーなどもあるようだ。

 眼もオッドアイの魔石なども売っている。

 しかし煌きの魔石が売られていない。

 朱王に聞いてみるとまだ発売どころか情報も流していないという。




 朱王に気付いた店員が近寄って来た。


「朱王様! ご無沙汰しております。お連れ様も緋咲ザウス店にようこそお出で下さいましした。私、ザウス王国貴族街店チーフのミゼルと申します。どうぞお見知り置きを」


 朱王に対し畏まった態度でお辞儀をするミゼル。


「やぁ。久しぶりだねミゼル。少し店内を見学した後は客室の方へ良いかい?」


「はい、ごゆっくりご覧ください!」


 ミゼルがお辞儀をして立ち去り、他の店員に指示を出す。

 お茶の準備をしてくれるのかなと思う。




 ミリーは貴族用ドロップをじっくりと見ている。

 滅多に見る事ができない貴族用にやや興奮気味だ。

 朱王は宝飾品、主にアクセサリーを見て回る。

 ドロップ以外は他から仕入れている為、今後自分で作るアクセサリーの参考にしようと見ているようだ。




 一通り見終えると、ミゼルが二階にある客室へと通してくれた。

 お土産を渡して客室に入る。


「皆様、当店へようこそ。朱王様とアイリはお久しぶりです。私はザウス王国緋咲社長、兼貴族街店店長のユユラと申します。もうじき隊長も到着すると思いますのでお待ちください」


 ユユラに促されて各々椅子に座る。


 ミゼルがコーヒーとお菓子を持って来てテーブルに置く。


「朱王様は今日はどういったご用件でいらっしゃったのですか? お呼び頂ければご自宅をお伺いしましたのに」


「来月…… 来週だね、旅に出るから一度こっちにも顔を出そうと思って来たんだよ」


「旅にですか…… お二人とご一緒にでしょうか?」


 少し怪訝な表情で問われる。


「うん。この子、私の恋人のミリーと、アイリとあと他にも三人一緒に行くよ」


 朱王の言葉に続いてミリーも挨拶をする。


「朱王様。御自分の立場をお考えください。我々の主人である貴方様が何処の馬の骨ともわからない娘に現を抜かすなどあってはなりません!」


 以前聞いた事のある言葉だ。


「うん、それと全く同じ台詞をアイリにも言われたよ。マニュアルでもあるのかい? だけど私はミリーが良い。誰が何と言おうと私の気持ちは変わらないよ」


 キリッとした表情で言う朱王。

 ミリーは赤面しつつ嬉しそうに朱王を見る。


「…… 実は勝手ではありましたがミリーさんの事は調べさせて頂きました。アルテリアの役所だけでなく冒険者の間でも評判が良く、実力も申し分ないとの事。また、ザウス王国の騎士の間でも人気が高く、ファンクラブまであるそうです。あれだけ聞き込みをしたのに悪い噂一つないなんて……」


 以前、クリムゾンで浮上した問題。


【朱王様に女の影が】


 この情報は各支部にも伝えられ、朱王の住むアルテリアに近いザウス王国での調査が始まった。


「さすがミリーさんですね! ファンクラブがあるなんて知らなかったです!」


「わ、私も初めて知ったんですけど……」


「アイリも認めているようですし、ゼス本部では朱王様とミリーさんの交際を認めるという事でいいんですか!?」


 机をバン! と叩きながら問うユユラ。


「はい。朱王様の隣はミリーさん以外いないと報告してあります」


 涼しい顔で答えるアイリ。


「し、しかし…… 朱王様のお相手となれば組織の者にとっては母とも言える存在。重要な問題なのですよ! 我々アフロディーテとしてはもっと慎重に話を進めるべきではないかと思います!」


