第52話 アイリの冒険

「あれ? ハウザーとリンゼが居るわね」


 テラスに出て来たリゼ。

 少し離れたところに立つハウザー達に気付く。


「おはようリゼ。ハウザーの邪魔しちゃダメだよ?」


 挨拶を交わす千尋はハウザーの方から背を向けて座っている。

 ミリーとアイリがコーヒーを淹れてくれるので、先にリゼだけテラスに出て来た。


「ついにリンゼが告白するのね!?」


「んん? ハウザーがするでしょ!」


 お互いに告白するように仕向けたようだ。

 チラチラと覗き見るリゼ。


「リンゼが顔を押さえてるわ!」


「あまり見ないでやりなよ!」


「あ、握手したわ」


「じゃ、じゃあお友達から…… 的な? 友達でしょ!」


 そこへミリーとアイリが登場する。

 千尋に挨拶してテーブルにコーヒーを置き、ハウザー達に気付いたミリーは声をかける。


「ハウザーさん! リンゼさん! おはようございます!」


 こちらを見たハウザーとリンゼ。

 頭を掻きながら戻ってくる。


「あー、おはよう。見られてたか……」


「なんで握手してたんですか?」


「いや、その…… あれよ。オレ嫌われてなかったから安心してだな……」


「どっちから言ったの?」


「オ、オレだよ」


 頬を掻きながら言うハウザーも珍しく恥ずかしそうだ。


「ハウザーさんもリンゼさんを好きだったんですね?」


 アイリも問う。


「そ、そうだな」


 赤面して目をそらすハウザー。


「なんかハウザーらしくないからまず二人であっちで話して来なよ」


 ハウザーを逃すつもりで千尋が言う。


「ああ、悪いな」


 言って離れた場所に座ってリンゼと話し始めた。


「もぅ…… ここからが楽しいのに」


「あまり弄らないでやりなよ……」


 不満そうな表情でハウザー達を見送るリゼだった。






 今日はアイリの審査の日だ。


 審査と言っても審査員が蒼真な為、昨日と同じ三人で冒険に出る。


 今日選んだクエストはスライム討伐だ。


 クエスト内容:スライム討伐

 場所:アルテリア西部洞窟

 報酬:一体につき150,000リラ

 注意事項:粘液状。物理攻撃が効かない

 難易度:7


 アルテリア西部は岩場になっているが、しばらく先に行くと拓けた草原となっており、その先に断崖絶壁がある。

 人の行来もある為道ができているが、魔獣モンスターも歩いていたりするので危険な道でもある。

  道の先には洞窟があり、隣国、ウェストラル王国への最短ルートとなっている。




「今日は距離も遠いしバイクで行くか!」


「歩きだと遠過ぎます! 弁当も買って行きましょう!」


「バイクに乗れるんですか!?」


「ああ、サイドカーもあるし三人乗っても平気だろう」


「アイリさんは蒼真さんの後ろです! サイドカーは私の特等席なので!」


「たまに交代するだろ」


「…… 言ってる事がわかりません!」


 言いながら横を向くミリーだった。






 弁当と大量のお菓子を購入し、工房に向かう。


 千尋とリゼにお菓子を差し入れ、バイクに弁当や水筒、お菓子を積んで準備が完了。


 ミリーの宣言通りに蒼真が運転、後ろにアイリ、ミリーはサイドカーに乗る。

 タンデムするのに慣れないうちは…… と顎に指を当てて思い返すミリー。

 朱王が腰に手を回すように言っていた事を思い出した。

 ミリーは朱王が言っていたと説明し、アイリはあまり気にする事もなく蒼真の腰にしがみつく。

 少しつまらなそうな表情をするミリーだった。




 岩場の裂け目を疾駆するバイク。

 インプはバイクのエンジン音を警戒して襲って来ない。


 岩場の裂け目も終わり、さらに疾走する。

 再び岩場の平地となるが、ストーンゴーレムも襲ってくることはなかった。

 走っても追いつけないので当然なのだが。


 そのまま走り続ける事およそ一時間半。

 ようやく草原までたどり着いた。

