甘い呪い
宮蛍
第1話
「藤崎の誕生日を祝ってやろうぜ!!!」
サークル活動が始まる三十分前、いつもよりも早く私たちに集合をかけた安藤さんは開口一番そう言った。今この場に藤崎がいないということは、まあつまりサプライズでということなのだろう。
ちなみに私たちが所属しているのは軽音楽のサークルで、私、先輩、藤崎、安藤さんの四人でバンドを組んでいる。といっても別に皆プロを目指しての活動というわけではないから、練習量もそんなに多くはない。いかにもサークルって感じのノリでゆるくやっているだけの小規模サークルだ。
「はあ、誕生日会でも開くんですか?」
相変わらずの騒々しい声に辟易しながら私は言葉を返した。どうしてこうも安藤さんは賑やかとやかましいの間を常に綱渡りできるのだろうか。不思議で仕方がない。
「そっ、二月七日がアイツの誕生日。二週間後のアイツの誕生日に盛大に誕生日会を開いて、盛大に祝ってやろうっていう計画!どうよ!?」
「うーん、二十歳になって誕生日会とかちょっと幼稚過ぎません?藤崎も恥ずかしいんじゃないですか?」
別に藤崎のことが嫌いなわけではないが、そういうのは純粋に面倒くさい。祝われる側なら喜んで引き受けるのだが、もてなす側となれば話は別だ。そんな手間のかかることはご免である。
そんな私個人の惰性を上手く包み隠しながらもっともらしい言い分を述べたのだが、私の声はどうやら相当にロ―テンションだったようで、その声音に反応した安藤さんが食い気味に言葉を返してきた。
「何でお前そんなにテンション低いんだよ?成人祝いだぞ、普通もっと「賛成賛成」って諸手を挙げて乗っかってくるところだろ」
「いや、流石にそこまでノリノリな人はどの時空にもいないと思うんですけど…」
どこの平衡世界探してもそんな人はいないと思うぞ。シュタインズゲート世界線の方がまだ見つかる気がする。
「さてはあれか、自分が祝われなかったこと根に持ってんのか?まあ、申し訳ないとは思ってるけど、それとこれとは話が別だ。私怨で他人の幸せを祝えましぇんとか、器小さいと嫌われるぞ」
「クソつまらないし違いますよ…。そうじゃなくて、やっぱり誕生日会開くとか子供っぽくないですかって話です。もう藤崎二十歳ですよ。その年齢でお誕生日会とか、ちょっと……」
「ばっ、お前馬鹿だな!こういうのを祝うのに大人も子供も関係ねえんだよ!」
「百歩譲って祝うのはいいとしても、なぜ二週間も前から?三日あれば多分充分だと思うんですけど」
「いや、せっかくなら早い段階から動いてとびきりのものに仕上げたい。綿密に計画、準備してアイツを驚かせるんだ」
「……お誕生日会で?」
「お誕生日会で!!!」
「ハッ」
「てめえ、鼻で笑ってんじゃねえよ!!」
「いや、だって、「お誕生日会」ってワード面白くて……」
何だろう、妙なツボでも持っているのだろうか。この単語だけでだいぶ面白いんだけど。その子供っぽい単語を安藤さんみたいな低い声の人が言うのが面白いのかもしれない。
そうやって私がワハハと笑っていたら、安藤さんが声をやや荒げて提言してくる。
「てめえは藤崎が背負っている悲しみを知らないからそんなことが言えるんだよ」
「悲しみ?」
聞き捨てならない単語だ。私は笑うのを止めて、アイコンタクトで安藤さんに続きを言うように催促する。
その視線を受け取った安藤さんは厳かに一度首を縦に振ってから、話の続きをする。
「そう、悲しみ。これは限られた人間にしか理解も共感も出来ない、悲しき定めなんだよ」
「…何すか?その悲しみって」
「お前、誕生日四月だよな」
「ええ、早すぎてほとんどの人に後から「おめでとう」って言われます」