「なにそれ!? 私の知らない内部組織があるのかい!?」


 朱王も始めて知る内部組織アフロディーテ。


「はい。【朱王様の花嫁は我々が決める】というコンセプトの元に立ち上がった女性のみの内部組織です」


 残念なコンセプトの組織だった。


「そのコンセプトだと私の意思は無視する気なのかな!?」


「はい。そのつもりでした」


 アイリがズバリ言い、そして頷くユユラ。


「じゃあ今すぐ解散してくれる!?」


「朱王様のお相手が決まっておりませんので解散するわけにはいきません」


「だからそれはミリーで決まり! もう組織は必要ないでしょ?」


「それが朱王様はまだご結婚はなさってませんので解散できないんです」


 アイリが詳細を説明してくれる。

 どうやら朱王の花嫁というのが重要らしく、結婚をしたら解散という決まりらしい。




「なるほどねぇ。ミリーとの結婚はまだ少し先と考えているんだけど……」


「わ、私はいつでもオッケーですよ!」


 ミリーはグッと拳を握って言う。

 顔も真っ赤だ。


「うーん、でもまずは私の組織を見てもらいたいんだよねー。だから旅が終わったら時期を考えようか」


「は、はい!」


 ミリーは赤面しながら返事をした。

 ユユラは納得してないといった表情だが朱王は気にしない事にした。




 しばらくするとクリムゾンザウス部隊隊長グロリーが部屋に入ってくる。


 挨拶を交わして席に着くグロリー。


「まずはグロリー、君の武器を貸してくれるか? 強化して君にも精霊魔導士になってもらいたい」


「せ、精霊魔導士ですか!? 私は前衛で戦わなくてはいけないのですが……」


「前衛でも精霊魔導士として戦えるから心配はいらないよ。私も今は精霊魔導士だ。私の精霊は…… 今訓練場にいるけどね」


 朱雀は自由な精霊である。

 契約者である朱王を放っておいて、蒼真と共に聖騎士と遊びたいとついて行った。




 グロリーは戦斧バトルアックスを使う。

 地属性で操り重力魔法グラビティで叩き潰す、豪の者といった男だ。

 グロリーから戦斧を受け取って魔力2,000ガルドの魔石でエンチャント。

 左手にはミスリル製のガントレットをしているので同様に【魔力を溜め込む】をエンチャントする。


 下級魔法陣グランドは戦斧に、ガントレットには上級魔法陣グラビトンを組み込んだ。


 あとは精霊契約をするだけだ。

 グロリーに装備を返して外に出る。

 街で魔法を使うわけにもいかず、クリムゾンの訓練所へと向かう。

 ユユラにも一緒について来てもらった。




 魔力を溜め込むようになった装備に驚きの表情を見せたグロリー。


 朱王は驚くグロリーをよそに話を進めていく。


 まずはグロリーに戦斧で魔法陣を描かせる。


 呪文を唱えて呼び出された精霊はノーム。

 千尋のノームとは違い髭を蓄えた小人で、右手に斧を持ち左手にガントレットをしている。

 グロリーと同じだなと思う朱王。

 名前を付けて魔力を渡すと契約は完了した。




「グロリー。精霊魔導士になった気分はどうだい?」


「ま、まだ実感は湧きませんが…… こんなに簡単に精霊魔導士になれるのですか?」


「精霊と契約するには相当な魔力練度が必要みたいだから誰しもがなれるという訳ではないけどね。折角だし少し力を試してみる?」


 精霊と契約するには魔力練度の質が低いと精霊は契約してくれない。

 質の高さは精霊魔法の威力にも影響が出る。

 聖騎士の魔力練度の高さであれば問題なく精霊契約する事ができたが、ロナウドは聖騎士にもっと高い質を求めた為今まで先延ばしにしていた。


「朱王様が稽古をつけてくださるのですか!?」


 嬉しそうに問うグロリー。


「そうだね、精霊の力をまだ制御できないだろうから全力で来ていいよ」




 朱王は朱雀丸を抜いて強化をする。


 グロリーは精霊を呼び出して下級魔法陣グランドを発動。


 …… 身体が軽い…… 身体が強い。


 ノームの地属性魔法がこれまでの強化を遥かに上回る事を実感する。

 