 以前スライムを狩りに行こうかと思ったが、あまりの遠さに断念した。

 野営してまで難易度7のクエストに行く気にならなかったのだ、主に蒼真が。


 草原の開けた道に出ると、遠くに断崖絶壁が見えてくる。

 と、ここで魔獣モンスターが目の前に現れる。

 ゴブリンだ。

 ギャッ! っと言う悲鳴があがる。

 躊躇ちゅうちょなくく蒼真。

 バイクに乗っていると戦えないからとりあえず轢いた。


 ミラーを確認すると大量のゴブリンが追ってくる。

 距離がだんだん離れていくが、このまま洞窟に来られても迷惑だ。

 バイクのスピードを落として降りる蒼真。


「少し行って来る」


「お菓子食べて待ってますね!」


 手を振るミリー。


「な!? 残しておけよ!?」


 走って行く蒼真。


「蒼真さんはどんな戦いをするんでしょう」


 クッキーを摘みながら蒼真を見るアイリ。


「お菓子を食べたいのですぐ終わりますよ」


 魔力を練り上げ、風を纏って急加速する蒼真。

 周囲の水を集めて刀に纏う。

 ゴブリンの元へとたどり着いた瞬間に、地面を撫でるように刀を振り上げる。

 蒼真の前方に氷柱が乱立するとともに凍りつくゴブリンの群れ。

 刀を逆手に持ち、地面に突き立てる。

 大地を揺るがす振動が走り、凍りついたゴブリンが崩れ去る。

 振り返ると同時に魔石に還るゴブリン。

 全て回収されると戻って来る蒼真。


「オレもクッキーが食べたい」


「はい、二枚です」


 甘党蒼真、ここにあり。




 再びバイクで走り出す。


「やはり蒼真さんも強いですね。戦い方が普通じゃないです。氷魔法も初めて見ましたし」


「アイリならすぐに覚えられるさ。明日から少しずつ魔法の勉強もしようか」


「はい! お願いします!」


 魔法の勉強に期待するアイリ。


「蒼真さん。さっきの振動はロナウドさんの激震ですか?」


「ああ。試しに魔法で使ってみたが難しいな。かなり魔力を込めたがデュランダルほどの威力がでない」


「ふむ。私のミルニルにも激震良さそうですよね?」


「ミリーに激震か…… 恐ろしいな」


「今度千尋さんに相談してみます!」


「私のわからない事がたくさんありますね」


 少し置いてけぼり感のあるアイリだった。




 しばらくして岩壁の側までたどり着いた。

 ほぼ垂直な岩の壁は、幅数キロはあるのではないだろうか。


 洞窟の側までたどり着き、エンジンを切って昼食にする。

 今日の弁当は唐揚げ弁当、のような物。

 大きな岩の上に立つ蒼真は例に漏れず洗浄魔法をかけて、綺麗になった岩の上で弁当を食べ始める。




 昼食を終えて洞窟に入る。

 広くはない為バイクは入り口に置いていくことになる。

 魔力鍵があるので盗難の心配もない。


「スライムの難易度が高いのは違和感あるな」


「どうしてですか? 物理攻撃が効かないんですよ?」


「オレがいた世界では雑魚という扱いだったからな。まぁゲームの中でだが」


「よくわかりませんがわかったフリをしておきましょうアイリさん」


「はい。そうします」


 少し進むと緑色のスライムと遭遇する。


「でかいな。すごい菌とかいそうだ……」


「普通に火で倒せるんでしょうか?」


「スライムは燃えるのか?」


「試してください!」


 魔力を練るアイリ。

 魔力に反応してスライムが向かって来る。

 剣から放った炎はスライムに直撃し、すぐに鎮火する。


「燃えませんねぇ」


「うっうわ! こっち来ないで!!」


 スライムに追われるアイリ。


「風で切り刻んでみたらどうだ?」


「や、やってみます!!」


 再び魔力を練るアイリだが、追ってくるスライムから逃げ回っている。


 風の刃でスライムに切り付ける。

 ズバッと粘液が切られ、すぐにくっ付いた。

 これは倒しにくい。


「次は爆破してみるんだ」


「は、はい!」


 魔力を高めに練り上げ、火球を放つとスライムは爆散し、粘液が辺りに散る。

