第18話 牛鬼

「こっからは歩きだ。行くぞ」


「はい」


 源治は亜紀を連れて廃寺への石段を登っていく。階段を登るごとに腐敗臭と血の匂いが強くなっていく。


「オカルト目的や興味目的でやっていた連中全員餌にしてやがんのか。警官を殺って話が大きくならねえようにしてる辺りオツムは回るみてぇだな」


「怪異にも知恵はあるんですね・・・」


「上級なやつほど知恵は回る。俺は一度だけ人語を話す怪異を見たことがあるぐらいだしな」


「その時は・・・どうなったんですか」


「特に何もなかった。あの野郎俺の顔が見たかったとだけ抜かして消えちまいやがったよ」


 そんな事を話していると石段を登りきる。一見するとただの廃寺だが源治にはわかる。この廃寺に漂う死臭と怪異の無数の気配を


「お前は俺の背後を守れ。俺が正面で暴れるからお前は討ち漏らしを斬れ」


「はい!」


 そういってお互いが同時に剣と刀を抜く。そして廃寺の奥を睨みつけていると。一つの塊が高速で源治へと向かっていく。


「しゃらくせえ!」


 塊を剣で切り払う源治。しかし塊は源治の剣が触れた瞬間無数の糸と化し源治の剣先を地面に繋ぎ止めてしまう。


「源治殿!」


「落ち着け!こりゃただの糸だ。こんなもんすぐに剥がして・・・って・・・取れねえ!」


 糸はかなり強い力で源治の剣を繋ぎ止めており源治が少し力を入れたぐらいではビクともしなかった。不意打ちを成功させたからか源治を囲むように境内の四隅に1体ずつ牛鬼が現れるその姿は頭は鬼で体は蜘蛛という異様な風体だった。そして本殿から頭が牛になっている鬼とその背後に男よりも一回り大きい牛鬼が出てくる。


 咄嗟に亜紀はまともに動けない源治に背を合わせる位置取りをし源治の死角をカバーする。


「お前らが牛鬼とかいう怪異か?まさか2種類いるとは思わなかったぜ。もしかしてお前らオスとメスか?まさかとは思うがお前ら家族だったりするのか?それともここが乱〇パーティーの会場だったり?」


「源治殿・・・この状態で相手を挑発するのはマズイのでは?」


「覚えとけ、ヤバイときはとりあえず相手を挑発して笑っとけ」


 源治の挑発に応えるように五つの咆哮が上がる。


「おっと怒らせちまったか?悪いな人間の言葉覚えてから出直してきてくれ」


 その言葉を合図に鬼が源治へと向かってくる。


「かかったなバカがぁ!!」


 源治の瞳が赤く光ると今までビクともしなかった剣を糸が繋がれている石畳ごと引き抜きその勢いのままに繰り出された拳へと剣をぶつける。


「まずは拳いただきぃ!」


 しかし両断されるはずの拳は剣を通さず逆に弾いてしまう。そして体勢を崩した源治を牛鬼の糸が捕まえ振り回すと壁に叩き付ける。


「源治殿!うわっ!」


 亜紀は一瞬源治の方を見るがすぐに自分に向かって振るわれた拳を避けるので精一杯となり源治を気にする余裕がなくなってしまう。


「亜紀、お前は下がってろ!おーいて、硬すぎだろ・・・・何喰ったらそうなるのか俺に教えてくれよ」


 崩れた壁から痛む体を動かし源治が立ち上がる。目の前には強大な怪異が6体、それを見た源治の顔に絶望は一切浮かばずむしろ好戦的に笑えば


「テンション上がってきたな。いいぜ、俺が食われるかお前らが殺されるか全面戦争と行こうじゃねえか!」

 

 右手には身長ほどもある剣を握り左手には大口径の拳銃を握り源治が吼える。その声は先ほどの牛鬼たちに負けないほど獰猛さを感じさせる声だった。




「おっらああああああ!ぶった斬れろおおおおおお!」


 高く飛び上がった源治の振るう剣が鬼の金棒とぶつかり合う。辺りには他の牛鬼の死体や斬撃の跡、弾痕や瓦礫が散乱しておりここに至るまでの激戦を物語っている。


「援護します!」


 鬼と源治が鍔競合いをしている間に亜紀が鬼の背後に回り込み足の腱を切ろうと狙うが


「弾かれた!?」


「亜紀離れろ!」


 亜紀の刃は鬼の強靭な皮膚にいともたやすく弾かれてしまう。源治の警告も虚しく鬼は意識が亜紀に行った源治を放っておいて亜紀に手にした金棒を振るう。金棒を受け止めるには膂力不足の亜紀は紙切れのように宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「てっめええええ!!」


 その瞬間源治の瞳が一際赤く輝く。源治の気配に未知の脅威を感じた鬼の金棒が源治を襲う。源治はその場から微動だにせずに金棒が源治に直撃する。辺りには土煙が舞い、源治の姿が見えなくなる。

