第12話 未帰還の理由
その頃、海底神殿では―――
(悠真くん、お願い。どうか遥を連れて帰って来て……)
薫が一人、無人の転送ステージを見つめ、自分の思いに沈んでいた。
すでにキューブは光を失い、それに伴いステージの光も消えている。それは、転送可能期間が終了したことを示唆していた。次にいつ転送ができるのかは分からない。それまでは、いわば向こうの世界と断絶した状態となる。
「薫」
ふと背後から呼びかけられ、薫は物思いから引き戻された。
振り返ると、プーカだった。今度は、他の研究員たちと同じ白衣姿である。
「……えっと、あなたはアヴァロンから戻って来たんじゃないわよね」
「違うわ」
「そう。頭では分かっていてもなかなか慣れないわね」
薫が苦笑いする。
プーカは多重起動することができ、複数の彼女が同時に存在できるらしい。パソコンでウィンドウがいくつでも開くことができるのと同じ原理だ。そして、それぞれの個体が経験したことは全て、キューブを通して共有されるという。
いま目の前にいるのは、さきほど転送されたのとは別の個体である。
「それで、悠真くんは無事に転送できた?」
「ええ。そのはずよ」
悠真とともにアヴァロンに転送されたプーカは、いったんこちらのキューブから切り離された状態になる。そのため、このプーカにも向こうの状況は分からない。現地のプーカが体験したことは、こちらのキューブに戻ってくるまでは共有されないのだ。
とはいえ、彼女がそう言う以上、悠真は無事に到着したのだろう。
「そう。あとは、戻ってくるのを待つだけね」
「あのね、薫、そのことなんだけど……ちょっと……その……伝えたいことがあって……」
「どうしたの? 何かあった?」
プーカは普段から歯切れがよい。ためらうような彼女の言い方に、薫は不安を感じた。
「……遥と黒木がなんで戻ってこないのかが分かったのよ」
「えっ……?」
「どうやら、向こうのキューブが動いてないみたいなの」
「ちょっと、待って。動いてないって、どういうこと? 単に転送可能期間外じゃなくて?」
薫は、目の前のキューブを指し示した。転送ができないだけで、プーカがこうして出現できるように、システム自体は作動している。
だが、プーカは首を横に振った。
「そうじゃないの。本当にキューブが活動を停止しているのよ。あ、でも、先に言っとくけど、電源が切れてるとかシャットダウンしてるとかじゃないわよ。そんな太古の機械じゃないし」
面白くもない冗談を言うように、プーカが付け加えた。
「それなら、故障ってこと?」
「……」
彼女は押し黙った。どうやら、あまり言いたくないらしい。
初めて出現して以来、プーカはとにかく過度な情報を人類に与えないようにしている。こちらの世界で言えば、太古の種族に火薬の製法を教えるような危険を避けるためだろう。
だが、事が急を要するためか、しばらく逡巡する様子を見せたあと、ようやく重い口を開いた。
「……あのね、こちらから向こうに転送するとき、同時に向こうのキューブともリンクすることになっているんだけど、さっきの転送ではつながらなかったのよ。キューブには高度な自己修復機能が搭載されているから、本当はそう簡単に故障なんてしないはずだし、かといって、後進文明に破壊されるほど脆くないから、何があったのは分からない。だけど、キューブに深刻な異変が起こったのは間違いないわ」
「じゃ、じゃあ、遥は……、それに、悠真くんも、黒木三尉も……」
「キューブが機能してない以上、向こうからの転送は不可能よ」
「うそ、そんな……」
薫は激しく動揺した。
遥が戻ってこないのは、向こうの生活に夢中になって帰還を先送りにしている、あるいは、何らかの事情で自発的に戻ってきていないだけという可能性を考えていた。いや、そう信じたかったのだ。
だが、それは否定された。単に、戻る手段が失われたに過ぎなかったのだ。
もちろん、彼女の身に何かが起こった可能性もあるだろう。だが、もし、戻りたくても戻れない状態だったとしたら。今、どれほどの絶望の中を生きているのか、遥の気持ちを考えるだけで、胸が苦しくなった。
そして、ついさっきまで悠真がいたステージに目をやる。
遥だけではない。本来なら何の関係もない悠真も、異世界という壮大なトラップに送り込んでしまったのだ。
「……なんで……なんで今になって、そんなこと……。なんでもっと早く分からなかったのよ!?」
再びプーカに向き直り、薫が問い詰める。
もっと早く知っていれば、遥も悠真も犠牲にする必要はなかった。
プーカが少し悪そうに肩をすくめた。
「……二ヶ月前、遥を転送した時までは、正常にリンクできていたのよ。さっき、悠真を転送したときに向こうの反応がなくて、初めて分かったの。たぶん、遥を転送した後に何かが起こったんだと思う」
「……」
薫は唇を噛んだ。
どす黒い絶望が心に広がる。彼女には、いや、人類にはもう彼らを助ける手段がないのだ。
ただ一つを除いて。
「ちょっと、待って。そうよ。まだあなたがいるじゃない。いま、悠真くんと一緒に転送されたあなたなら何とかできるんじゃないの?」
「確かに、その可能性はあるわ。だけど……」
「だけど?」
プーカが言い淀んだ。
「……私は、キューブから切り離されると、短時間しか自分を維持できないのよ。もし向こうのキューブが壊れていて、私が入れないとなると、エネルギー切れで私は消滅してしまう。そうなったらどうしようもないわ。そもそも、キューブの自己修復機能で直せないものをそんな簡単に修理できるとも思えないし」
「……それじゃ、遥は……もう……」
「残念だけど……」
プーカが、申し訳なさそうに頷いた。
「ああ、遥……」
もう妹は戻らない。
薫は茫然自失の状態で、ただその場に立ち尽くした。
一方、プーカはこの状況を訝っていた。
「……こんなの絶対おかしい」
思わず小さく呟いて、口をつぐんだ。
(キューブが2台とも、しかも同時に壊れるなんてどう考えてもありえない)
実はプーカには、まだ薫たちには告げていない事実があった。
アヴァロンには、別にもう一台のキューブが配備されているということだ。
特に機密というわけではなかったが、余計なことは言わない、というのが、発展途上の文明と接触する際の決まりである。
そして、これまでは転送するたびにその2台とリンクできていたのだ。それが、そのうち1台だけならまだしも、2台ともに同時期にリンク不能になるのは考えられない。しかも、その2台の間にはかなりの距離がある。何かよほどの異変があったはずだ。
(まさか、黒木があのことに気がついたんじゃ……)
二人目の転送者、黒木修一。
もう一つ、薫たちに告げていない事実が頭に浮かぶ。
(そうよ。それなら、理論上、キューブが停止することはあり得るわね)
(でも……)
(ううん、そうじゃない。気づいたなら、なおさらこんな状況になるはずがない……)
一番可能性が高そうな推理だったが、すぐに頭の中で打ち消した。
(だめね。まだピースがたりないわ)
やはり、現地のキューブと直に接続しないと情報が少なすぎる。文明レベルの低い、こんな辺境惑星からでは出来ることが限られるのだ。
(……後は頼んだわよ、わたし。何とかして三人を連れ戻すのよ)
残された手段は、転送された自分だけだ。
自分にエールを送りつつ、プーカは大きくため息をついた。
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