第3話 魔力

 昼食が終わり、研究所の管理人に千尋や蒼真事を説明しに向かうリゼ。


 宿泊する事、ここでしばらく修行をする事を管理人さんも快く了承してくれた。

 理由は地球人からもたらされる知識は、この世界の発展につながる、魔法の研究が大きく進むとの事だった。

 実際リゼがこの世界で生み出した魔法、技術も大いに役立っているらしい。






 これから魔力を目覚めさせるという事で、また訓練所に戻って来た。

 地属性魔法で盛り上げて作られた椅子に二人並んで座り、目を閉じてリゼの言葉を待つ。


 リゼが前に立ち二人の額に手をかざして、手のひらに魔力を集める。


「額に何か感じる?」


「暖かい、光のようなものを感じる」


「あぁ。それと……」


「これ、光るキノコかな?」


「やはりキノコだよな」


 リゼは恥ずかしそうに頬を染める。


「お昼のスープに入ってたから頭に浮かんだだけ!」


 魔力が光るキノコという謎の現象。

 咳払いしてリゼは続ける。


「そ、その光に意識を集中して大きくできる?」


 意識を光る元キノコに集中する。


「お! できるできる!」


「大きくも小さくもできるな」


「じゃあ今度は全身にその光が膨らむようにイメージしてみて」


 千尋は光が全身に広がり少し身体が軽くなったような気がした。


「これで…… いいのかな?」


「千尋、できるの早すぎよ!」


「なに!? もぅできたのか? っっあぁ!! 戻った!」


「蒼真はまた一からやり直して! 集中集中!」


「ぐぬぬ……」







 二十分ほどして……


「蒼真もできたわね。じゃあ二人とも少し待ってて。今測定器もってくるから」


 リゼは測定器を取りに研究所の方へと向かっていった。


 二人とも一度できてしまえば意識しなくても魔力は身体を循環しているようで、これがレベル1の状態となるらしい。






 戻ってきたリゼが金属の板を渡してきた。

 受け取って少し待つと何も書かれてなかった金属板に文字が現れる。


「ん? なんて書いてあるの?」


 訝しげな表情をしながらリゼは答える。


「おかしいわね…… すっごい低いんだけど。壊れてるのかしら、ちょっと貸して!」


 リゼは自分の魔力を測定し始めた。


「うん、私の魔力は72,726ガルド。以前測った時は72,758ガルドだったから誤差の範囲内。千尋のはおかしいわね…… 186ガルドって赤ちゃん以下よ? もう一度測ってみて」


 衝撃の一言、リゼの言葉にショックを受けつつも再測定。


「やはり186ガルドね…… 千尋の魔力は186ガルド。次に蒼真も測ってみて」


 ガルドとは魔力の単位だそうだ。

 蒼真も測ってみる。


「あなたも…… 193ガルドね」


 二人揃って赤ちゃん以下とは……


「レベル1って大体どれくらいの数値が普通なの?」


 恐る恐る聞いて見る。


「赤ちゃんでも個人差はあるみたいだけど、低くても300以上はあるわよ」


「いちお聞くけどリゼのレベル1の時の数値は?」


「私は6,400ガルドあったけど…… あり得ない数値とも言われたわね」


「オ…… オレ達の魔力で魔法って使えるのかな?」


「うーん、今のこの数値だと魔力操作の練習くらいしかできないかもしれないわね。まぁレベルが上がったら数値もすごく上がるかもしれないし魔力操作を頑張りましょう!」


(リゼの目がキョロキョロしてるな……)


