宗介サイド

第29話 死んだ俺の人格

母の日と言えば俺にとっては特別な日になる。

それはこの国の建国記念日よりも重要だ。

そしてどんな日よりも。


何故かと言うと俺にはもう母親だけしか肉親が居ないから、だ。

母がたの爺ちゃんも婆ちゃんも。

父がたの爺ちゃんも婆ちゃんも。

みんな癌とかで亡くなったから、だ。


再婚相手の智久さんとはあくまで.....家族では有るが、どれだけ近しくても肉親では無いのだ。

俺は帰宅してから部屋の本棚の間に有る、夏帆も知り得ない、母さんも知り得ない一枚の写真を見つめる。


母さんが遺していたら悲しいからと捨てた写真の一枚。

幼い頃の俺、父さん、母さんが写っている盗った写真だ。

多分、今から10年ぐらい前の写真。


そういやこれまでずっと俺の父さんの事を話して無かったな。

俺の父さんの名前は.....五朗。

佐賀五朗(さがごろう)と言う。


そんな父さんは何時も俺と遊んでは優しかった。

白髪をオールバックで固め、顔立ちは優しく。

身長も176センチ有り、中肉、イケメン。

それから.....何よりも繰り返すが俺の父親だった。


享年は56歳だった。

何が起こったかと言うと、病気じゃ無い。

速度超過の電車が脱線し全身強打で死んだ。

乗客乗員30人死亡の脱線事故。


父さんは第一車両に乗っていた為、身体を打つけ更に車両に押し潰された様だ。

そんな事故が有った日、俺は初めて.....父さんと喧嘩した。


オモチャの件で、気に入らなかったオモチャを貰ったから喧嘩した。

今思えば相当に下らない理由だ。

だから俺は何時もの様に手を振って見送らず。

父親に悪態を吐いて家を出た。


『ようやっと反抗期かな』


『そうね、あなた』


そう、聞こえた気がした。


だが、それが最後で父親は死んだ。


次に会った時は遺体の前で母さんが血の気を失せて居た。

小学校でもニュースが有り、俺は慌てて走って来たら死んでいて。

白い布が被せられ、遺体が沢山有る近所の体育館の臨時の遺体安置所。


そこで通勤した筈の父さんの傷だらけのバラバラの遺体を見ながら、生まれて初めての感情を持ち、大粒の涙を滝の様に流した。

俺のせいで死んだんだ、と。

喧嘩したせいで死んだんだ、と。


もし、俺との喧嘩が無かったら8時10分の事故の電車に乗らなかった筈だ。

たったそのつまらない喧嘩で全てが変わった。

俺は自殺も考え、後悔の念に囚われ。

酷く絶望した。


俺が死ねば良かった、と。

どれだけ悲しかったか想像を絶する。

母さんも死を考える程に絶していただろう。

それだけ、空間が有った。


一言で言うなら、虚無だった。


俺は父親の遺体に触れながら。

体温は既に無い、冷たさを感じ心に決めた事が有った。

それは何かと言うと、だ。


人に手を差し伸ばす様な父親の様な人間になる。


母さんを生涯掛けて守る。


そう、心で決め込み、塞ぎ込んだ事も有る。


それらも有るから俺は夏帆が病んでいると知っても。

殺されると思っても。

完全に見放す事は.....しないのだ。


夏帆を俺は救う。

救って、まともな人間にする。

それが俺の今の最大の使命だと思うのだ。


父さんは正義感の強い人間だった。

だから優しかったのだ。

迷子に手を指し伸ばしては探す様な。

おばあさんが困っていたら荷物を持つ様な。


そんな優しい人間だったのだ。

俺はそんな親の背中をずっと追い掛けて、追い掛けまくって。

今までやって来たのに、あの日だけ喧嘩した。


馬鹿な俺が.....其処に居て。

そのせいで、父は.....死んだ。

俺は父親にならなければいけない。

そう思った。


それから、俺は幸せにはなれない。

と言うかなってはいけない。

その中で父親の意思をしっかり受け継いで母さんも守る。

そう、心に決めた。


だから今、肉親が母親しか居ない今。

父さんが遺した宝物を祝う為に。


母の日は盛大に祝って来た。

勿論、母さんの誕生日も盛大に祝って来たのだ。

それが.....父さんの意思だと思うから。

父さんの為だから。


俺が父さんの身代わりなのだ。

夏帆もみんなみんな救ってみせる。

父さんの意思を引き継いで。


どんな大雨だろうが乗り越えて、雨には傘を渡して守ると決めたのだ。

夏帆は変われる、だから俺は夏帆を見守っていく。


夏帆は.....今は徐々に変わっていけば良い。

そう思う。

俺は人格を捨てて父さんになりきるんだ。


それが俺に残された.....最後の贖罪だと思う。

母さん、智久さん、夏帆を守る為に。

俺は今、居る。



「.....母さんに何をやろうかな」


写真を収め、俺は階段を降りてリビングにやって来た。

そこで待っていた夏帆と話し合う。

夏帆は宿題をしながら笑みを浮かべていた。

控えめの笑みだ。


「.....でも私、毎年の様にプレゼント、お兄ちゃんと似るかも」


「.....はは。何で?」


「お兄ちゃんが好きだから」


それはまたハッハッハと誤魔化す。

そして俺は夏帆の頭を撫でた。

とにかく.....母の日は盛大に祝わなくてはいけない。


そういや、俺の元の人格って何だったっけ?

俺って何だったっけ。

分からないや。

まぁ、どうでも良いけどな。

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