第13話 現実の世界
再び、話はアヴァロンに戻る。
「あれ、僕……」
転送された感慨にひとしきり
さっきまで着ていたカッターシャツに学生ズボンではなく、皮のズボン、濃い茶色のチュニックに腰ひもを巻いていた。そして、旅人袋を肩から掛け、腰には古びた剣をぶら下げている。
ゲームで見た初期装備そのままである。
「服が変わってる……」
「そうよ。ちゃんと生活できるように、到着時に必要最低限の装備を持たせることになってるから。ゲームと同じものよ。あと、この世界の言葉も話せるようになってるはずよ」
「へえ、そうなんだ。僕の学生服はどうなったの?」
「あんたが着てる服がそうよ」
「え?」
戸惑った顔を見せた悠真に、プーカが長いため息をついた。
「はあぁっ。そこからなの? ほんっっと面倒ね。……あのね、転送するときは一旦肉体をエネルギー体に変換しないといけないんだけど、そのあと物質に再構成する際に、ある程度組成を変えることができるのよ。それで脳の記憶素子を修正して、この世界の言葉を使えるようにしたりね。あなたの学生服の量子パターンは保存してあるから、向こうに戻るときに服も戻してあげるわ」
「そうなの? って、あれ? 僕の時計とスマホもないんだけど」
左手につけていた時計は跡形もない。そして、ズボンのポケットに入れていた携帯も、学生服とともに消えていた。
「この世界にないテクノロジーは持ち込み禁止よ。心配しなくても、帰るときには元通りにしてあげるわ」
「そか。よく分かんないけど、元に戻るならまあいいや」
「……おかしいわね」
「ん? どうかした?」
プーカが何やら難しい顔で考え事をしているのに気がついた。
だが彼女は自分の考えに沈んでいるのか反応しなかった。
「……」
「ねえ、プーカ?」
ようやく、我に返ったように面を上げる。
「あ、ごめん、あたしちょっと用事を思い出したからもう行くね。帰りもまた送ってあげるから」
「え、もう行っちゃうの?」
「当たり前じゃない。あたし、アンタのお守りじゃなくて、連れてくるのが仕事なんだから。付き添うのも転送までよ。それに、余計な手伝いしちゃいけないって決まってるし。じゃね」
「あ、ちょ、ちょっと」
返事もせずに、彼女は何の前触れもなくいきなり消えてしまった。
「行っちゃった……」
出現したときもいきなりだったので、驚きはなかったが、ぽつんと1人残されたことに気がついた。
改めて辺りを見回す。
ゲーム画面で馴染んだのと全く同じ光景だ。ただし、ここはゲームの世界ではない。
実在する異世界である。むしろ、さっきまでプレイしていたゲームが、この世界を写し取っていたものなのだ。
まさに、リアル版VRMMOとでも言おうか。
本当にアヴァロンが実在し、自分はここに来たのだ。笑顔が自然と溢れる。
(まさか、夏休みを異世界で過ごすことになるとはね)
つい、何時間か前までは、普通の高校2年生として平凡に生きてきたのに。
もし今朝の時点で誰かに
『今日の放課後、オスプレイがお前を迎えに来る。そしてお前は潜水艦に乗り、超古代神殿から異文明の機械を使って異世界に行くことになる』
などと言われても、一笑に付していただろう。
(人生ってどうなるか分からないものだな……)
「さてと、どうするかな……」
転送にあたって依頼されていたことを思い出す。一つは、先にこの世界に来た二人の人物、黒木と遥の消息を探すこと。そして、もう一つは、この世界にあるキューブを使って元の世界に帰ることだ。国のプロジェクトとして、まず帰還することを優先し、二人の捜索はできる範囲で構わないと言われていたが、無論、悠真にとっては遥を見つけることが最も大切である。
(でも、先にフェリスだな)
まずはフェリスに会い、それから一緒に遥を探すことに決めた。いくらゲームで見慣れた世界とはいえ、仲間がいた方がいい。その後、冒険者ギルドに行って二人の足取りを探せばいいのだ。
(それにしても、てっきりNPCだと思っていたらホントに実在していたなんて……)
(本当にこの世界に来たと知ったら、驚いてくれるかな)
フェリスと会う瞬間を頭に描き、悠真は心が踊った。
きっと喜んでくれるに違いない。彼女だって、会いたがっていたのだから。
そんな呑気なことを考えていると、左手後方から、茂みをかき分ける音がした。
振り向くと、小柄な魔物一体がいた。森から出てきたらしい。
体長は120cm程度、緑色のヒョロヒョロの短躯に、ボロを纏い、骨で作ったネックレスのような装飾品を首に下げている。
コボルドだ。
そして、それは悠真の姿を見て、剣を抜いた。やる気らしい。
「そっか、そうだったな」
ゲームでは、スタートポイントに出現した後、チュートリアルが始まり、戦闘の練習としてコボルドが出てくるのだ。ゲーム内では最弱の雑魚である。
無論、ここは現実の世界だ。チュートリアルなどない。
コボルドが出て来たのは、おそらく偶然だろう。確か、この森には彼らの住処があったはずだ。
だが、気が大きくなっている悠真にはどうでもいいことだった。
「ようし、伝説の始まりだ」