 これは倒せただろうと思ったが再び集まり始める。


「なんかあそこだけ光ってますね」


 ミリーが指差す部分が微かに赤く光っている。


「撃ってみます」


 再び火球を放つアイリ。

 着弾とともに燃え上がり、集まろうとしていた粘液がピタリと止まる。

 赤い光も消えた事から倒せたようだ。


 魔石に還して回収する。


「少し色の違う部分があったな。核というよりは本体だろう。本体を守る為に粘液を出す生物なんだろうな」


「なるほど。次行ってみます!」


 少し進むとまたスライムがいる。

 本体と思われる部分に風魔法を放つが、粘液内で動いて本体だけ回避。

 部分的に切り落とされるが、アイリに向かって進んで来るスライム。


 再び風魔法で粘液の中央から切り離す。

 粘液の範囲を狭めるように切り刻んでいき、最後に本体を撃つとあっさりと倒せた。


「粘液を切り離せば簡単ですね!」


 その後はザクザクと切り刻んでとどめを刺す。

 楽に倒せるようだが魔力の消費は多く、八匹程倒したところで魔力が少なくなっている事に気付く。


 奥へと進んでいた為、周りにはスライムがまだ数匹いる。

 辺りを見ると冒険者の物だろう、朽ちた剣や鎧の残骸が転がっている。


「アイリ。腹は減ってるか?」


「はい…… すごくお腹が減ってます」


 少し恥ずかしそうに言うアイリ。


「それならレベルも上がってますね!」


「残りはオレとミリーでやろう」


 蒼真は魔力を練って風を纏う。

 一瞬で間合いを詰めて逆袈裟に斬り上げ、蒼真の剣速に反応できずに本体はあっさりと斬り裂かれた。


 ミリーは首を傾げながらスライムに近づいて行く。


(メイスでどうやって戦おう……)


 そう考えているようだ。

 首を傾げたまま魔力を放出して走り出す。

 スライムに魔力が接触するとともに火花が散り、本体が後方に追いやられる。

 ミリーの加速されたメイスの一撃は、本体ごと派手に粘液を吹っ飛ばした。


 ものの数秒で全て倒して魔石に還す。


「やはり強いですね……」


 自分の魔法との威力の差に驚くアイリ。

 武器の性能の差はもちろんあるが、蒼真はそれほど魔力を消費していない。

 一方アイリは魔力を大量に消費しているのにも関わらずそれ以下の威力となっている。

 魔力の練度だけでなく、魔法に対するイメージ力の差が大きいのだろう。

 ミリーも魔法こそ爆裂魔法しかないが、その威力は高い。


「魔力の練度は悪くない。あとは知識をつければ威力も跳ね上がる」


「本当ですか!?」


「蒼真さんの勉強は眠くなりますよ!」


「そういう魔法ですか?」


「そんな魔法は使ってない!」


 アイリの空腹もあるので帰る事にする。

 バイクにはまだお菓子が残っているので早足だ。




 洞窟から出てバイクに触る前に蒼真が集めた水で手を洗う。

 千尋の作った魔法の洗剤もあるので蒼真もご機嫌だ。


 昼食を食べた岩の上でオヤツを摂り、バイクでアルテリアへ帰る。

 帰り道はミリーが運転し、蒼真がサイドカーに乗って走り出す

 蒼真の魔力も半分以下となっていたので、交代するのに異論はなかった。




 時刻は十七時。

 役所に到着して審査の報告。


 難易度7を一人でクリアできる強さという事でパープルランクとなったアイリ。


 本日の報酬は2,240,000リラ。


 アイリには討伐分の1,050,000リラを渡すと、連れて行ってもらったのでこんなにもらえないと言う。

 明日はクエストを受けずに訓練と勉強をする事にし、昼ご飯を五人分奢る事で手を打った。




 この日の夜はハウザーとリンゼがイチャついていた。

 ベンダーやアニーはウンザリといった表情をしている。

 初めは仲睦まじくそれを嬉しく見ていたのだが、次第にベンダー達の気持ちを理解する千尋達だった。


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