本当、四月上旬生まれの人って新しく友達作ったころにはもう誕生日迎え終わってて、「ねえねえ、誕生日いつなの?」とか訊かれた時にめちゃくちゃ困るんだよね。「もう終わった」っていうのが結局一番無難なんだけど、それでも何か申し訳ない気持ちになるし。やれやれ困ったもんだよなあ。
「おう。…お前はお前で結構苦労してんだな」
どうやらかつてのことを思い返して私がわずかに遠い目をしたことに気づいたらしく、安藤さんが急に優しい感じの声で同情めいたことを言い始めた。
私はそれには首を横に振って何でもないと返す。今はそんなことよりも、藤崎の抱える悲しみの方が大事だ。
というか、正直ちょっとオチが見え始めてて茶番を続ける気力がなくなってきてるのでテンポ早めでお願いしたい。
「まあ、いずれにせよお前はもう成人しているわけだ。つまり、酒が飲める」
「まあ、そうなりますね。法律的には」
「だったらお前、この間の成人式で呑んだんだよな…アルコールを」
「いや、私は体質的にアルコール無理なんでお茶しか頂いてないんですけど…」
「うるせえ!大切なのはお前が飲んだかどうかじゃねえ!お前が飲めたかどうかなんだよっ!!」
先輩の悲痛な叫びめいた声が部屋の中で響く。一番最後の「よっ」の音がぐわんぐわんと私の鼓膜を揺らした。とりあえずここの壁が防音でよかった。
というか、やっぱりただの茶番だったな。何が悲しみだよ。全国のもっと悲しみ背負ってる人に謝ってほしいくらいだよ。
やれやれと私が呆れて冷たい目を向けると、それに気づいた安藤さんはまだ必死に抵抗しようとしてくる。いや、正直もう無理だろ。
「お前にはどうせ分かんねえんだよ!成人式の時にまだ成人していない人間が背負う悲しみが、その重さが!」
「いや、もう無理に格好つけて言わなくていいですよ…。そういや、確かに安藤さんも早生まれって言ってましたっけ」
「ああ、何なら三月三日、ひな祭りの日だよ。この誕生日によって幼少期どれだけからかわれたことか…」
「ああ、なるほど。乙女座の男子をやたら冷やかす風潮ありましたよね、実際」
「そうそう。ああいうの、地味にきついんだよなあ」
「何ていうか……ご愁傷様です」
「俺だけ成人式で酒飲めないし…」
「それは一か月とかの誤差だし、別にいいのでは」
「やだよ、何となく気分悪い」
「変なところで真面目だなあ」
「まあとにかく、俺と同じ悲しみ背負っている藤崎の誕生日はちゃんと祝ってやりたいんだよ」
「うーん、正直悲しみとかは下らないけど、安藤さんがそこまで言うならなあ……」
「下らないとか言うなよ!」
「あのう」
私たちが雑な言葉のキャッチボールを飽きもせずに続けていたら、唐突に先輩の声が差し挟まれた。聞こえてすぐに、私は口を閉じて先輩の方を見る。ここまでの私たちの茶番に対して完全に無言を決め込んでいたので、てっきり興味ないのかと思っていたけどどうやらそうじゃないらしい。
しかし不思議だ。先輩の声は決して大きいというわけじゃないのに、何故か耳が必ず先輩の声だけは捉えるのだ。どんなに遠くにいても、どれほどの雑音の中にいても、先輩の声だけは必ず聞こえる。そう確信できる。だから、不思議だ。
「何ですか、先輩」
「えっと、彼の誕生日を祝うこと自体はいいと思うんだけど…」
「だろ!藤原もそう思おうよな」
「ちょっ、安藤さんうるさい。先輩がまだ喋ってるでしょうが」
「あっ、すまん。続けてくれ」
「えっと、祝うこと自体はいいんだけど、その、彼の予定とか訊かなくていいのかなって…。友達とか家族とかと祝ったり、もしかしたらバイトとか入ってるかもしれないし。それに、その……彼女とかいるかもしれないし…」