 一足飛びで袈裟に斬り込むグロリー。

 戦斧での一撃に重力魔法グラビティを乗せる。

 朱雀丸で受ける朱王は嬉しそうな表情だ。

 グロリーは普段とは違う動作の滑らかさ、速さ、そして一撃の重さに驚いている。

 次々と繰り出す攻撃は明らかにいつも以上だが朱王は難なく受け止める。

 これも当然といえば当然と思えるグロリー。


 そして朱王の横薙ぎの一閃。

 以前はこの一撃で吹っ飛ばされていたであろうグロリーだが、今は戦斧でしっかりと受け止められる。

 直後の袈裟斬りも受け、続く連撃も全て戦斧で防いでいく。

 しかし如何に精霊で強化したとしても朱王の攻撃は重くて速い。

 反撃に転じる事が出来ないグロリーだが、防御だけなら朱王の攻撃にも耐えられるようだ。


 朱王が攻撃の手を止めてグロリーを見る。


「その強さなら魔族相手でも戦えるかな。あとは聖騎士に混ざって訓練するといい。彼らも同じ精霊魔導士になっているからね。いろいろと学ぶ事が多いはずだ」


「良いのですか? 私が聖騎士と訓練しても…… 私には部下の訓練もありますが」


「近接の隊員は五十人だっけ? 彼らも連れて上位騎士達と今後は訓練させてくれ」


 朱王の一存で決められる今後の方針。

 クリムゾンの部隊も訓練の場を上位騎士と同じくし、王国の別働部隊として行動する事とした。

 クリムゾンザウス支部の隊員はまだ他にもいるが、ほとんどが店や施設で働いている。

 いずれも遠距離魔法や弓矢を使う隊員達なので、騎士達との訓練には参加する必要はないだろう。




 その後はクリムゾンの隊員を全員集め、武器を千尋の魔石でエンチャント。

 魔力300ガルドの魔力を溜め込む仕様となった。

 エンチャントを施すのは朱王とアイリ。

 ミリーは今回も丁重に断った。


 クリムゾンでは全員がミスリル製の武器を持ち、騎士のように直剣だけというわけではない。

 長槍やダガー、斧など自分の好みのものを使用する。

 各々自分の装備が強化された事に驚き、嬉しそうに朱王に礼を言う。


 副隊長としてロズもいたのでミリーは挨拶をする。




 団員達が気になるのは朱王の連れのミリーとアイリ。


 朱王は二人を紹介したが、ユユラ同様ミリーに対し反対意見を述べる者もいる。


 再び告げられる【実力を示せ】。


 ミリーの相手に選ばれたのはクリムゾン隊長のグロリー。

 必死に止めようとするロズを無視してユユラが勝手に模擬戦を提案する。


「言っておくけどミリーは強いよ?」


「ミリーさんを相手にするなら聖騎士長さんと戦うくらいの覚悟はしてくださいね!」


 朱王とアイリは一応忠告しておく。


 強いという情報は入っているがどれ程かは見てみなければわからない。

 ユユラはミリーの実力を見極めるつもりでこの模擬戦を行わせる。


 グロリーも自信がないわけではない。

 普段から訓練を積み、実力も聖騎士に劣らない相当なものと自負している。

 しかしアイリの忠告が引っかかる。

 聖騎士長と戦う覚悟……

 目の前のミリーは模擬戦を行おうというのに飴を口に含んでいる。

 本当に強いんだろうか? と疑問に思える。




 ユユラがどうしても模擬戦をと言うので仕方なく了承するも、とても心配な朱王。




 訓練場の中央に立ち、向かい合うミリーとグロリー。


 グロリーはノームを呼び出して下級魔法陣グランドを発動。

 ミリーはメイスを握りしめて強化する。


 グロリーからの唐竹割りに対し、ミリーは戦斧に合わせてメイスを振り上げる。

 接触の瞬間に爆破。

 戦斧は弾かれグロリーは仰け反る。


 グロリーの首元に向けられるメイス。


「地属性での操作をもっと速くしてください!」


 メイスを引いてまた少し距離をとるミリーは再び強化して構える。


 グロリーは背中に冷や汗を流しながら再び強化して構える。


 袈裟に斬り込む戦斧に、ぶつけるようにメイスで受けるミリー。

 お互いの力が拮抗し、爆発しても弾かれる事はない。

 次々と繰り出されるミリーの連撃にグロリーは防戦一方だ。

 グロリーは紙一重で受け、躱し、ギリギリのところで耐えているように見える。




「ミリーはグロリーの訓練だと思ってるね」


「そうみたいですね。グロリーさんが耐えられる限界を狙ってます」


 追い込まれるグロリーは大量の汗を流し、息を切らせて耐え続ける。

 

