運命を駆け抜けろ

坂口航

 

 運命。それは神が定めし絶対のルール。 


 このルールから人は逃れることはできず、また理解することは出来ない。先の見えぬ真っ暗闇こそが運命だ。

 そして運命は時に人を救い、時に絶望の淵へと突き落とす。これはずっと前から誰かが言っていたことである。

 だというのに、俺はその意味をまったく理解していなかったようだ。こうして実際に運命の残酷さを体験するまで、それ自分には関係のないことだったと思っていた。

 あぁ、なんてことだろうか。このままだと俺はどうなってしまうのだろうか。

 力が抜けた手からスマホがこぼれ落ちる。その画面に写し出された数字は、一切の狂いもなくこう記していた。



『八時十九分』



 間に合わない。これじゃあ学校には間に合いっこないではないか!

 俺がいつも何時に家を出ている。八時だ! この時間に出て着くのは十五分、すでに学校へと着いてるべき時間を過ぎている。今から出たとしても十五分かかる。一時間目は三十分からこれじゃあ間に合うはずがない。

 なぜこんなことになった、俺は確かに起きたぞ。正確な時間は覚えていないが七時になるほんの少し前に起きたのを俺は覚えている。

 スマホで鳴らした目覚ましを止め、そのまま眠気を取り払うためにツイッターを眺めていた。

 俺にとってツイッターとは何か発言するためにあるものではない、そこで投稿されたマンガやイラストを見るために存在しているものだ。

 深夜の内に投稿されていたイラストを、俺はボンヤリと見ていたのはず。そして眠気も徐々になくなってきていた。

 やがて天井までたどり着いたところで一度スマホを閉じ、枕のすぐ横に置いた。そこからしばらく天井を仰ぎ、起き上がる準備をしていた。


 …………だというのに、これは一体どういうことだ! 俺は目を閉じてなどいない、眠ろうとさえ思っていない。ならなぜ、八時になるまで寝過ごすことになっているのだ!

 なんと非情なのだ、神という存在は。俺にあの『あれ今日アイツ来なかったから休みなのか、知ってるヤツいるー? 誰もいない、まぁ先生に聞けばいっか。あっ先生アイツ今日なんか連絡寄越してましたか。えっなんもないの。じゃあ何があったんだろうか、とりあえず授業受けるか。アイツ風邪っぽくなかったけど何があったんだろうなーと思ってたら来た! えっ何でこのタイミングなんだろコイツ。もうちょっと頑張れば間に合っただろ」的な視線を浴びせられるという試練を与えるというのか!

 なんたることだろう。この運命から俺は逃れることは出来ないのか――――



 ――――いやそうじゃない。乗り越えるんだ。この運命に逆らい乗り越えること、これが俺に課せられた試練だ。 

 十五分が学校に着かないといけない時間ではない。三十分だ、三十分が授業の開始でありホントの最後。これにさえ間に合えば試練に打ち勝ったこととなる。

 俺は落としたスマホを拾いあげ時間を確認する。結構頭を働かしたつもりだが一分しか経っていない。

 いつもが歩きで約十五分。残り時間は、歩いては間に合うはずもないが走ればなんとかなるかもしれない。

 今日の準備はできている、ついてることに教科書をあまり今日は必要ない日。荷物が軽いということは速く走れる。


 いける、あぁいけるぞ! 乗り越えるんだ。神が与えたもうた運命を俺が変えるんだ!


 まずは着替える、ここはすぐに済ませることができる。いつもはゆっくりと着替えているが、本気を出せばすぐに終わらせることができる。

 ハンガーに掛かった上着とズボンを素早く手に取ると、ルパン三世と肩を並べるほどの速さで服を脱ぎ、制服へと着替える。

 元着ていた服は布団の上へと置き去る、いつも俺は帰ってからはすぐにパジャマへと着替えるのでこのままで良い。

 朝ごはんは学校で食うしかない。今日は昨日買っておいたあんパンだ、学校で食ったとしても問題ないだろう。

 俺はカバンを背負うと自分の部屋を飛び出し、素早く一階へと駆け降りる。


「あれアンタまだ居たの。とっくに行ってると思ってたのに、時間いけるの?」

「いけてない! でも大丈夫だから、俺は試練に打ち勝つから!」

「ちょっと試練って。アンタ一体何の話しているのよ」


 何か母親が言ってるようだが今は無視させてもらう。俺はドアにぶつかる勢いで開けると、その勢いのまま道路を駆け出した。

 いつもの時間帯ではないので人通りがどうなっているかは分からない。だがほとんどの道は住宅街。最後の学校が見え始める所までは特に危険な道もない。

 俺はメロスのように走った。邪知暴虐の王や竹馬の友もいないが、太陽が昇るよりも速く走った。つもりだ。 

 そのスピードは自分でも驚いた。これなら間に合う、俺は試練に打ち勝ったのだ! 俺はすでに道中ばではあったが確信していた。


 だがその自信は、最後の最後で陰りを見せた。


 完璧に失念していた、信号だ。俺の家から学校に行く最後の道に信号があるのだ。ただし歩道橋は架かっていない。

 すでに学校は目の前にある。だのにここで、努力や意地などでは到底乗り越えることができない偶然によって足を止めねばならないのである。

 なんということだ! 神は俺に試練を乗り越えさせないようにしているというのか! タイミングが悪かった、たったそれだけで地獄を味わうことになるのか!

 いや諦めない、ここまで頑張ったのだから待つ時間は作れているはずだ。あとは運、すべてを天に任すしかない。

 今出きることはイメージトレーニング。すぐにロッカーを開け靴をはきかえる。そして階段を飛ぶようにして三階へと上がり教室へと滑りこむ。


 問題ない、ここまで来たならやるだけだ。


 信号が青になった瞬間に、俺はオリンピックのランナーの如くスタートダッシュを切る。間違いなく今の初動は確実にボルトを越えた。

 そのままのスピードで校門をくぐりロッカーへと向かう。その場には俺以外誰もいなかった。すでに各々の教室に座っているのだろう。

 だがチャイムは鳴っていない。俺はイメージ通りに靴を履き替え階段を登る。

 途中、教師とすれ違い「階段は走るな」と注意されたが聞いてなどいられない。ってかアンタも急げ、次の時間授業があるのかどうかは知らないが。


 そして階段を登りきる、あと少し、あと少しだ。


 扉を勢いよく開けたために大きな音が鳴った、それによりクラスのほとんどがこっちを振り向いたが、そんなことはどうでもよい。

 黒板の上にある時計へと目を向ける。そして針はここを指していた。



 八時二九分



 勝った…………、勝ったぞ! やった、俺はやりとげたのだ! 短いようで長かった、しかし俺はついにやりとげたのだ! 歓喜の声を心の中で叫び、うち震えている所でチャイムが鳴った。 

 そうだ一日は始まったばかり。この試練を乗り切れた俺は負ける気がしない。

 自分の机にどっしりと構えると教師が入ってくる。





 そして血の気が引いた。



 俺は思わず隣の、特に話していない同級生へに声をかけた。


「なっ、なぁ、今日って時間割変更してないよな…………?」

「えっ、今日は何か授業が色々変更するって昨日言ってたよ。いつもとまったく違ってるけど」




 ――――おぉ、神よ。あなたは最後まで私に試練を与えるというのか。

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