「ああ、それなら安心していいぞ。藤崎には俺からその日空けておくように言っといたたから」
「いや、ちょっ、安藤さん!?先読みプレイが過ぎません。それで私たちの予定や総意が合わなくて誕生日会流れたらどうする気だったんですか!?」
「その時は俺が藤崎と一日遊んで過ごす。居酒屋巡りとかして」
「アンタ藤崎大好きじゃねえか!!」
「ハッハッハッ、そう妬くな」
「妬いてねえ!」
今度は私が声を張る番だった。畜生、疲れる。だが誤解されるのは癪なので、ちゃんと否定しておかないとそれはそれで嫌だ。
「うん。彼の予定が合うんだったら、折角だし私は祝ってあげたいかな。みゆきちゃんは?」
「……先輩がそう言うんだったらお手伝いしますよ。もともと、嫌がる理由なんて「面倒だから」ぐらいのものですしね」
実際、藤崎は良いやつだ。人懐っこいというか、人に甘えるのが上手い。けど自分のやるべきことはちゃんとやるし、何より「ありがとう」と「ごめんなさい」の使い分けを心得ている。だから、私としても誕生日を祝ってやること自体には何の異存もない。
「おいお前。俺と藤原の対応、違いすぎだろ」
「まあまあ、いいじゃない。とりあえず、誕生日会は開くっていうのは決定事項だとして、後は細かい時間とか場所とかの調整ね」
「無難なところで選ぶなら、カラオケとかファミレスとかになるんですかね。予約が必要なほどの高級店には行かないわけですし」
どうでもいい安藤さんのことは放っておいて先輩と誕生日会のための会議をする。実現可能な範囲をまずは決定していきたいところだ。
「予算とか、いくらぐらいにしましょうかね?私相場が分からないんですけど」
「私もあんまり分かんないけど、プレゼント買うのと同じくらいって考えたらあんまり高くはないよね」
「何だよ……。お前らも藤崎のこと大好きじゃねえかよ」
真面目に話し合う私たちの横で、一人となった安藤さんが何か呟いていた。ちょっと声震えてるし、鼻の頭とか掻いてるし、へへっとかガキ大将みたいな笑い方してるし、全体的にちょっと気持ち悪い。というか、別に安藤さんが祝われるわけじゃないだろ。
「よっし、素敵なプランの立案はこの俺に任せておけ。まずは……」
「失礼しまーす。って何か今日は皆さん早いですね」
安藤さんが話始めようとしたその時、ちょうど当の本人であるところの藤崎が入ってきた。ほへっと口を開けながら首を傾けて、いつもより早く集まり会議をしている私たちに何事かと視線で問うてくる。
「何でもねえよ。お前も別に遅刻じゃないから安心しろ」
「あっ、ですよね。ビックリしましたよもう。僕まだちゃんと弾けるようにもなってないのに、その上遅刻までしちゃったのかと思って」
「それはちゃんと練習しとけって言っただろっ」
「アハハ、すみません」
「まったくお前はよぉ…まあいいや。それじゃあ今日の練習始めるぞー」
「「「はーい」」」
兄弟がじゃれ合うように藤崎と話し、小突きを一発喰らわせた後安藤さんはサークル活動の指揮を執り始めた。その声に私たちも応じて各々が楽器を手に取る。
まあ、細かい話は後でLINEとか使ってやるんだろう。
少しだけ、気分が高揚している自分に気が付く。何だかんだで、やっぱりこういうのをやるのは嫌いじゃないらしい。
窓のない部屋から、今日の天気に思いを馳せる。確か、今日は一日太陽が出ていたはずだ。洗濯物もよく乾くことだろう。
楽しみだな。二週間後の、誕生日会が。
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