全国耐暑戦士権

明石竜 

第1話

 七月下旬のある日。今年も高校球児達が甲子園出場を賭け地方大会で死闘を繰り広げる中、大阪では、とある別の大会が行われようとしていた。

 『全国耐暑戦士権』と称された、暑さ我慢大会である。

 大会名から分かる通り、この大会の参加者は選手ではなく戦士と呼ばれる。過酷な戦いになることがほぼ確実だからだ。

 開催地は日本一暑いと謳われる熊谷、館林、多治見、大阪、日田の中から大会主催者の会議によって大阪に選ばれた。

 気温だけなら大阪以外の四候補地の方が内陸ゆえに高くなることが多いが、湿度など別の要素も考慮して大阪が最適だろうという結論に至ったらしい。

 会場は大阪城公園。この付近は今から約四百年前、1615年(慶長二〇年)に大坂夏の陣の舞台となった場所だ。まさに戦場として相応しい。

 アメダス大阪観測所の発表によると、今朝の最低気温は27.1℃。

余裕の熱帯夜。朝九時にはすでに30℃を上回っていた。

 天気予報によると今日の大阪市の予想最高気温は36℃。

 天気は晴れ。真夏の太陽が容赦なく照りつける、絶好の大会日和である。

 シュワシュワシュワシュワシュワシュワシュワシュワ……

 クマゼミの鳴き声がうるさく響き、蒸し暑さをより一層強く感じさせていた。

 大会のルールは至ってシンプル。ただ単に、大会主催者が用意した一律の冬用コートを上半身に纏って会場内直射日光の当たる指定範囲内に留まり、ひたすら暑さに耐えるだけである。水分を摂取したり、故意に日陰に逃げたり、コートを脱いでしまったりした時点で失格となる。

 正午。

 ブォォォ~♪

 法螺貝の音の合図で、いよいよ戦いの火蓋が切られた。

 正午現在の気温は34.4℃。じゅうぶん熱中症の危険のある気温だ。

 参加者はざっと見渡す限り四〇名ほど。

 肉体労働者やスポーツ選手っぽい風貌の、褐色に日焼けした筋骨隆々な恰幅の良い男達が大勢集う中、ひょろひょろとした普段あまり外に出て無さそうな色白の男子高校生三人組の姿があった。

「あっちー、そっこー熱中症になりそうや」

「この格好、予想以上に蒸し暑いですぅ。腕の日焼けは避けられるのですが。五分も持ちそうにないかもぉ」

「耐えろ。耐えるんだ! ここで勝ち抜くことで、高校生クイズの地区予選突破への自信にも繋がるんだぜ。俺達三人はこの日のために、二週間前から部活中クーラー扇風機無しで過ごしてきたじゃないか。勝利を信じろ。大阪の真夏なんて、50℃にもなるドバイに比べりゃオホーツクレベルだぜ」

 リーダーと思わしき子が他の二人に熱く語りかける。

「でも、あっちは砂漠やし湿度はほとんどないやろ」

「いやぁ、ドバイはペルシャ湾沿いだから湿度も相当高いらしいですよ。旅行ガイドに書いてありました」

「そうなんや。不快指数も高いんか。真夏の大阪以上の地獄があるとは、世界は広いな」

「大阪は涼しい! こう念じろ。そうすればこの大会、絶対最後まで楽に生き残れるはずだぜ」

 三人は暑さを紛らわせるための作戦なのか、その後もおしゃべりしながら過ごしていく。



 決戦開始から三時間以上が過ぎた。

 そろそろ気温が下がってくると思われる時間帯だが、今日に限っては全くそんな気がしなかった。

「今日の最高、体温超えてるかもしれんぜ」

「ボクもそんな気がします。風が熱いです」

「絶対越えとるやろ。頭がくらくらするわ~」

 例の高校生三人組は、まだ残っていた。全身汗だくになりながら必死に耐え続ける。顔も真っ赤に日焼けしていた。

 それからさらに三〇分ほどが経過。

「ボク、もう限界ですぅ。もうやめましょう」

「オレもマジやばい。やめにしようや」

「そっ、そうだな。高校生クイズの方が大事だもんな。ここで無理して熱中症にでもなって、明日出れんなったら元も子もないし。それにしても他のやつら、全然脱落する気配がないな」

 三人はここでギブアップ。コートを脱ぎ捨てる。参加者のうちでかなり早い方に脱落した。

「明日の高校生クイズ地区予選でリベンジだ。絶対突破するぞぉ!」

「おうっ!」

「了解です」

 三人は士気を高め合い、会場を後にした。

 その後、午後四時頃に、会場内では今日の大阪市は午後3時33分に37.1℃今年の最高気温を観測したというアナウンスが。

 さらに続けて他の開催候補地のどこよりも高くなったということもテンションの高い声で伝えられた。

 午後五時。法螺貝の音で終了の合図。その時点でまだ残っていた者十六名に二回戦として熱々のハバネロ入り激辛ラーメンを食べさせ、一番早く完食した者を最強耐暑戦士と認定した。その者にはドバイ三泊六日の旅行券がプレゼントされた。

 ちなみにこの大会、雨天中止。予想最高気温が35℃未満でも始めから中止ということになっていたらしい。


      ☆


 高校生クイズ地区予選当日。

 例の彼らは準決勝のペーパークイズで惜しくも敗退。

 彼らの真夏の戦いは、ここで散った。

 この出来事は、彼らの高校生活の思い出の中にきっと一生残るはずだ。



 


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全国耐暑戦士権 明石竜  @Akashiryu

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