さて、問題です。

ぴけ

さて、問題です。

***


問:以下の文章を異なる文体で表現しなさい。

『あなたの手紙は、私を大いに喜ばせた。』


***


 君は、レーモン・クノーの『文体練習』という本について調べていた。そしてWikipediaに小さく記載されているある項目に目を留める。そして何度もその一文を読み返す。

「……私も挑戦してみようかしら」

 そう呟いて君は、A4のコピー用紙と万年筆を用意する。

「ルールは至ってシンプルだけど、私は何通り書けるかしら……」

 不安かい?

「まぁね。でも、どの答えも『正解』で『間違い』は無いから。そういう意味では、安心してる」

 それは、よかった。

「この一文で195通り書くのは無理だけど、やれるだけのことはやってみる。もちろん楽しみながらね」

 静かなBGMをかけながら、君はコピー用紙の真ん中に『あなたの手紙は、私を大いに喜ばせた。』と丁寧に記した。そして、連想する言葉を周囲に綴っていく。

 

***


 万年筆がカリカリと音をたてながら紙の上に文字を落としていく。君は思いつくままに単語を記していく。時折、辞書を引きながら。

「ふぅ。やっぱり難しいわ」

 でも、楽しそうだよ?

「ふふっ。確かに難しいとは言ったけど、楽しくないとは私は言ってないわよ」

 それは失礼しました。

「いいのよ。でも、こんなにもスッキリした感覚は久しぶりだわ」

 少し休憩、と清々しい表情の君は机の上を占領しかけている辞典という辞典を一冊一冊本棚に戻していく。漢和辞典。英和辞典。国語辞典。古語辞典。類語辞典。

「知らない言い回しや言葉に出会うのは、こんなにも嬉しいのね」

 出会うことは素敵なことだからね。たとえ、それが人以外のものだとしても。

「本当にそう思うわ。深く調べていくと、同じ意味の言葉にも性格や癖があって、まるで人みたい」

 文章には人柄が表れるっていうからね。

「……なら、私の文章はどんな姿をしているのかしら? 少し気になってしまったわ」

 どんどん話が脱線してるけど、当初の目的を忘れちゃダメだよ?

「別に……忘れてなんかないわ。……ちゃんと、今からメモした言葉の整理整頓をするところだったんだから……」

 どうしたの? なんだか弱気じゃないか。

「だって……」

 だって?

「その、少ないもの。私が思いついた文は。とっても。分かってはいたけれど、こういう練習をすると自分の実力の無さに情けなくなるものね」

 何事も前向きにだよ。『伸びしろが十分にある』ってな具合にね。

「ありがとう。そうね。こんなことでへこんでる場合じゃないものね」

 そう、その意気だよ。

「では、最後のもうひと頑張りをするとしましょうか」

 君は気合を入れて、もう一枚コピー用紙を取り出す。そこに散らばった単語を箇条書きにして、そしてそれらを文章へと仕立てていく。


***


 黙々と君は推敲を繰り返していく。もっといい文章になるはずだと信じて、そしてそうなるように願いながら。

「……よし。できた。うん、できました」

 紙面を移動し続けていた万年筆を置いて、君は満足したように宣言する。

 お疲れさま。

「ありがとう」

 完成した文章を教えてもらってもいいかい?

「もちろん。だって、そのために書いたんだもの」


***


 これが今の私の精一杯、と君は出来上がった文章を教えてくれる。


「『君が綴った恋心は、僕に春を運んできた』


 『あなたが書き損じた手紙ごはんは、山羊わたしのお腹を十分に満たしてくれた』


 『ファンレターの返事が届いて、私は飛び上がるほど嬉しかった』


 『大きく『合格』と書かれた通知に、僕は思わず泣いてしまった』


 『(っ'-')╮ =͟͟͞͞📧  キタ━━━(゚∀゚)━━━!!』


 『異星人からのメッセージに、我々は興奮の渦に巻き込まれた』


 『ユーのレターでミーはベリーハッピーよ!』


 『たまずさの 使ひを見れば 喜ぶる きわめて踊る わが心かな』」


 以上です、と締めくくった君は、それからちょっとした悪戯を思いついた子供みたいな口調でこう言って笑ったんだ。他の人ならどんな文章を書くんだろうねって。



 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さて、問題です。 ぴけ @pocoapoco_ss

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