「チャララッララーン」とゲームで使われている戦闘開始の音楽を口ずさみながら、自身も剣を抜き、格好良く構えた。気分は勇者である。いや、実際、ゲームでは高レベルの無敵魔法剣士だったのだ。
「来い! 一撃で仕留めてやる」
すこし自分に酔いながら、悠真は声を張り上げた。
(そうだ! この姿を遥ちゃんが見てくれれば、少しは見直してもらえるかな)
魔物を切り倒し、彼女を助けに来たと分かったら、かっこいいのではないか。
もしかしたら、好きになってもらえるかもしれない。思わず顔がニヤける。
だが、浮かれた気分は、一瞬にして消えた。
キャヒーッ
「え?」
甲高いわめき声をあげて、いきなりコボルドが猛然と襲いかかってきたのだ。
「うわあっ」
不意を突かれた悠真は慌てて剣を振り降ろしたが、電光石火の速さで簡単にかわされ、懐に飛び込まれる。
左の脇腹が剣で切り裂かれ、血しぶきが飛んだ。
「ぐあっ」
焼けるような痛みが脳天まで突き抜けた。
必死で剣を振り下ろすが、コボルドはとっくに間合いの外に下がっており、空を切った。
「う、うぅ……」
斬られたところに手をやると、血が吹き出してくるのが分かる。左手が一瞬で血だらけになった。
焼きごてを押し当てられたような猛烈な痛みに、呻き声が漏れた。
「クッ、な、なんで……こんな……」
ほとんど瞬殺で倒せるはずの魔物に重傷を負わされ、激しく戸惑う。
同時に、これがゲームでもアトラクションでもなく、本当の殺し合いだということにようやく気付かされた。
殺される。
その思いに身がすくみ上がり、膝がガクガクと震え出した。
「た、たす……け……」
助けを求めようとしても、声も出ない。いや、大声を出したところで、ここは見渡す限り大自然のど真ん中だ。助けなど来るはずがない。
一方のコボルドは、悠真を弱いと見てとったのだろう、今度は大きく振りかぶって大胆に切りかかって来た。
「うわあっ」
今度はなんとか自分の剣で受け止めた。
だが、手傷を負った体には力が入らず、しかも、恐怖で腰が引けていたため、力で押し切られ、態勢を崩した。
見計らったように、コボルドがバネじかけのようにジャンプし、悠真の脳天に剣を振り下ろす。
「ヒィッ」
剣で受け止めるのは間に合わない。
声にならない叫び声を上げ、必死で後ろに体を引いた。目と鼻の先を剣先が通過し前髪を数本切り飛ばす。
コボルドは、さらに剣を振りかざして悠真に迫ってくる。
「く、く、来るなあああ!」
左手で傷を押さえ、右手一本で遮二無二剣を振り回しながら、ジリジリと後ずさる。
コボルドは、悠真の剣に当たらないように気をつけながら、もてあそぶように近づいてくる。
悠真は、生まれて初めて感じる死の恐怖に翻弄されていた。体に力が全く入らない上、膝が笑っている。
屈強な同級生たちに絡まれるというレベルではない。コボルドから発せられる明確な殺意が、心を折ってしまっている。
殺るか殺られるかの戦いで、この精神状態は致命的である。
悠真の心に絶望が広がった。
そして、
「あっ」
下がっているうちに足がもつれ、後ろによろけた。なんとか反転しこらえようとするが、傷の痛みで足の踏ん張りが効かず、うつ伏せに倒れた。
キキキッ!
それをチャンスと見たのだろう、コボルドが剣を逆手に持ちかえ、悠真の背中につきたてるべく、飛びかかって来た。
「うわあああ!」
悠真は、無我夢中で体を起こし、コボルドに向かって剣を突き出した。
その瞬間――
剣先がコボルドの胸を貫いた!
時が止まったかのように、コボルドの動きが止まる。
何が起こったのか理解できず、悠真も一瞬硬直した。
だが、ようやく我に返り、剣を引き抜く。
コボルドが動きを止めたまま「ゴフッ」と血を吐き出して、ゆっくりとそばに倒れた。
「え……あ……」
目の前で起こったことに呆然として、しばらくコボルドの体を見つめる。
そして、恐る恐る剣で突いてみるものの、全く何の反応も返ってこなかった。
どうやら本当に倒したらしい。
「やった……のか……」
大きく安堵の息をつき、力を抜く。
だが、勝利を喜ぶ余裕はなかった。
安心してアドレナリンが切れたのか、焼けるような痛みが一気に蘇ったのだ。
「グウウッ……」
激痛に耐え切れず、苦悶の呻きが口から洩れる。
しかも、出血が激しく、目がかすみ、意識が朦朧としてきた。
半身を起こしてなんとか立ち上がろうとしたが、もはや体が言うことを聞かなかった。
体を支えることができずに、仰向けに横たわる。
僕は、ここで死ぬのか……
突然訪れた理解に、涙がこみ上げてくる。
遠く離れた異世界で、一人きりで野垂れ死ぬ。
フェリスすら自分がここにいることを知らない。
猛烈な孤独感が体中を覆った。
(遥ちゃん……)
彼女の優しい微笑みが脳裏に浮かぶ。
(ごめんよ、僕は……)
どうやら、彼女を探し出して連れ帰るという使命は果たせそうにない。
青いはずの空も黒く霞んでよく見えない。
もう目が何も映さなくなったのか、それとも目を閉じているのか分からないが、漆黒の闇が自分を包んだ。
(さよ……な……ら)
そのとき、どこか遠くで微かな音がした。
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