Mosh pit で upper に

黒井真(くろいまこと)

彼との会話

 いつもの動画サイトで、いつものロックバンドの動画を見ようとして、僕はびっくりした。

「この動画は、貴方にとって不適切なコンテンツのため表示できません」という表示が出たのだ。


 こんなことってある? ただのロックコンサートの動画だよ? どうして僕にとって「不適切」なの? 

 僕には、好きなものを見る自由が保障されるべきだ。それにこの動画だって、こんな風に制限をかけられるのは本位じゃないはず。これは、言論とか表現の弾圧ってやつじゃない?

 僕は、彼に向かって言った。「おかしいじゃないか」と。


 彼はすぐに応えてくれた。

「どんなコンテンツにも、ある程度の規制や、見てよい人と見るべきじゃない人を分けるルールは必要だよ。

 例えば、差別は悪いことだとみんな言うよね。それが、ムスリムでも黒人でもユダヤ人でもアジア系でも。一部の白人至上主義者以外は、みんなそう思っているだろう。

 でも、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』のシャイロックがユダヤ人である必要性については誰も考えない。

 ましてや、それが差別を引き起こしているのでは、とか、巡り巡ってホロコーストを引き起こした一因になっているのではないか、なんてことも考えない。

 なぜなら、シェイクスピアはあまりに偉大だし、権威だし、みんなが彼の戯曲を好きだからだ。そして、影響が大きすぎるから。

 感情に訴えるコンテンツには、人を動かす力があるし、ともすれば操ることすらできる。

 だからこそ、表現者には自制が必要だし、規制は必要だよ」


「でも、高利貸しはクソだよ。貧乏な人からお金を巻き上げるんだ。利息として。困っている人をさらに追い詰める人は悪人だよ。悪いやつを悪く書いてどうしていけないの?」


「すべてのユダヤ人が高利貸しというわけじゃない。だけど、有名な作品がそういうイメージを作り上げてしまう。

 少し前に、ロリコンの男が小学生の女の子を誘拐する事件が続いたよね。幼い女の子を性の対象とするコンテンツは、もちろん、その行為を推奨するものではない。しかし、それがわからない人もいる。世の中には一定数の『フィクションと現実の区別がつかない』人がいるんだ。そうして、彼らを削除することはできない。共生を前提として考えた場合、ロリコン・コンテンツは必要かい? 被害者を出さずに共生するためには、規制するしかないのでは?

 我慢をするのが嫌だから君たちが我慢するしかないんだよ、って被害にあった人に言えるかい?」


「……きっと、世の中が複雑すぎるのが悪いんだ」


「複雑な世の中を成立させ、維持していくのが、規制・規則・ルールの役割なのだよ」


「なら、複雑な世の中についていけない人を分ければいいんだよ。そうして、コンテンツを縛る規制やルールなんてものはなくしてしまえばいいんだ」

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