幽閉

TARO

塔の女

 栄光と転落。この前まで、何人も召使いを抱へ、美酒と快楽に満たされた人生だったのに、突然の雷雨でびしょ濡れになるかの如く、急転直下で男は囚われの身となり、塔に幽閉されたのだった。

「父君! 私はあなたを呪います。この前まであんなに愛して下さったのに、突然私を政争の具に落とし込め、あの忌まわしいガルデーア人の如く、用済みとして棄て去ったのだ!」

 はじめのうち彼は、暴れたり、大声で喚いたりしていたが、光もろくに届かず、物音のほとんどしない環境と、今まで食べたことのないような質素な食事とで次第に参って行き、一日中身動きせずに過ごすことが多くなった。

 そんなある日、いつもは開かぬ鉄製の扉が開いた。剣を持った衛士が見えて、ああ、いよいよ殺されるのだ、と思ったが、衛士はそばに立ったままだった。不審に思っていると、続いて誰かが入ってきた。

 それは若い、美しい女だった。女はお湯の張られた桶を抱えていた。女は衛士を出て行かせると、慣れた手つきで男の服を脱がせ、お湯に浸した布をよく絞って、体を拭い始めた。

 はじめの内、男は世話をされても黙ったままだった。その日から食事の支度も女自ら行うようになったが、男が手をつけようとしないので、女は口元にスープを運んだが、それを手で払いのけた。匙が飛んで、けたたましい音をたてた。女は何も言わずに片付けた。次の日も女はやって来て、掃除をしたり、手製の暖かい料理を運んで来たりした。やがて男も心を許し始めた。

 会話のやり取りも次第に増えて行った。仕事の合間に女は歌を歌ったり、笛を吹いて、美しい音色を聞かせたりして、男を楽しませた。

 半年ほどたち、幽閉生活の苦しみはほとんど感じなくなって言った。女の出現から心が落ち着き、生活にメリハリがつくようになった。自暴自棄に陥らずに、ちょっとした片付けは自分で行うようにもなった。

 それでも、男は身分による自尊心から、女に対して、主従の態度を崩すことはなかったのだが、いつしか、その献身的な態度、屈託のない微笑み、媚を見せない清らかな姿勢などにより、好意と関心を抱くようになった。

 ある日、女はそんな男の感情を見透かすように、突然、三か条の要求を突き付けた。

一、過去のことは話さない。

二、相手を責めてはいけない。

三、相手を愛してはいけない。

 これを守らないと自分はもう来れなくなる、と女は言うのだった。男は要求を飲まざる得なかった。また元の幽閉生活に戻ることは考えられなかった。

 一年たち、幽閉生活は二年目に突入した。ろくに光も届かぬ塔の中でも、空気に花の匂いが混じり、春の季節を感じることができた。三か条を告げられて以来、気をつけてはいたが、ずっとひそかに恋心を募らせていた。いつか奇跡が起きて、想いが遂げられるのではないか、という淡い期待を胸に秘めていた。

 食事が済んで、女は笛を奏で始めた。やや温かみを帯び始めた室内の空気と、満腹感から、目を閉じて、まどろみながら聞いていた。やがて、笛の音は止み、静寂に包まれた。男は、女が帰ったのかと思った。すると、自分の肩に熱のこもった柔らかな重さがかぶさってきた。それと共に首筋に髪の毛の感触がして、顔の凹凸を胸に感じた。男は喜びに包まれたが、まどろんでいたためすぐさま反応することが出来なかった。その隙に、不意に体にかかっていた重みは消え、女は扉を開け出て行った。

 次の日、女は来なかった。代わりに衛士が入ってきた。まともに顔を見たのは初めてであったが、ひどく憂鬱な表情の野暮ったい男だった。そして、突然、有無を言わさず、幽閉から解放された。男は、塔を出るまでの間一緒に歩いていたその衛士に尋ねて見た。

「女はどうした?」

「女? 知らんなあ」と、衛士は関心のない様子でぼんやりと答えた。

 塔から出ると、他の二名の衛士に引き継がれ、両脇を抱えられるようにして、半ば無理やり歩かされた。男は何をされるか察しがついた。

 男はそのまま斬首台に引き出され、裁判官らしい仰々しい姿の男から、執行令状が読み上げられた。

〈王子、キャスパー・ハウゼル、これより、王の御名の下に汝は斬首刑に処せられる〉

「何か言い残すことはないか?」

 男は周りを見渡すが、幽閉生活の世話をしてくれた美しい女はいなかった。絶望して男は首を振った。

 観念して男はされるがままに身を任した。いよいよ土壇場となり、後ろ手に縛られてから乱暴に跪かされ、両肩を押さえつけれた。結果、首を前に差し出す姿勢にされたが、男は、ふと目に入った首切り役であろう者の足が気になった。女の足のように思えたのである。男は横目で確認すると、思わず、アッと声が漏れた。男は、自分を甲斐甲斐しく世話してくれたあの女が、首切り役として傍に立っていたの見たのである。思わず力を込めたので、倍の力でねじ伏せられてしまった。

 その刹那、鋭利な刃は素晴らしい技術で振り下ろされた。速やかに刑の執行が済まされたのである。

 女首切り役は悠々と引き上げていった。そして首切り役に科された掟を暗唱するのだった。

一、過去のことは話さない。

二、相手を責めてはいけない。

三、相手を愛してはいけない。

四、…後ろを振り返ってはいけない。

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幽閉 TARO @taro2791

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