『食事』で築こう! 兄妹愛

鍵山 カキコ

大事な『ふりかけ』

「いただきまーす」

 私が料理に手を付けようとすると、お兄ちゃんがそれを制した。

「ちょっと待ってろ」

「あ。……うん」

 お兄ちゃんはポケットから小瓶を取り出す。胡椒が入っている物と、ほとんど同じ作りだ。

 しかし、中身は全然違う。

 彼は料理の全てにそれを振りかけた。その様子を見て、私は少し悲しくなる。いつも見ている光景だけど。

「よし。もういいぞ」

「ありがとう。いただきます」

 手を合わせてそういった後、私は食事を開始する。お兄ちゃんも隣で朝食を食べ始めたみたいだ。

「……熱っ」

 お兄ちゃんが味噌汁を飲んでそう言った。かなり小さな声であったが、私の耳は聞き逃さなかった。

 私とお兄ちゃんが飲んでいるのは、全く同じ、お母さんが作った味噌汁である。

 けれど。

(私のは、全然熱くないな……)

 これもまた、いつもの事であった。

 

 私の食べる物は全て、あり得ないくらいに熱くなってしまう。

 生まれつき持つ、私の能力。

 それに気付いたのは、科学が得意なお兄ちゃんだった。赤子である私が異常なほどにミルクを飲むのを拒んだ事に違和感を覚え、研究をしたらしい。

 日々力は強くなり、私はお兄ちゃんの特製ふりかけ──食べ物を極限まで冷たくする──がなければ食事もままならない。熱すぎて火傷してしまうからだ。

 そのため、私は物心ついた時から温かい料理を食べていない。それがほんの少し、寂しかったりする。

『食べられるだけで、ありがたいのだ』というのは理解しているけれど……。


「なあなあ、俺にもそれ貸してくれない?」

 給食中、隣の席の男子が目を輝かせて訊いてきた。

(温かい物が食べられて、恵まれているのにどうしてわざわざそんな事を……)

 彼の申し出は、単なる未知への好奇心に過ぎない。これをかけたら、絶対後悔するだろうな。なんて呆れながらふりかけを差し出す。

「やった! ありがとー。冷たくなるって本当なのかな?」

 男子は楽しそうに受け取ったそれをかける。そしてピタリと湯気が出なくなったスープをゆっくりと口に運んで、目を丸くした。

 彼の顔がどんどん青ざめていく。吐き出しそうになるのを必死でこらえているのが、言葉がなくても伝わってくる。

(馬鹿な人だなぁ)

 周りの子達は大慌てで彼の口に水を注いだり、頬を伝う冷や汗を拭い取ったりしていた。

 私はそれを見て、心の内で笑う。

「お、お前っ。よく平気な顔して、こんなの飲めるなっ」

「……」

 その言葉に、悪気があった訳では、ないと思う。

 けれど、悔しくなった。

 ──私だって、望んでこんな力を得たのではないのに。


     ◆ ◆ ◆


 私は毎日、その日の出来事や抱いた思いを日記に記している。

【今日はすこぶる悔しい一日だった。クラスの男子が自らふりかけを欲しておいて、「よくこんなの飲めるな、お前」と言い放ったからだ。

 悔しい。

 私も、温かい料理が食べたいな……】

 気持ちが高ぶり、殴り書きした。

「ご飯よー、降りてらっしゃい」

 ちょうど日記を書き終えた頃、お母さんが私を呼んだ。

「はーい」

 呼びかけに応じ、私はすぐさまダイニングに向かった。

「……」

たかし(兄)ー! あんたも来なさーい!」

「…………うん、今行く」


「おーい、お兄ちゃん? どうしたのー」

 翌日のこと。

 お兄ちゃんが、部屋に閉じこもってしまった。

 理由は分からないけれど、体調が悪いわけではなさそうだ。

「今、集中してるんだ。飯ならそこに置いといてくれ」

「ご、ごめん……」

 やむなくお兄ちゃんの部屋を後にする。お母さんに駄目だったよ、と話すと、彼女は腕を組んでこう言った。

「う〜ん。どうしたのかしらね。でも、あの時に似ているわ。──アナタが特別な力を持っていると気付いた時」

「……ふ〜ん」

 生まれたばかりの事を言われても、イマイチピンとこない。

(本当に、どうしたのかなぁ。お兄ちゃん)

 何度も何度も話そうと試みたけれど、お兄ちゃんは「集中しているから」の一点張り。

 ────もう無駄なんだと諦めかけた、そんな頃。

「……おはよう、ひな。良い物がある」

 優しい笑顔で、声で、私の名を呼んだのは紛れもなく……お兄ちゃんだった。

「ひ、久しぶり。良い物って、何?」

 お兄ちゃんは誇らしげな顔をして、何かを掲げる。

「これだよ」

「……ふりかけ、だよね? いつもの」

 いつも見ているその容器を、今更どうしてひけらかしているのだろう。

 そんなふうに疑問に思っていると、お兄ちゃんは「違うんだなぁ」とニヤニヤしながら言った。

「これはな、……いや。使ってみれば分かるさ。ホラ」

「え、ありがと」

 訝しげにそれを受け取って、ダイニングのある階下に降りる。

 完成していた料理にパラパラとふりかけをまぶし、恐る恐る口に近づける。

(……!)

 この味噌汁、温かいっ。

「分かっただろ? そのふりかけが、どういうものか」

「……うん。ありが、とう」

 涙が瞳ににじむ。

 これは──冷たくしすぎるのではなく、その食べ物の持つ本来の温もりをそのまま味わえるようにと作られた物なんだ。

 お兄ちゃんはこれの発明のため、部屋に閉じこもっていたんだな。

 しかも、あの日を境に部屋から出なくなったから、日記を見たのかもしれない。

(普段なら怒るところだけど、まあいいか)


     ◇ ◇ ◇


「いただきま〜す!」

 家の中に響くのは、元気な私の声だ。

 その顔が笑顔であるのを確認し、お兄ちゃんはふりかけをご飯にかける。

「ん〜! あったかくて、おいし〜!」

 頬に手を当て、その熱を噛みしめる。

 

 特別な力を持ったこの私。

 温かいものが、食べられなかった。

 けれど、お兄ちゃんのお陰で……

 ──食事前にふりかけを使用するのは、ずっと変わらぬ我が家のルール。

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