「そ、それに魔力の回復量は一分間に30ガルド回復するわけだし、使ってもすぐに全快するじゃない!」


 その考えはポジティブすぎないだろうか。

 リゼは魔力量の話を終わらせ、魔力操作の説明を始める。




 魔力操作の方法は至って簡単。


 手のひらに魔力を集中し、光の玉を両手のひらの中央に浮かせて維持するだけ。

 魔力は身体から離れると拡散する為、拡散しないように安定させる。

 光の玉を完璧に安定させることができれば、魔法の精度も格段に上がるとの事。


 リゼがやって見せてくれるが、両手のひらの中央でテニスボールほどの大きさの球体が淡く輝いている。

 全くブレる事のない透き通った球体だ。


「これを練習してもらうわ。左右の手から放つ魔力の量を一定にする事で安定するから。慣れてきたら左右の手のひらを前方に向けていって……」


 左右の手のひらを前方に向ける。


「ここから魔力球を安定させたまま前方、後方に移動させてみるの。身体から距離が離れた魔力は制御が難しくなるから少しずつ慣れていってね」


 魔力球がリゼから離れていくが、5メートル以上離れても安定しているようだ。

 リゼは魔力制御が得意らしく、長距離からの範囲魔法も高出力で発動ができるらしい。

 要は魔力制御が正確なほど魔力が分散されずに遠くの敵への攻撃が可能という事だ。


「私の場合100メートル以上離れても制御できるように練習したわ。ここの広さならそれ以上も可能よ」


「そんなに離れたら制御できてるかわからないと思うけど?」


「魔力制御は少しの淀みでも感じることができるから大丈夫。まずはやってみて」


 千尋と蒼真は手を胸の前にかざし、魔力に意識を集中する。






 千尋の手から光が浮かび上がる。


「おお、出た!」


「早いわね…… じゃあ次は安定させ…… 安定してるわね」


 驚愕しつつボソッと小さいけどと言うリゼ。

 確かにパチンコ玉より小さい。


 蒼真も千尋の事は気にせず集中する。気になるしツッコミたいが集中する。


 ………………


 …………


 ……


「見て見て! あんなに遠くまで行ったよ!」


「なんでそんなすぐできるわけ!?」


 はしゃぐ千尋と驚愕するリゼ。


 集中…………


 集中……


 集中


「出た!!」


 振り向くリゼと千尋。

 光り輝き、形の歪んだ魔力球が手のひらの内側で浮かんでいる。


「これを次にどうするんだ?」


「安定させるのよ。少しずつ揺れを抑えて行って…… そうそう、落ち着いてゆっくりと安定させて」


「左右のバランスが難しいな……」


「力まず落ち着いて制御する方がいいわ。そう、上手いわね。落ち着いてー、安定したらそのまま維持よ。上手い上手い、その調子」


「なんか扱いが違わない? オレ、雑! 蒼真には丁寧だし優しい!」


 千尋が不満そうにグチる。


「千尋は教え甲斐がないし魔力球も小ちゃいわよ」


 ジト目でリゼが千尋を見る。


「なにぃ!? 蒼真のはどうなんだ!?」


 魔力球を遠くで安定させたまま蒼真の魔力球を見る千尋。

 確かに千尋のより大きくゴルフボールくらいはある。


「ぐぬぬ…… これどうすれば大きくできるの!?」


「魔力の量を増やせばいいだけよ」


 千尋は魔力球を一瞬で手元に戻すが、それを見たリゼが頭を抱える。


(なんでそんな簡単に操作できるのよ!?)


 驚きを通り越して呆れさえ出てきた。


「魔力量を増やす!」


 ボワッと魔力球が膨らみ、またすぐに安定させてゴルフボールくらいになった。


「じ…… じゃあ二人とも魔力球を前に出してみて」


 千尋はさも当然のように50メートル程先へ一瞬で移動させた。


 蒼真も前方へ向けて魔力球の移動を始める、少しずつ距離を伸ばしていくがすぐにブレてしまう。


 ブレを抑えてまた少し前へ、少しずつ距離を伸ばしていく。

 集中する蒼真とそれを応援するリゼ。


 千尋は不満はあるがまぁできているので維持し続ける。

 しかし遠くに安定させ続けるのも飽きてくる。

 左右の移動、魔力量の調整、前後の距離の調整などいろいろ試し始めた。


 その間ずっと魔力を放出し続けてるわけだが、使い切ることはないし回復が間に合ってるんだろう。


 そう思いながら手元に戻した魔力球。

 と、試してみる。






(あれ!? 何故オレは寝転がってるんだ!?)


