第三十七話 雹の災い
第005号砦の住民達がソレに気が付いた時には、既に何もかもが手遅れだった。
ぽつりぽつり、と。
空から落ちて来る水滴。それは瞬きの間ほどの一瞬で爆発的に勢いを増し、視界を砕き洗い流す洪水となった。
唸るような轟音を伴って吹き荒ぶ風。
号泣するかの如く空が零した大量の雨が、強かに肌を打ち付け、容赦なく体温を奪う。
暴風雨。
それだけでも十分に脅威だが、しかしもっと恐ろしいものがあった。
硬い氷が無数に降り注いでいる。その大きさは、小さいものならほんの指先程度だが、大きいものは大の大人が胸に抱えて運ばねばならないほどの大きさだ。
それが砦内の至る所に、無差別に落ちている。
遥か天空から落下する雹の威力は絶大だ。鉄筋コンクリートを基礎とする城やその外壁、また領地内に幾つかある教会は問題ないとしても、木や石、
当然、当たったのが人間なら一溜りもない。
拳程度か、それ以上の大きさの雹が頭にぶつかれば――間違いなく死は免れない。
―――私の民を去らせ、私に仕えさせよ。
―――今度こそ、私は貴方自身と貴方の家臣と貴方の民に、あらゆる災害を下す。
―――実際、今までにも私は手を伸ばし、貴方と貴方の民を疫病で打ち、地上から絶やすことも出来たのだ。
―――しかし私は、貴方に私の力を示して私の名を全地に語り告げさせる為、貴方を生かしておいた。
―――貴方は未だに、私の民に対して高ぶり、彼等を去らせようとしない。
―――見よ、明日の今頃、今日までかつてなかった程の甚だ激しい雹を降らせる。
―――それ故、今、人を遣わして、貴方の家畜で野にいるものは皆、避難させるがよい。野に出ていて家に連れ戻されない家畜は、人と共に全て、雹に打たれて死ぬであろう。
つまりは、これはただの先触れに過ぎず。
そして、あまりにも理に適った『攻城戦』だった。
先の
天災、その再現である。
しかし第005砦に住まう者達は、誰もソレを知らなかった。知識としてその現象の存在を知ってはいるが、自分達がこうして実際に嵐に見舞われる可能性など一度として考えたことなどなかったのだ。
原因は
〈円卓〉の会議で第003号砦が報告した情報は領主であるゲヴランツのところで止まっており、副官のネヴァルにすら一切共有されていない。故に、全く無防備な状態で対処に当たる他なかった。
―――カーン! カーン! カーン!
教会の鐘楼や
しかし荒れ狂う嵐の
「―――いっ、急げーッ! さっさと働くんだどーッ!」
盾を雨具代わりにして風雨を凌ぎつつ、ネヴァルは部下の騎士や
―――誰よりも早く異常事態を察知したネヴァル。
彼は赤髪の女児に直ぐ避難するよう伝え、半殺しにした二人の子供と
帰還したネヴァルは即座に緊急事態故の特例措置として、兵の三分の二を対空戦を想定した戦闘配置に置き、その上で更に独断で城の一部を開放。住民達の避難場所に
街にある建物の中で、この暴風雨と降雹を防げるのは城と教会のみ。
部下である二十人の騎士達には全員に天使を召喚させ、身を守りつつそれぞれが十全に働けるよう差配した。
しかし、状況は
第005号砦に住む民の数は二千人前後。仮に騎士と
その上、住民は完全にパニックを起こしており、家に閉じ籠る者、意味もなく外で右往左往する者、財産である畑や家畜の傍から離れない者、勝手な憶測や思い込みでデマゴギーを流布する者、呆然と突っ立ったまま動かない者など、などと。
騎士や
「―――Sancte Angelus, defende nos in proelio!」
天使召喚の詠唱。
ネヴァルの呼び掛けに答え、二体の天使が顕現する。
蒼褪めた輝きを放つ鋼鉄の像。
機体色は滅紫。
腕と頭を持たない人型。背中に翼を持ち、頭上に
《“Ah―――――”》
召喚された二体の〈ゑんじぇる〉は即座に主の意を組み、遥か上空の戦場に向かって飛行する。
空には増援を含め十七体の〈ゑんじぇる〉。
天使の同時召喚可能数、及び維持できる数は人によって差がある。ネヴァルの場合は五体。彼が自身の傍らに待機させた一体と、空の十七体の内の四体がネヴァルの天使だ。
他の天使は、部下の騎士達が召喚したものである。
まさに総力で以って戦いに臨んでいるのだが――そちらにしても、状況は最悪であった。
―――グルルォォォオオオオオオオオオオオッ!
