第二十二話 労働環境を整えよう! 1

 深く、深く溜息を吐く。


 意識を卓上から己の肉体へ。視界が浮上して切り替わり、もう既に慣れ親しんでしまった迷宮管理室テーブルトークルームの殺伐とした景観が目に入る。


 見た目通り、ここは監獄そのものだ。


 そんな場所に相応しく、目の前には看守がいる。軍服とエプロンドレスを折衷せっちゅうした独特な黒衣に身を包んだ少女。俺という迷宮管理人ダンジョンマスターの対となる存在――曰く、迷宮案内人ダンジョンキーパー


 名をBBトゥ・ビィ


 彼女は見惚れてしまうほど可憐で小悪魔めいた悪戯っぽい微笑みを浮かべて、口を開く。


「ひとまず、初のロールプレイは大成功でありますね。食屍鬼グールの勧誘に、ゴブリン達の苗床の確保と、当初の目的は無事に達成されました。お疲れ様です、マスター」


「ああ」


 労いに答え、疲労感で凝った眉間を指先で揉む。


 ……本当に疲れた。


 ロールプレイとはいうが、俺の意識は実際に魔王の中にあった。

 感覚的には、自分の肉体を動かすのとそう変わらない。口にする台詞や切った張ったの立ち回りは、確かに演技ロールプレイだが、それでも俺にとっては十二分に現実の出来事だった。


 魔王は俺の分身アバターだ。


 TRPGでいうところの、PC――いわゆるプレイヤーキャラクターに該当する。 迷宮管理室テーブルトークルームから出ることが出来ない俺に代わり、迷宮の実質的な支配者として君臨する存在だ。


 分身なので、俺と魔王は意識を同期し、操作することができる。


 魔物の王の名に恥じず、その戦闘力は紛れもなく最強である。俺が言うのもなんだが、チートと称して差し支えない。


 ちなみに、具体的な能力値はこうなっている。



《名称:〈魔王〉

 役割クラス皇様キング

 等級ランク六ツ星★★★★★★

 魔素依存度:極高

【能力値】

 力:A/魔:EX/耐:B/知:A/速:A/運:E》



 規格外EX評価の『魔』を筆頭に、『運』を除く全ての能力値は最高クラス。

 役割クラスは既存の五つに含まれない例外中の例外。正真正銘、迷宮管理人ダンジョンマスターの為だけに用意されたエクストラクラスだ。

 そして等級ランクは、全ての頂点に君臨することを意味する――堂々の星六つである。


 ―――迷宮生成後、一番最初に造った魔物こそがこの魔王だ。


 キャラクターシート作成時のBBに曰く、「コレはソーシャルゲームのチュートリアル時に確定で手に入る最高レアキャラクターのようなもの」とのこと。


 更に、「なので幾ら設定を盛ってもいい」とも言われた。


 そして出来たのがコレである。


 ……あえてコメントは控えよう。


 ただし、欠点がない訳ではない。


 最も分かり易いのは魔素依存度のステータスが『極高』である点だ。

 魔素とは魔物にとっての酸素。魔素依存度が高い魔物は、迷宮の外での活動に制限が掛かる。それが『極高』ともなれば、活動範囲が著しく限定されるであろうことは想像に難くない。


 魔王は、玉座の間から外に出ることが出来ない。


 たとえ迷宮内部であろうと例外ではない。魔素を生成し続ける迷宮核ダンジョン・コアの傍でなければ生存することができないという――ある意味で、脆弱な生き物でもある訳だ。


 あと『運』が最低値だ。


 ……そういえば。魔王以外の魔物達――〈死体デ遊ブ胤液クラフティ・ハンプティ〉と〈礼節ヲ解セル小鬼ジェントルモア・ゴブリン〉も、『運』のステータスはEだったような気がする。


 何かの偶然だろうか。


 偶然だろう。偶然に違いない。きっと絶対に偶然だ。

 そう結論付けて、俺はそれ以上考えないことにした。


「―――ところで、マスター。一つお尋ねしたいことがあるのですが」


「なんだ?」


「あの人造人ホムンクルスの娘――エルノインを殺さずに生かしておいたのには何か理由がおありなのでありますか? もしやハーレム用員の確保が目的で?」


「違う」


 ―――……とも言い切れないのだが、ここは俺の名誉のために断言しておく。


 とはいえ、それ以外の理由があるのも事実だ。一応。


「彼女には戦場の現場指揮か、もしくはその補助を任せようと思っている。魔王が迷宮から動けない以上、そういう人材は必要だろう」


 魔王と全ての魔物は繋がっている。なので離れていても大まかな指示は出せるが、一挙手一投足の全てを支配している訳ではない。細かな仕事を命じることは出来ないのだ。


 戦場とは、様々な要因で絶えず姿を変える生物だ。

 臨機応変に対応するためには、優れた指揮官が不可欠である。


 そもそも。


「俺は兵法のへの字も知らない一般人だ。数学とパズルは得意だが、戦争のことは何も分からない。そんな奴が全部決めていたら、失敗するのは目に見えている。故に能力のある者にある程度任せるべきではないかと考えた」


「ふぅむ、なるほど。チェスを打っているのも、彼女の指揮能力とセンスを計るためという訳でありますね」


「まあ、思惑としては概ねそんな所だ」


 流石に盤上遊戯でそこまで分かるとは思っていないが、まあ試してみるだけならば損はあるまい。


 幸いにも、件の人造人ホムンクルス――エルノインは、『知』のステータスが高めで従順である。

 今は半自動で動いている魔王とチェスをしているが、中々良い勝負をしているようだ。ルールを知っていた辺り、何度か接待でプレイしたことがあるのかもしれない。モニカ同様、魔物化の洗礼を施せば化けそうだ。


 ……原住民NPC頼りに物語を展開させるのはロールプレイとして褒められたものではあるまい。TRPGはあくまでプレイヤーが紡ぐ物語だからだ。しかしこれは刑務であって、遊戯ゲームではない。使えるものは何でも使うべきだろう。


 BBは深く頷いて、口を開く。


「納得致しました。では――話は変わって、報告すべきことが幾つか御座います。迅速に解決すべき案件と思われますので、どうかご対応の程よろしくお願いするであります」


「珍しいな。何があった?」


「はい。まず一件目ですが。ゴブリン達から『紅茶を飲ませろ。でなければストライキを起こすぞ』という要望がありまして」


「はあ?」


 俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る