  起き上がる千尋。


「気付いた? それはマインドダウンよ。魔力を一気に放出したから気を失ったのよ」


「どれくらい倒れてたの?」


「5分ちょっとね。魔力が全快すれば目が覚めるわ」


 気を付けようと思う千尋だった。






 その後もしばらく練習を続け、蒼真が距離1メートルほどで安定させれるようになったところでリゼから今日は終わりにしようと告げられた。






 宿舎に案内され、生活の為のシャワーや水回りの使い方を教わった。


 水は井戸水を蛇口に触れる事で汲みあげる事が出来るらしい。

 この世界で開発された魔法の道具らしく、魔力を流すと水が出てくる。


 シャワーは高さ2メートルほどのところに水槽があり、そこに水を満たす。

 水槽の中央に金属の皿が取り付けられており、そこにヒートストーンという石を置く事でお湯にするそうだ。


 ヒートストーン。

 これは魔獣モンスターから手に入れることができる魔石との事。

 魔獣を倒すと死骸が残り、そこに地属性の魔力を流す事で魔獣は結晶化するそうだ。

 ヒートストーンはゴブリンの魔石らしい。

 他にもホブゴブリンの魔石は火を放ち、リザードマンの魔石は冷やす事ができる魔石だとか。

 いずれもファイアストーン、クールストーンと、安直なネーミングだった。

 魔石はミスリルという金属に触れると発動し、一定時間効果があるそうだ。

 確かにそんな魔石があるなら科学が発展する必要はないよなと思ってしまう。


 そしてトイレは水洗だ。

 これは千尋達より前に来た地球人がこの世界に広めたそうだ。


(トイレットペーパーもあるし、この肌触り、この柔らかさ…… たぶん日本人だな)


 リゼも今夜は研究所の宿舎に泊まるからと、宿に荷物を取りに行った。






 現在十六時半。


 時計も地球人が着けていた物を、ここのような研究施設で魔法解析して作られた魔法で動く時計だ。


 食堂は十八時から二十時までやっているらしいし、まだ時間もあるので暇がある。

 リゼから自主練するように言われていたので蒼真は一人で練習を始める。


 ふと遠くを見るとローブを着た研究者達がこちらに気付いて声をかけてきた。


 男女二人ずつの四人組。


 男の一人が蒼真の魔力制御を見てくれるようだ。


 他は赤い長髪の女性ライル、緑色の髪をポニーテールにしている女性はレティ、濃紺色の天パの男性アルフ。

 三人は簡単に自己紹介すると千尋にいろいろと質問してきた。

 やはり地球の事は気になるのだろう。

 学生とはどんな事を学ぶのかとか、テレビって板にいろいろ映るってどういう事だとか、魔法が無くても生きていけるのかとか、聞かれる内容は地球では考える事もないようなものだったので、回答に困る千尋だった。

