死闘の果てに

維 黎

それは初めての

 ここに絶対厳守の取り決めルールもと、二人の男が今まさに闘わんとしていた。その取り決めルールとは、


『負けた者は、勝った者に絶対服従の命令いうことを一つ、聞かなければならない』

 

 例えそれがどんなに理不尽な命令であったとしても――。


 場所はどこかのすたれたやしろ前。

 ちたその姿からは、すでに神も仏もまつられていない事は想像にかたくない。

 昼夜の判別が出来ないほどの暗雲が立ち込める空には、轟音ごうおんと共に紫電がいくつもはしる。それはまるで、雷龍らいりゅうけているかのようだ。


 対峙する男の内、一人は格闘家――空手家だろうか。

 隆々りゅうりゅうとしたからだを覆うのは袖の無い道着。黒い腰帯が巻かれた下衣したごろもは、くるぶしまでの長さで、足は素足だった。

 もう一人の男は、軍帽をかぶり、軍服に身を包んでいるところを見ると軍人だろうと思われる。その男もまた、空手家の男に勝るとも劣らない、鍛え上げられた肉体を有していた。


 空手家が構えをとる。 

 肩幅より少し広めに取った脚は、左脚が前、右脚が後ろ。それに習うように、自然に左肩が前、右肩が後ろになるしゃに構える形となる。

 両のかかとは地面についたままの、いわゆるべた足状態。スピード重視ではなく、体重を乗せた攻撃重視インファイト

 右腕は肘を立て、握り拳をあごの前。左肘は胸元で折りたたみ、こちらも拳を握った状態。

 肩を上下にすってリズムを取る。

 一方、軍人は悠然ゆうぜんと腕を組み、口元には笑みを浮かべている。


 再び轟音がとどろく。

 と、同時にどこからか"FIGHTファイト"と言う掛け声が聞こえた。

 空手家が大地を蹴って間合いをつめる。

 同時に軍人も流れるような動きで、腕組みのまま同じく距離をつめる。


 がごっ、という鈍い音が響く。


 お互いが放った右脚の上段回し蹴りが交差した音だ。

 攻撃のタイミングは同じだったが、脚の長さリーチの分だけ軍人の方が間合いに入るのが早かった。

 先に一撃を食らうのは自分だと瞬時に判断した空手家は、回し蹴りを迎撃するために頭部から相手の蹴り脚へと軌道を修正したのだ。だが、少し無理が生じたのだろう。ほんの一瞬だけバランスを崩す。


 空手家は蹴り脚をそのまま地面に戻したが、軍人は脚を振り子のように勢い良く戻すと、その反動を利用して、左脚を軸に相手に背中を見せるようにぐるりと回転する。

 右脚はそのまま爪先を地面に一瞬こすらせて、弧を描くように勢い良く跳ね上がり、そのかかとが空手家の側頭部そくとうぶに襲いかかった。


 上段後ろ回し蹴り。

 

 今度はぐごっ、という肉を殴打する鈍い音がした。

 間一髪、右腕を"くの字"に折りたたみ、側頭部の前で防ぐ。だが、一瞬だけ躰が後ろに下がる。


 それを好機と見たか、軍人は一気に畳み掛けてきた。

 金的の前蹴り、正拳突き、中段蹴り、下段蹴り。

 それらの攻撃を、金的の前で手首を交差させてブロックし、突きを掌底しょうていで払い、蹴りは脚を上げ膝を曲げてももで受け、足元を払われないようにバックステップでかわす。


 再び二人の間に距離が出来た。

 一瞬の攻防。

 初手は軍人に軍配が上がっただろう。

 空手家は、攻撃をすべて防ぎきったが、防御ガード越しに衝撃ダメージが通り、弱冠だが体力が削られていた。

 今は問題ないが、後々、削られた体力の差が響いてくるかもしれない。


 受けに回ると劣勢は必至ひっしだ。攻めないとまずい。

 そう判断した空手家が仕掛ける。

 間合いはこちらの方が遠い。ならば、一手加えて間合いをつめる。

 空手家は、左右の掌底を合わせて腕を縮ませ、一気に両の手のひらを突き出した。するとそこから、気の塊、気孔波が飛び出し、軍人へ一直線に飛んでいく。


【破動拳!!】


 軍人は迫り来る気孔波を冷静に見切り、上空へジャンプしてかわすと、クルッとトンボを切って着地する。と、目の前に間合いをつめた空手家が腰をかがめた状態で待ち構えていた。

 極限まで縮めたバネの反発かのごとく、一気に伸び上がりながら、同時に右拳を軍人の顎に目がけて突き上げる。


【龍昇拳!!!!!】


 拳闘ボクシングで言うところのアッパーカットに似た攻撃が炸裂した。

 軍人は頭を後ろに反らせて、後方に弾き跳ばされるが、頭部が地面に叩きつけられるよりも前に、海老反えびぞるように片手を伸ばして、地面に手をつくと、それを支点にバク転で躰を起こして体制を整える。

