サブリミナル田中

エリー.ファー

サブリミナル田中

 田中は基本的に笑っている。

 何をされても笑っている。

 何をされても笑っているから、周りの人間に嫌なことをされているわけでもなさそうだ。別段、誰か特定の人間と仲良くしている訳でもない。

 でも、田中は笑っていたし、寂しそうにしていたけれど。

 誰も、近づかなかった。

 田中の上の名前はサブリミナルだった。

 子供の頃の話なので、海外の人は名前が前につく場合がある、ということもよく分かっていなかった。そのため、名前も苗字だ、というような印象を一番に持っていた。

 サブリミナルは、この町で三十三人を殺した連続殺人鬼の名乗っていた名前だった。

 サブリミナルは正体を絶対に現わさなかった。そのため、証言や証拠は一切集まらない。あるのは、サブリミナルが自分から警察に送ってきたりするものばかり。それなら、証拠があるじゃないか、と思うかもしれないが、その送り主がサブリミナルであるかどうかも警察には判断できなかった。

 しかも、それは大量だった。

 警察署内で保管できなくなり、倉庫を五つほど満杯にした。

 連続殺人鬼サブリミナルにはファンがいた。

 サブリミナルの殺し方は、基本的に日本刀で首を斬る。

 それだけだ。

 そのまま首だけを持ち去り、被害者の手を墨汁に浸し、地面に。

 サブリミナル、来たし、帰ります。

 と書いていく。

 ファンはそのサブリミナルの魅力に取りつかれた。何人かはサブリミナルの同人誌を作り、何人かはサブリミナルのシールを勝手に作って売ろうとした。警察に止められかけたそうだが、その警察もサブリミナルに殺されて、結局、シールは世に出回った。

 内訳は、警察官が二十二人。一般の人では、男性が四人。女性が七人だった。

 皆、なんとなく田中がサブリミナルだと思っている。

 学校内でサブリミナルの話をすると田中だけ息が荒くなるし、先生に言ってすぐにトイレに行ってしまう。放課後は誰とも遊ばないが、夜の公園で血まみれの体を水道で洗い、ジャングルジムのてっぺんから通りすがる人を見つめていた、という噂がある。

 担任の先生は田中のことだけは、田中様と呼ぶし、校長先生は度々田中の元に来ては耳打ちした後、何かが入った茶封筒を渡している。

 前に田中が茶封筒を落とした時。

 暴発して、田中の前のゆきちゃんのこめかみから血が噴き出たことがある。

 そして。

 三十四人目の被害者が、とうとう出た。

 田中だった。

 葬式には参加したけれど、誰も涙を流していなかった。それもそのはず、思い出も何もなかったからだ。

 連続殺人鬼という変な噂に流されて、結局僕たちは田中とまともに話したことさえなかったのだ。

 その数日後、回覧板が回って来て中を見ると。

 サブリミナル、お願いしますね。

 とマジックで書かれたピンクの紙が入っていた。

「あらあら、もうこんな時期なのね。」

「立派に頑張るんだぞ。」

 僕は今、十九人殺したところだけれど、正直、田中には及ばない。もう少し効率的に殺そうとミサイルやロケットランチャーが使える様に練習中だ。間違って学校を爆破してしまったけれど、みんな、先生を含め生徒全員、各々が危険を察知し学校から避難した。

 正直な話。

 サブリミナルを名乗る人間に殺されるようなレベルなら、この町にいらないのだと思う。

 これはそういう話。

 妄想とかじゃなく。

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