いつか誰かの記憶たち

ろく

証明を

ああ、やっぱり。

良い人じゃなかったんだ。


 あの時、死体の側で嬉しそうに笑う父さんを見てそう思ってしまった。


 ずいぶん前の話。あたしは父さんが苦手だった。こちらの顔を見るなり、申し訳なさそうに目を背けたり、お姉ちゃんとは普通に繋ぐ手を、少しためらうように差し出してきたり。きっとあたしは嫌われているんだろうなと思っていたけれど、本当はそんなことなくて。

 誤解がとけたとき、あたしは優しくて気弱な父さんを力いっぱい抱きしめた。背負ってきた罪悪感が少しでも軽くなるように、今度はためらわずに手を繋げるように。それからは、父さんの膝の上は温かくて、あたしの頭を撫でるごつごつした手の感触は心地よかった。

 あの瞬間に出会うまでは。


「このままじゃ危ない」「逃げないと」

 笑う膝を奮い立たせてなんとかその場を離れた。さざめく木々の音が遠のく。今でもまぶたに焼きついた、鈍い赤色と弛んだ口角。裏切られた、という気持ちの中、妙に納得してしまった自分一握り。

 次の日あたしは家から逃げ出した。母さんと姉さんを弔えないまま、荷馬車に乗せてもらって遠い町へ。

 1人ぽっちは危ないよ、と御者のおじさんに心配されたっけ。

「町で姉さんと母さんが待ってるの」

 そう答えたあたしの口角はちゃんと弛んでたのかな。


 後悔のない人生っていうのはなかなか難しいもので、父と繋いだ温かい手の感触を思い出しては布団の中で歯を噛んだ。あたしの決断が間違っていたと思うと気が気じゃない。自分の足元がぐらぐらと崩れるような感覚に襲われた。

「あいつ、また人を殺したらしい」

 そんな噂が、聞き耳を立てなくても聞こえてくる。町行く人が聞かせてくれる、悪意と暴力に満ちた父の姿。優しい父はもういない。いや、最初からいなかったのかもしれない。

 自分の足元を見て、あたしは胸を撫で下ろす。


ああ、やっぱり。

間違ってなんかないよな。

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