 朱王がユユラを見るとまだ眉間に皺を寄せて二人の戦いを見つめている。

 このままだと納得しなさそうだなと思う朱王。


「やはり朱王様がミリーさんと戦って見せるべきではありませんか?」


 アイリも同じ事を思ったらしい。

 仕方ないな、と朱王は二人に歩み寄る。




「グロリー、私が代わろう」


 スラリと朱雀丸を抜いてミリーに向かう朱王。

 汗を流し、息も絶え絶えに頷くグロリー。


「また朱王と戦うんですか!?」


「そうしないと納得してくれなさそうでね」


 ユユラを指差して言う朱王。

 ミリーもユユラの表情を見て納得する。




 全身から魔力を放出し、七色のカーテンがミリーを包み込む。


「ホムラ! 行きますよ!」


 ミリーの肩からフワリと飛び上がる火竜。


 朱王は下級魔法陣ファイアを発動し、朱雀丸の火炎に魔法陣の魔力が上乗せされる。


 ミリーの魔力のカーテンを吸い込むホムラ。

 口を開いて放たれる火球。

 物凄いスピードで朱王に向かうがそれを緑色の豪炎で叩き斬る。

 その瞬間爆発。

 普段のミリーの爆発どころではない炎を上げる超高威力の爆発が起こった。

 そして燃え上がる朱王は刀を薙いで豪炎によって爆発の威力を防ぎ切る。


 ミリーに詰め寄る朱王。

 朱王の逆袈裟に合わせたミリーの爆裂加速の一撃。

 続く攻撃からお互いの連撃。

 数合斬り結んで距離をとり、朱王は跳躍からの豪炎の一振り。

 ミリーの爆裂加速とホムラの爆焔が豪炎と相殺し合う。


 炎の戦いは終わらない。

 朱王の豪炎にミリーの爆焔で辺りは火の海と言える状況の中、いまだ刀とメイスを打ち合う二人。


 お互い弾き飛ばされ、距離ができたところでミリーが上級魔法陣エクスプロージョンを発動。

 輝く魔法陣が足元に現れると共に、ミリーの魔力が大量に放出される。

 そしてホムラの体にも変化が起こる。

 全長30センチ程だったホムラが2メートル程に巨大化した。

 ミリーの魔力を吸い込み、炎の翼を爆発するよう広げる。

 ホムラは七色の光を放つ爆炎の火竜、【爆炎竜】とでも呼べる程の精霊となった。


 朱王も上級魔法陣インフェルノを発動。

 朱王を中心に地獄の業火とも呼べる炎が巻き上がり、紅蓮の焔は大気を焦がす。


 ホムラからの特大の火球が放たれる。

 爆裂系の超特大の火球【爆轟ばくごう】。


 爆轟と業火がぶつかり合い、大爆発が起こる。

 爆発の衝撃と熱が上昇気流を生み出し、炎の竜巻となって天を貫く。

 空に浮かんだ雲が打ち消されるほどの高威力。


 王国の誰もが空を見上げた事だろう。




「なんかすごい事になりましたねぇ」


 空を見上げながら言うミリー。


「雲が吹っ飛んだね」


 同じく空を見上げる朱王。


「もう少し続けますか?」


「もういいんじゃない?」


 戦闘の続きを問うミリーと、ユユラを指差して答える朱王。

 ユユラや隊員達数名は腰が抜けたらしく、ペタリと座り込んでいた。

 そして朱王やミリーだけでなく、爆風で全員の髪がボサボサになっていた。




「朱王様もミリーさんもやり過ぎです! 他の皆さんに当たったら…… 云々!」


 とアイリに怒られてしまう程度には大暴れした二人。


 アイリは防御に徹する為、イザナギとイザナミを上級魔法陣ボルテクスで強化。

 朱王とミリーの放つ炎を全力の電磁波で逸らし、クリムゾンメンバーへの直接被害を防いでいた。

 それでも防げるのは炎のみ。

 熱と爆風は防げず全員が酷く汚れていた。




 ユユラもさすがに朱王とミリーの交際を反対できなくなった。

 隊員達どころかユユラやグロリーまでもがミリーに対して敬語を使うようになり、呼び方もミリーさんではなくミリー様になる始末。




 全員に洗浄魔法をかけ、髪もブロー魔法をかける朱王。

 魔法のヘアオイルはないが、見た目は綺麗に整えられたので問題ないだろう。


 ミリーの件も納得しただろうと、全員を連れて王宮に向かう事にした。

 

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