獣の咆哮が、暴風雨によって散り散りに裂かれた大気をもなお震わせる。
其は、この大嵐/大乱を連れて来た元凶。
黒雲を供に襲来した彼の狼竜は、第005号砦の空を我が物顔で飛び回っている。
その背に騎乗しているのはマターラ・モニカ。
彼女は手にした戦輪を巧みに使い、単騎で十七体もの天使を相手取っていた。しかも子供の相手をするかの如く、容易く撃退している。
地上にいる部隊も
《“Ah―――――”》
天使が放つ電撃すら通用しない。
まるで空間が歪んでいるかのように、雷はアーズィヴァの手前で逸れてしまう。
既に五体以上の〈ゑんじぇる〉が、モニカとアーズィヴァに討ち取られていた。
逐一増援を送っているが、全く効果は見られない。モニカとアーズィヴァは、天使を一切歯牙に掛けず――自らの存在を誇示するかのように、堂々と空に君臨していた。
「ぶふぅー! とっ、とにかく撃てー! 撃って撃って、当たるまで撃ちまくるんだどー! ―――まったく! こんな時に我等が獣騎士殿は一体なにをやっているんだど!? 伝令! 今すぐに報告するんだどッ!」
傍らに佇む〈ゑんじぇる〉に向けて、ヒステリックに怒鳴り散らす。
業腹だが、下級の天使がどれだけ束になろうともあの敵には敵わない。しかし有効打を与える手段がなく、完全に手詰まりだった。
この状況を打開できる者がいるとすれば、それは第005号砦の領主たる獣騎士ゲヴランツのみ。
だが……―――
『報告を申し上げます! 獣騎士様は自室に不可侵の結界を張っており、扉を開けること叶わず、こちらの如何なる訴えにも耳を傾けて下さいません!』
「~~~~~ッ! この非常時に、あんの色ボケ糞野郎ゥ! 全く以って種馬の鑑だどねッ! 遂に頭にまで性病が回ったに違いないんだどッッッ!」
ネヴァルの額に、青筋が濃く浮き出る。
彼は地団駄を踏み、足元の雹を砕いた。
―――全ての天使は電撃を操る。
その力を応用し、電波の送受信及び電波の音声変換が可能だった。故にネヴァル達騎士がやっているように、離れた位置の味方とも天使を介して会話することが出来るのだ。
「ぶふぅー! 忌々しい化け物め……! せっ、宣戦布告も降伏勧告もせずに、いっ、いきなり攻撃するなんて、卑怯! 卑劣! きっ、極まりないんだどォ!」
それが一体、どこの世界の常識かは不明ではあるが。
通常――城攻めの前には降伏して開城するよう敵方に通告し、猶予を与え、要求を断られた場合にのみ攻撃を開始するものだ。
投石によって城壁内を破壊し、然る後に攻城塔や破城槌を使って城内に侵入する。
今モニカとアーズィヴァが行なっているのは『投石による攻撃』。暴風雨を巻き起こし雹を降らせる彼の狼竜は、生きる攻城兵器そのものだった。
―――では、次は。
―――グルルォォォオオオオオオオオオオオッ!
城の屋上に設られた対空迎撃用の広場や、城壁上に陣取っていた兵士達が、揃って首を傾げる。
慣れた振動と音。
狼竜の咆哮に応じるが如く――何故か、砦の城門が開き、跳ね橋が下りていた。
「なっ、なんなんだと? 一体、どうなっているんだど!?」
『そ、それが……一部の
「なっ、なァにィィィイッッッ!?」
内応者を使い内側から城門を開放させる――これもまた、攻城戦における定石だ。
―――〈
其は
「―――よし、開いた! 手筈通りだね! お前達、準備はいいかい!?」
豪雨で煙る闇に身を潜めていた者達が、口を開けた城門の前に
先頭に立つのは王妃コナ。
後ろに続くのは
「
―――――応ッ!
勇ましく、
進軍する。
征服すべく、突き進む。
彼等を止められるものなど、最早どこにも在りはしなかった。
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