 追い討ちをかける為、距離をつめる空手家。

 迎撃をする軍人の顔からは笑みが消えた。


 両腕は紫の"オーラ"に包まれ、振り下ろす一撃と、タイミングを少しずらした振り上げる一撃を時間差で放つ。

 空手家は、上段からの一撃をかわすが、下への視線を一瞬切った為に、下段からすくい上げるような一撃は防ぎきれなかった。

 鳩尾みぞおちに入り、「かはっ!」と言う空気が洩れた。

 すかさず、顔面目がけて肘打ちが襲ってくるが、なんとか上体を後ろに反らスウェーバックしてけると、密着した状態で【破動拳】を放ってカウンターの一撃をお見舞いする。


 闘いは激しさを増す。


 空手家は青白い"オーラ"、軍人は紫の"オーラ"をそれぞれの躰にまとって一進一退の攻防を繰り広げた。

 蹴り、突き、踵落かかとおとし、跳び膝蹴ひざげり。

 肉体を使った武技の応酬。

 

【竜巻疾風脚!!】

 

 独楽こまのように回転しながら、連続の回し蹴りを放つ技。

 軍人は二度、三度と蹴りを受け後ろに弾かれる――かと思えば、"気錬力オーラパワー"の障壁バリアを張り巡らし、逆に空手家を弾き返す。

 お互いそろそろ限界に近い。だが空手家は、わずかに自分の方が体力の減りが多いと感じていた。このままでは負ける。

 絶対厳守の取り決めルールが頭をよぎる。


『絶対服従の命令』


 負ければどんな末路が待っているのかわからない。

 負けるわけにはいかない。

 空手家は最後の大技に全てを賭ける。


 右腕を時計の文字盤で言うと零時の位置まで上げ、左腕を六時の位置まで下げる。そこから時計回りに右腕を下へ、左腕を上へと移動させる。

 左右の腕が上下逆の位置になった時、


「コォォォ」


 という息吹を吐き、左腕を下げ、右腕を上げて躰の前で左右の掌底を合わせると、そのまま腰の位置まで引き戻し、腰だめに構える。そして――


【真空破動拳!!!!!】


 人の背丈ほどもある大岩のような気孔波の塊が、軍人へと襲い掛かる。この大きさでは、跳び上がってけることは不可能。

 空手家は勝利を確信した。

 だが。

 軍人は両脚を大きく開いて踏ん張り、躰の前で腕をX字クロスさせて完全防御の構えで受け止めた。

 大ダメージを受けた。

 瀕死の状態になり、あと一撃を受ければ負けていただろう。

 しかし、耐え切った。


 軍人の躰を、激しく燃え盛る炎のような"オーラ"が包み込む。

 右の豪腕を突き出し、獣の鉤爪かぎづめのようにてのひらを拡げ、左手は右手の手首を掴む。

 

 その巨体が"気錬力オーラパワー"により、ふわりとちゅうに浮く。

 と、次の瞬間、空手家に向かって錐揉きりもみ回転をしながら、猛烈な勢いをもって襲い掛かった。


【オーラクラッシャーアタック!!!!!】


 会心の真空破動拳おおわざが決まったにもかかわらず、倒しきれなかったショックで、空手家は反応しきれなかった。

 軍人の必殺技が空手家の胴体に炸裂すると、時間が止まったように全てが静止する。


 その瞬間――


 リングアナウンスの声と共に"K.O."の文字が、テレビ画面モニターの中央に大きく表示された。




〇X△口




「きゃあぁぁぁぁ! やったぁ!! 勝った、勝ったぁぁぁ!!!」

「うっわ、マジかぁ! 負けちまったぁ! 信じらんねぇぇ!! た、頼む! もっかい、泣きのもう一回をお願いします!」

「土下座してもダーメ♪ 何してもらおっかなぁ。『負けた者は、勝った者に絶対服従の命令どんなことでもいうことを一つ、聞かなければならない』だからね! うふふふふ♪」

「――くっ! 悪魔のような笑みを浮かべやがって! お、俺に一体何をさせる気だ!!」

「前からウィトンのバックが欲しかったしなぁ。あ、フラダの服も良いなぁ」

「な、何故だ! あそこで俺のリョウの真空破動拳が決まって勝ったと思ったのに! 今日の為にあれほどやり込んだ"ストレートファイターⅤ"で負けるなんてあり得ない!」

「弱い! 弱過ぎる!! なーんちゃって♪」

「く、くっそー」

「さて――と。それじゃぁ……ン」

「な、何だよ。い、いきなり目を閉じて……」

「ゲームする前に決めた絶対の取り決めルールなんだからね。ちゃんと守って。ン」

「いや、その。お、俺、初めてっつーか。こんな雰囲気も何もなく、取り決めむりやりでってのは、そのー。もっとこー、ロマンチックな感じで――」

「――ンン」

「くっ!」


「――」

「――」



 初めての接吻キスは、甘酸っぱい味がすると言うけれど。そんなことも無く、ただやわらかいという感触と、鼻腔をくすぐる甘い匂いが強烈な印象として、ずっと残っている。



                          ――了――   

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