 そして土煙が晴れるとそこにいたのは金棒を頭に受け額から血を流しながらもその場に仁王立ちする源治だった。


「カスが、効かねえんだよ」


 剣をその場に捨て素手となった源治がその場で跳躍すると空中で身体を一回転させ回し蹴りを放つ。その足は炎を纏い鬼の身体を軽々と吹き飛ばす。吹き飛ばされた鬼もすぐに体勢を立て直し源治に向かって吠えながら金棒を横薙ぎに振るう。


「そんなんじゃ虫も殺せねえぞ」


 源治はその場から動かずに左手一本で金棒を受け止める。その衝撃で源治の足が深く沈み込み石畳に足跡を作る。


「幽鬼流「始の型」その一」


 源治は金棒を受け止めたまま深く腰を落とすと右手を後ろに引くそして源治の筋肉が一回り膨張したかのように見えると 


「コレが基本の、正拳突きぃ!」


 裂帛の気合とともに放たれた正拳突きはその衝撃で鬼の身体を足首以外吹き飛ばしてしまう。一瞬の静寂の後源治がその場に片膝を付くどうやら全身のエネルギーの大半を使い切ったようだった。


「亜紀は・・・亜紀はどうなった?」


 フラつきながらも立ち上がると覚束ない足取りで亜紀のもとへと歩いていく。そして亜紀のもとに着くと亜紀は気を失っているようだが打ちどころが良かったのか目立った外傷はないようだった。


「ふー、あっぶねえ。これならしばらく寝かせとけば・・・・ってまじかよ」


 一安心したのもつかの間源治は新しい敵意を察知する。それはまるで影が人の形をとったかのようだった。


「お前この前の工場で見た黒まりもの仲間かなんかか?とにかく敵に回るってんなら・・・容赦しねえぞ」


 源治は亜紀をかばうように亜紀の前に出るとふらつく身体に活を入れファイティングポーズを取る。

 走り出した源治が影に向かって殴りかかる。しかしその身体に力はなく拳はたやすく避けられてしまう。返す影からの一撃もまともに踏ん張れずにその場に崩れ落ちる。


「くっそ・・・亜紀」


 源治は意識が薄れゆく中突如亜紀が立ち上がり源治の前に立ちふさがるのを見たのを最後に亜紀に向けて手を伸ばしたまま意識を失う。



 源治が意識を失いう直前、亜紀は立ち上がり黒い影の前に立ちはだかる。


「これ以上源治殿を傷つけることは許しません」


 刀を抜き影に突きつける。その瞳からは意地でもそこを退かないという強い意志が感じられる。


 すると今まで人間らしい意志が感じられなかった影から声が聞こえる。


「そこを退け零零壱號、この男の力は脅威だ。いずれはこの国に仇なす存在と化す前に排除する」


「彼の殺害は私に一任されています。彼を殺すかどうかは私が決めます。あなたが介入するのは越権行為です零零弐號。これ以上私の任務に介入するというのなら私を殺してからにしなさい。尤もこの場に姿を表さずに影法師を操って事をなそうとする男に私を斬れるとは思いませんが」


 亜紀の挑発的な態度に表情を持たない影から殺気が膨れ上がるがすぐに収まる。


「止めておこう、俺達がここで殺し合うことは間接的にこの国にとっての損失となる。・・・それに影法師でお前に勝てるとは微塵も思っていない。俺達の中で最も殺しの才を認められ歴代最強の剣士と言われたお前にな」


 それだけ言うと影は亜紀に背を向けるが次の瞬間、急に振り返った影が亜紀に襲いかかる。折しも亜紀も影に背を向けておりこのまま不意打ちが成功するかと思われたが。


「遅すぎますよ」


 そんな声が背を向けたままの亜紀から聞こえれば途端に亜紀の姿がその場からかき消え影が縦に真っ二つに斬られる。一瞬で影の後ろに回り込んだ亜紀はボロボロと形が崩れていく影に冷ややかな視線を送れば。


「影法師程度で私を捉えられると思ったんですか?もしあなたの腕がこの程度なら、たとえあなたがこの任務をやっていたとしても逆に殺されるのが関の山でしょうね」


 そして完全に消え去った影を尻目に亜紀は刀を鞘に収める。そして源治に駆け寄った亜紀から先程までの冷たい雰囲気が消えており、気絶した源治を背負うが


「おっ重い・・・源治殿は骨が鉄ででも出来てるんですか?」


 その重さから運ぶのは断念しかけるが、しばらくは目を覚ましそうにない源治を見てその場で踏ん張るとゆっくりと一歩一歩踏みしめるようにあるき始める。


「絶対にあなたを殺させはしません・・・この命に変えても」


 ふらつきながらも石段を降りる亜紀一人呟くと空を見上げる。空には満月が輝いておりその光が優しく二人を照らし出していた。

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