交通事故の記録

阿井上夫

三月十六日

 午後十四時三十分より少し前のことである。

 私の車は、国道と並行する狭い道路(中央の白線なし)を、前方の車に追随して東に向かって走行していた。

 その道は大きめの車がすれ違う際に注意が必要になるほど狭い道幅で、さらに悪いことに右側車線の向こう側は宅地造成中だった。

 そのため、あちらこちらが工事中になっており、更に行き違いを困難にしていた。

 前方走行中の車はワンボックスカーで、当方はミニバンである。

 それなりに車体が大きいので神経を使う。

 車の速度も上がらないので、ともすれば前車との間隔が詰まる。

 その状態で一緒に走っていた時に、前の車が若干ながら左側に車を寄せて、急に停車した。

 私も停車して様子を見ることにする。

 前方の車がハザードランプを点滅させていなかったために、対面から来る車を回避したものと思っていたところ、今度は前方の車のバックランプが点灯した。

 もちろん、この時点でさすがに、

「おや?」

とは思ったが、なにしろ前述の通り狭い道であり、かつ、左側には有名な菓子店がある。

 てっきり店舗の駐車場から出てくる車を回避するためのものと考えていたら、前の車が後退しながら頭を右側に振った。

 要するに、左側の店舗駐車場にバックで停車しようとしているわけである。

 どう考えても無茶で、間隔に余裕がない。

 私はとっさにバックして回避しようと思い、バックミラーを確認する。

 すると、私の車の後方にも別な車がいた。

 そのため、私がここでバックすると二次被害が発生する。

 よく考えればクラクションを鳴らせばよかったのだが、私は普段からクラクションをほとんど使わない。

 そのため、その存在を完全に失念していた。


 ということで、前の車はそのまま躊躇いもなく後退したため、相手の車の後方バンパーの右側面と、私のバンパーの左側前面が衝突してしまったのである。

(この位置関係は割と重要)


 さすがに停まっている車にバックで追突させたのだから、責任の度合いは前車のほうが高いと私は判断した。(正直、こちらに非は全くないと判断した)

 車の窓を開けて会話をしようとしたところ、相手の車を運転していた中年女性が窓越しに開口一番、こう言った。


「なんでそんなところに停まっているんですか!?」


 あまりの言葉に一瞬、言われていることの意味が分からなかった。

 が、すぐに正気に戻ってとりあえず反論する。

「こういう場合、停車している後方の車にバックでぶつけたほうが悪いんですよ」

 すると、今度はこう反論された。

「いや、前に寄りすぎなんです!」

 この時点で「これ以上の議論は無意味」と判断し、私は相手に告げた。


「分かりました。警察を呼びましょう」


 *


 警察に通報し、ついでに自分の自動車保険の事故受付窓口に電話をしていると、警官が二人到着した。

 事故の状況説明は相手の女性に任せる。

「車間距離が狭かった」

と相変わらず主張しているが、その点は間違いではない(前述の通り、車の速度が出ていないので詰まり気味であったし、急に停車されたのでどうしようもなかった)ので、私も同意した。

 警官が相手に、

「後ろを見ていなかったのではないですか?」

 と繰り返し言い、相手の女性が、

「ちゃんと見てました。でもそんなに近いとは思わなかったので、バックしました」

 と言っているのを聞きながら、

 ――じゃあ、結局のところただの判断ミスじゃないの?

と考える。

 相手の保険代理店の人が到着したので、同じ話を繰り返した。

 相手の主張も同じ内容だった。


 相手の車に子供が三人乗っていたので、

「お子さんに怪我はありませんでしたか?」

と三回尋ね、

「私の保険会社に相手の氏名や住所などの個人情報を伝えても良いか」

という点も、念のため確認した。(相手からは一切そのような確認はなかった)

 最終的に何も言うべきことがなくなり、車の傷は走行に支障のあるものではなかったので、

「それでは、お気をつけて」

と言って、その場を立ち去った。


 相手の謝罪の言葉は、とうとう最後まで一言も聞けなかった。

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