第30話 竜の王バハムート

 僕が想像していたのは玉座に腰かけるフレアのように人の姿になった竜族の王様かと思っていたけど…………現実はどうも違っているみたい。


 目の前にいるのは大きな黒鱗のドラゴン。

 翼を閉じた状態で体を丸くしている。

 それでもサイズは50メートルをゆうに超える大きさで瞳からは相当なプレッシャーを感じる。


「よく戻ってきたなフレア」

「伴侶を連れてくることはできたか?」


「はい…………」

「こちらがそのお方です」


 黒鱗のドラゴンの黄色い大きな瞳がこちらへと向けられる。


「ん?なんだ想像していた者と随分違うな」


「ど、どうも…………」


 するとドラゴンの顔が近付いて僕の顔をまじまじと観察する。鼻から吐かれる息で髪がぶわっと舞った。

 相当な風力で一瞬体を持ってかれるところだった…………


「ふむ…………力を有しているのは本当のようだな」

「名を何と申す?」


「シノブと言います」


「シノブ…………か。我が名はバハムート、『ドラクリア』の王である」


 バハムート…………

 ゲームでもよく聞くドラゴンの名前だ。それなりに名前も通ってるってことはやっぱり強いんだろうな…………


「それでフレアから大体の話は聞いておるな?」


「はい…………それなんですけど…………結婚はお断りさせてもらいます」


「なに?」


 バハムートの目が驚愕に包まれていく。それはフレアも同様で僕のことを見ている。


「竜族と婚約なんてこの世では最大級の名誉なのだぞ?それにフレアはこの王国のプリンセス。生涯を楽して過ごせるのだぞ?」


 う…………

 一瞬心が揺らいだり揺らがなかったり…………

 でもそれは逆につまらないと思う。

 それに僕の中ではいじめられない普通の生活に生涯を楽に過ごすことは含まれていない。


 今でも少し周りの視線が痛いけど最近になってシナモンと一緒に生活できて楽しいのだ。


「はい、僕は結婚はしません」


「ふむ…………見た目によらず中々肝が据わっているな」

「こちらとしてもお主を逃がすのは惜しい…………一つ我と勝負をしようではないか」

「我が勝てばお主はフレアと結婚してもらう。お主が勝てばこの話はなかったことにしよう」


「え?」


 いやいや…………何考えてるのやら…………

 もう少し話し合いで解決するとかできないの!?


「何を驚いている?」


「普通の人なら誰でも驚くと思いますけど…………」


「残念だがここでは普通など通用せんのだよ」


 何故か堂々とした態度をとるバハムート。


「そうですか…………」


 これにはもうあきらめるしかない…………

 どれだけ話し合いで解決しようと僕が試みても無駄ならバハムートの話に乗ろう。


 勝機は…………多分今まで戦ってきた敵の中では一番低いと思う。なにせ相手がどんな武器を使いどうやって戦うのかも全部が分からないのだから。


「考えは固まったか?」


「はい」

「あなたの話に乗ります」


「お父さま!!それにご主人様まで…………」


 僕の判断にフレアは驚きを隠しきれていないようだ。


「フレアは黙っておれ」


「で、ですが…………」


「聞こえなかったか?黙れと言ったのだ」


「はい…………」


 フレアの視線が地面に落ちる。

 どうやら本当にこの国では力なき者は力ある者には逆らえないのだろう。つまり僕に勝負を振りかけてきたのもこの国では正当な物事の決め方なんだ。


「それでは始めようではないか」


 バハムートがそう口にするとバハムートの体が黒い光に包まれていく。

 そしてその光が収束していき姿を現したのは筋肉質な体の男。フレアよりも大きな翼や角が生えている。

 服装も軽装で上半身は裸でズボンのみの格好。右手には黒い槍を持った30代くらいの男前な顔。


「それでは戦おうではないか」


 そう言って『竜化』状態を解いたバハムートは高らかに叫んだ。

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