第17話 予兆

「・・・・本当に何んともねえな」


 あれから屋敷に戻った源治は謎の球体に刺された亜紀の腹を見ていたが、服に円形に穴が開いているだけでその下の素肌には一切の傷も内出血すらあらず鍛えられた腹筋だけが顔を覗かせていた。


「あの、そろそろ恥ずかしいんですが・・・・あっ!服の中に頭を入れないでください!ちょっ!そこは、やめろぉ!」


 スケベ心からかおもむろに亜紀の服の中に頭を突っ込んでもぞもぞ始める源治に最初は口だけで制止する亜紀だったが止まらない源治についには敬語が崩れ源治の後頭部を思いっきり殴りつける。


「ちょっとした冗談だってのに・・・面白くねえ奴」


 殴られた源治は後頭部をさすりながら亜紀の服から頭を出せば拗ねた様子で自分の部屋へと戻ってしまう。


「もう・・・・さっきはかっこよかったのに」


 複雑そうな顔で源治の背中を見る亜紀。急に亜紀の携帯が鳴る。発信先を見た亜紀は一瞬嫌そうな顔をするが軽く深呼吸をすると通話を開始する。


「はい、私です。・・・・彼の強さは本物でした。もし情報が本当であれば数年のうちに彼の正面から止めることのできる人間はいなくなるでしょう。・・・・待ってください!彼は人間に対して好意的です、それならば彼と協力してこの国を守るほうが理になるはずです。・・・・それは・・・はい・・・分かりました、引き続き監視を行います」


 通話を終えた亜紀は苛立ち紛れにテーブルを少し強めに叩く。


「絶対に・・・絶対に殺させなんてしません」


 そう呟く亜紀の目には強い決意の火が灯っていた。



 それから数日後、源治と亜紀は地下室で組手を行っていた。


「はいどーん」


 源治に投げられた亜紀の体が大きく宙を舞う。亜紀が背中からたたきつけられ天を仰いでいると


「ほらほら実戦は待ってくれねえぞ」


 亜紀の視界に源治の靴底が移りそれは亜紀の顔を踏みつぶそうと迫ってくる。慌てて横に転がることで回避する亜紀。素早く体勢を立て直そうとするがネコ科の猛獣を思わせるしなやかさで源治が飛び掛かりそのままマウントを取る。


「このまま襲っちまおうかなー・・・ってーのは冗談で。お前最近気抜きすぎだぞ。お前から言ってきたからこっちは組手してやってるのによ」


「それは・・・すみません。少し考え事を・・・」


「考え事しながら勝てたら世話はねえんだよ分かったかこのスカタン」


 しょんぼりする亜紀の頬を両側から摘み左右に引っ張る源治。


「いひゃい、いひゃいでしゅふぇんふぃふぉの(痛い、痛いです源治殿)」


「ったく・・・そんじゃ一仕事に行くとしますかね。今度は言うことちゃんと聞けよ?」


「・・・・了解です!」


「そ・の・間・は・な・ん・だ・よ」


 目を泳がせる亜紀の頬をもう一度引っ張る源治。今度は少しして放されたが頬の痛みに亜紀は涙目になる。


「結婚前の乙女の顔になんてことするんですか~」


「知るか、良いから行くぞ。今度はお前にも働いてもらうからな、もちろんやばくなったら援護してやる。」


 そんな漫才を繰り広げればお互いに準備をして屋敷の前に集まると二人で源治のバイクに乗り込む。


「今度はサラシでも巻いてんのか?乳が硬いぞ」


「源治殿・・・本気で怒りますよ?」


「おっおう・・・」


 源治の冗談に対する亜紀の怒気にこれ以上からかうのはやめようと感じた源治がバイクを発進させる。


 目指すは打ち捨てられた廃寺。目標は「牛鬼」という怪異である。

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