 まぁ暇だったし身振り手振りしながら全て答える。

 三人とも大いに盛り上がりながら千尋の話を聞いていた。






 気が付くとあっという間に十八時になっていた。


 リゼが戻ってきて「人気者ね」と揶揄いつつ要らん事を言う。


「この二人ねぇ、千尋の魔力が186ガルドと蒼真が193ガルドだったのよ!」


 千尋と蒼真を指差しながら言う。

 吹き出す四人には爆笑されてしまった。

 地球から来た人間は魔力が高いのが当たり前というのが常識らしいから仕方ない。

 赤ちゃんよりも低いとなれば笑うしかない。


 蒼真の練習見てくれていたコーザが言う。


「地球からここに来るのは今まで一人ずつだったが、今回の蒼真と千尋は二人同時に来た。それが原因で魔力に不具合が生じたんじゃないか?」


 コーザは三十代と思われる男性で、落ち着いた雰囲気と知能の高さが伺える。

 リゼが顎に指を当てて答える。


「可能性は高いわね。魔力量の上昇率も違うのかもしれない。レベル2以降とんでもなく上昇するかもしれないわね」


(だといいけど)と笑う千尋。


 気にせず練習する蒼真は距離を大きく伸ばせたらしく、今も真剣に練習している。

 リゼはそれを見て驚いていた。

 リゼもこの世界にやって来た時に練習したのだが、魔力を安定させるだけで二日はかかった。

 自分の事を思い出しながら彼らの魔力操作の高さ、成長速度は驚くものだった。






 みんな食堂で晩御飯を食べるという事で一緒に向かい、蒼真も腹が減っていたらしく練習を辞めてついて来た。


「千尋、馴染みすぎ」


「蒼真は真剣すぎ」


 食事をしながら蒼真も皆んなと話しをし、地球の話を聞かれる千尋と異世界の話を聞く蒼真という形ができあがっていた。


(情報収集する時は蒼真に任せよう)


 千尋はそう心に決めた。






 時間は十九時半。


 コーザ達とまた明日話をしようと約束して、彼らは自分達が宿泊する宿に帰って行った。


「オレ達も宿舎に行こうよ」


「風呂入りたい」


「私もあなた達の隣の部屋だから何かあったら声かけてね」


 三人はそれぞれの部屋に入り、蒼真はすぐにリゼの部屋をノックした。


 出てきたリゼに汗かいたから着替えが欲しいと言うと、明日買いに行こうと言われる蒼真。

 今日はとりあえず…… と、水属性魔法と風属性魔法を織り交ぜた洗浄魔法をかける。

 ズブ濡れになる事もなく、サラッとした着心地になる服に蒼真も驚く。

 お礼を言って蒼真は部屋に戻り、シャワーを浴びた。






 リゼはこの世界に来てから日記を毎日書くようにしている。

 研究所に来てからはどんな研究をしたとか短い日記だったが、今日は地球から二人の男達が現れたため書く事は多い。


 サラサラとペンが進む…… が、また扉をノックする音がする。

 扉を開けてみるとまた蒼真が立っていた。


「すまない、もう一度さっきの魔法をかけてくれるか?」


 シャワーを浴びた後らしく髪が濡れている。

 また洗浄魔法をかけてついでに髪も風で乾かす。


「ありがとう」


(お、蒼真が笑顔になった)


 嬉しそうな姿を見て笑顔でどういたしましてと応えるリゼ。

 蒼真は少し潔癖なところがあるみたいだ。

 これも日記に書いておこうと思うリゼだった。






 外の風を浴びたくてテラスに向かった蒼真。


 テーブルの上のライトストーンが光を放っている。

 シャワーを浴びたのだろう、髪を濡らしたまま椅子に座った千尋がいた。

 夜空を見上げる彼は何を考えているのか。


 振り返らずに千尋は声をかける。


「ねぇ、あっちではオレ達が行方不明って騒いでるんだろうね」


「間違いなくそうだろうな」


 家族や友達、みんなに迷惑をかけるだろうと考えると申し訳なく思う。

 そんな事考えてもどうする事もできないわけだが。


「受け入れ難いが夢とも思えない。オレ達はここで生きる為にやれる事をやるしかないよな」


 明日また訓練に励もうと思う二人。

 しばらく夜空を見上げながら他愛もない話をして、眠くなってきたところで部屋に戻った。




 シャンプー類や歯ブラシなど生活に必要な物もこの世界に揃っている。

 先に来た地球人達が広めたものなのだろう。おかげで生活に特に不便はなさそうだ。


 ベッドに横になり今日の出来事を思い出しながら静かに眠りに落ちていった。

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