ルールの中の王子様

あぷちろ

曲解

 恋愛にルールは無用だ。と、どこぞの洋画でプレイボーイのキャラクターが前髪をかきあげながら言っていた気がする。

 当時、小学生くらいだった私はその俳優のセリフを額面通りに受け取って、好きな子にキスアタック(無理やりキスを強請ねだる事)を繰り返していた。勿論、先生に見咎められて烈火のごとく叱られたが。

 話が脇道へ逸れてしまったけれど、私は恋愛にこそ、絶対的なルールが存在すると思っている。

 『誰かを一途に愛す』という絶対的なルールが――



「じゃあね、また来週。君たちに会えるのを楽しみにしてるよ」

 私は自分を取り巻いている少女たちに向けて甘い言葉をかける。

 きゃあ、と短く黄色い悲鳴があがり、私はほっ、と心の中で溜息をつく。

 この女子高に入学して2年が経った。入学当初からなぜか私は同性にモテた。そりゃあ平均よりも身長はあるし、並みよりは優れた容姿をしていると……主に中性的な方に。

 1年目は遠巻きに眺めているだけだった娘たち(上級生下級生問わず)は私が2年生になった頃、突然に私の周りに集りだした。

 彼女たちは私に無言である役割を求めた、所謂女子高の“華”の王子様役として。

 最初こそは求められた役どころに辟易したものだが、一度要領を得ると意外とうまくができていると思う。

 なぜ、綱渡りと表現したのか。それは今私が居るポジションから外された人間の末路を知っているからだ。

 その彼女は、私と同じように多くの娘たちに囲まれ、集られ、そして棄てられたのだ。

 切っ掛けは確か、些細な一言だったはずだ。ただ一言、彼女のキャラクター《役どころ》にそぐわない台詞を吐いてしまった。それだけで彼女は取り巻きの娘たちに唾棄すべき存在とまで貶められたのだ。廊下を歩けば唾と罵倒の言葉を浴びせられ、目に見える場所で座ってお昼ご飯を食べようものなら真上から可燃性のごみをぶちまけられる。

 取り巻きたちが熱中できるようなキャラクターになりきる。それが唯一のルール規則だ。

 さて、なぜ私がそんな棄てられた人間の末路を知っているのか。それは単に、私の前任者と私は親友同士で、本人の口から直接聞いたからである。

「キミも好きものだな。こんな逢瀬なんか止めたほうがいいのに」

 親友である彼女、大宮青海おおみやあおうみはクスリと柔和に微笑んだ。

「やだね。アンタに会えなくなるくらいならあの学校を辞めるわ」

 私、近衞錬このえれんはぐでりとソファーの上で足を伸ばした。親友と気兼ねなく会話できる空間、それが私にとって唯一心が休まる場所だ。

 だから、青海と一切会話のできない学校という空間は息が苦しくでしょうがない。

「家まで追ってくる娘もいるだろうに」

「えっ、嘘っ」

 青海の言葉にあわてて飛び起きると、彼女は人の悪い笑みを浮かべた。

「嘘だよ。うそ。あの関係性は学校の中だけなのだからそんな無粋な事をするほどあの娘らも馬鹿じゃあない」

 それが彼女たちなりのルールだよ。と付け加えるのも忘れずに、青海は静かに語った。

「なあんだ。嘘なら青海と毎日あえるじゃない」

「私はキミと毎日顔を合わせるだなんて御免だね」

 学校でなら毎日会っている、と言いかけてそういえば学年が1つ違うんだったと閉口した。

「毎日はちょっと面倒くさいけれど、今みたいに2日に1度くらいなら丁度良いのさ」

 そう言った青海の笑顔にはどこか陰りがあった。

 その陰りの意味を私は知っている。元、取り巻きの娘たちの下らないルールがまだ尾を引いているのだ。

「まっててね、青海」

 私は彼女に聞こえないくらいの声量でぽつり呟いた。



 その日、私は青海のいる3年生のクラスがある階に来ていた。周囲には例に漏れず取り巻きの少女たちが首を傾げて集まっていた。

「ごめんね、みんな。ちょっとこのクラスに用事があってね」

 私は物怖じず、そのクラスの教室へと這入った。じとりと上級生たちの視線が私に集まる。

 勿論、このクラスの上級生の中にも取り巻きとしてしている娘もいるし、今代の王子様が何の用だろう、と訝しんだ。

 私はお目当ての人物を見つけると彼女に静かに歩みよる。割と騒ぎになっているはずなのに一度もこちらを向かない。

 完全に心を閉ざしているのだ。無知蒙昧を装って無関心を貫いているのだ。そうしなければ、ならないのだ。

 私は騒めきたつ心臓を抑えて、彼女の元で跪いた。

「お迎えに上がりましたお姫さま」

 やっと、そこで彼女、大宮青海はこちらに振り向いた。

 顔を上げるととても驚いた様子で固まっていた。反対に、周囲の人間たちはどうしたものかと俄かにざわついている。

「錬、どういうつもり?」

「言葉通りだよ、青海。貴女を迎えに来た」

「正気?」

 青海の一言には、私を見ていなかったの? という意味と近衞錬の馬鹿野郎。という意味が込められていた。

「勿論。さあ行きましょう、姫」

 私は無理やり青海の手を引くとそのまま小走りに教室を飛び出した。

 暫く走って、人気のない場所までくると青海は私を叱りつけた。

「こンの、錬ちゃんのバカ!」

「ハハハ。青海ってば口調が昔に戻ってるー」

「……笑いごとじゃないよ、全く。これでキミも私みたいにぞ?」

「望むところ。青海と満足に会話できない学校なんて居る意味ないもの」

 青海は照れたのか耳を真っ赤にして腕で顔を隠す。

「まあ、でもそうはならないかもよ?」

 私がそう言うと青海は、お調子者が、と小さく反論しただけで私の頭を弱く小突いた。


 結論から言えば、その後どうにもならなかった。

 彼女たちのルールに沿って、なのだから、取り巻きの娘たちからは軽く詰問されるだけで終わった。

 逆に、青海への態度は急変した。底辺の棄てられた存在から一躍、“王子様”のお相手役になったのだ。ちょうど半分半分、羨望と嫉妬の姿勢で再びへ迎え入れられた。

「こうして私は心休まる場所を手に入れ、青海の地位も回復。めでたしめでたし」

 ちゃんちゃん、と柏手を打つと青海にデコピンで窘められた。

「私は割とあの状態を受け入れていたんだぞ。そこからいきなり連れ出してからに……。言っていたはずだぞ? 毎日は面倒臭いと」

「えー? 私は毎日がいいなあ。中学の頃は毎日だったじゃない」

 私が以前の事を引っ張りだすと、青海は急に勢いを失い、しどろもどろになる。

「それは、それはだな……」

「毎日、私の顔みるの、イヤ?」

「――。いや、じゃない」

 青海は顔をそらして弱弱しく呟いた。

「ならいいじゃん」

 私が微笑みかけると、青海は無言でまたデコピンを額に食らわせた。

「あー! またデコピンしたっ」

「錬ちゃんのこの、人たらし。どーせ取り巻きの娘たちにも同じような台詞言ってるんでしょ」

 心外だ。私がここまでするのは青海だからなのに。






 おわり

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