【KAC5】絶対規則の裁定者

@dekai3

第1話 一方的な決め付けは止めましょう

 早朝から外がうるさくて仕方なく起きたら、スーツ姿のおっさんが家のペットの柴犬のぐみと喧嘩してた。


ガギンッ ガギンッ バシュ ズガガガァン


「お前の“秩序ルール”はその程度か犬っころぉ!!」

「抜かせ!貴様のような“拒否する者リフューザー”に我を倒せると思うな!」


 巻き上がる砂埃、壊れるブロック塀、吹き飛ぶ花壇の花、抉れる地面。


 なにこれ。


 おっさんはFPSのキャラかってぐらいグミの周りを跳びはねながら腕から衝撃波?くさび形の光?みたいなのを飛ばしているし、ぐみはぐみでそれを避けたり口から出た光る盾?みたいなので防いだりしてる。


ヒュン ガギンッ


「この“社会ソサエティ”を荒らさせるわけにはいかぬ!我はまだ、主に恩を返せていないのだ!!行け!『“飛行する盾デリンクエンシー”』!!」


 おっさんの攻撃を口で咥えて叩き割ったぐみがそう叫ぶと(今更だけど喋ってるのぐみだよね?)、ぐみの周りに六角形の透明な板が何枚も現れ、それぞれが回転して弧を描きながら崩れた塀を足場にして跳びはねるおっさんへと飛んでいく。


シュンシュン


 その盾は前後左右全ての方向から逃げ場無くおっさんを包み込み、諦めたのか逃げる素振りを見せないおっさんの頭や胴体へと容赦なく突き刺さる。


「獲った!!」


バゴーン!!


 そしてぐみが吼えると同時におっさんに突き刺さった盾が爆発し、残ったブロック塀も粉々に吹き飛ぶ。

 煙が晴れた先には見通しの良くなった家の庭と、その向こうにお向かいの家が見えるだけ。おっさんの姿はどこにもない。


 いやほんとなにこれ夢?

 夢か。夢だよね。そうか夢かぁ~。寝直そ。


「見上げた忠犬だな。だが、まだまだだ!」

「何ッ!?」


ドゴォ ズシャァアア


 おっさんを倒して気が緩んでいたぐみの背後に、粉微塵になったはずのおっさんが現れてぐみを蹴飛ばす。

 ぐみはそのまま道路側へと吹き飛び、砂埃を上げながら転がる。

 は?夢とはいえぐみを蹴るとかなにそれ?処すよ?おい、処すよ?


「ぐっ、直撃したはず…何故…」

「勘違いしているようだが、俺は“拒否する者リフューザー”ではない。“放浪する者ドリフター”だ!」

「ば、馬鹿な!」

「お前こそ“拒否する者リフューザー”だと思ったんだが、まさか“守護する者ガーディアン”か?まあいい。どっちにしろ俺の“秩序ルール”に従ってもらう」

「止めろ!私はまだ主に!主に何もっ!」

「諦めるんだな。お前はもう俺の“奉仕者スレイブ”として…」


バンッ!!


「くぉらぁおっさん!!朝からうるさい!!それとぐみを虐めるな!!!」

「「えっ!」」


 怒りに任せて思いっきりドアと開けて怒り叫ぶ私に、おっさんとぐみは声を揃えて驚きの声を挙げた。




◆ ◆ 『絶対規則の裁定者ルールルーラー』 ◆ ◆




「はい、それでお宅のワンちゃんと…」

「ぐみ。ドッグミートのぐみ」

「あ、はい。ぐみちゃ…ドッグミート?」

「主、私は食料なのですか?」

「あんたの話は後で聞くから黙ってなさい」

「はっ!」


 あれから庭におっさんを正座させ、ぐみは伏せをさせ、とりあえずおっさんから先にどうしてぐみを襲ったのかを聞いている。

 よくは分からないけど、この世界には自分のルールを相手に押し付けて相手を奴隷?信者?みたいなのにして言う事を聞かせれる超能力者達が沢山居て、おっさんとぐみがその超能力者で、最近この街で無差別に奴隷を増やしている超能力者が居るからそれを退治しようとしておっさんはぐみを襲っていたらしい。割りとあやふやな設定だな。流石は私の夢。

 夢じゃなくてもぐみはそんな悪い事をする犬では無いと思うけど、超能力者の部下っていうのは居るだけで便利だからって事で犯人ではなくてもぐみを“奉仕者スレイブ”ってのにしようとしていたみたい。

 ぐみは家の子なんだからお前みたいなおっさんの部下にさせるわけないでしょ?なんて極悪なペット泥棒。これはもう社会的に死んでもらうしかない。


「おっさん、名刺出して」

「えっ」

「名刺、ほら。社会人ならあるでしょ?名刺」

「いや、あのぅ、“能力者 ディベロッパー”同士の戦いはプライベートな事でして、その、会社とは関係が…」

「め・い・し」

「こちらでございます」


 私が最後の『し』を言い終わる前に素早く サッ と懐から名刺を差し出すおっさん。そうそう、最初からそうやって素直に出せば私も声を荒げないで済むのに。

 おい、ぐみは伏せを崩すな。尻尾を振りながらこっちを見るな。お前も反省しろ。


「へぇ~、結構いい所に務めてんじゃん」

「いえ、だから、あのぅ、この件は会社とはですね…」

「でもこうやって塀とか花壇とかぐちゃぐちゃだし、通報されたら困るのはそっちだよね?」

「それはですね…“能力者 ディベロッパー”間での“感応 フォリアドゥ”が住めば“領域ソサエティ”は遡及が起きるので…」

「おっさん意識高い系?意識低い私でも分かるような用語使ってくれないかなぁ?」

「はい、申し訳ありません。直ちに検討させて頂きます!」


 正座したまま綺麗に土下座の体勢に移るおっさん。

 おっさんの名刺に書かれていた企業はこの街では結構大きな企業なんだけど立場低い人なんだろうか。営業係長補佐って書いてあって肩書き長くて強そうなのに。


「流石です主!それでこそ私がお仕えする“絶対規則の裁定者ルールルーラー”!」


 そしてめちゃくちゃに尻尾を振って勝手に伏せを解除して私をうっとりした目で見つめるぐみ。

 まだ『良し』って言って無いんだからまだ伏せってろ。それになんだその哲子の部屋のオープニングの歌詞みたいなルーなんとかは。というか。


「なんであんたそんな中世騎士みたいな喋り方してんのよ。雌でしょ?」


 もう喋っている事は慣れたので良しとして、いい加減気になっていた喋り方について問い詰める。

 こんな喋り方する人は家族に居ないし隣近所にも居ない。一体何を参考にしてこんな喋り方をしてるのか。ぐみはカワイイんだから喋るならもっとカワイイ感じに喋って欲しかった。なんか声もハスキーボイスだし。柴犬なのに。


「お言葉ですが主。最近は女騎士物も一ジャンルとして受け入れられており、ファンタジー作品ではお約束のキャラとして…」

「なんでサブカルに詳しいのっ!?」


 キリッ とした顔が声に合っていて思ったよりカッコ良かったから何を言うのかと期待したのに、なんでそういうの知ってるんだよお前。お兄ちゃんか?お兄ちゃんそういうの興味無さそうなのに。


「あ、はい、主のお父上から薦められまして。主に昼間にタブレットで」


 え、パパ?そうかパパか。パパかぁ~。やっぱ夢だわ。寝直そ。


「あ~、もう、分かった。分からないけど分かった。とりあえずこれ直しといてよ?」


 自分自身にどんな設定の夢見ているんだよとつっこみを入れつつ、これ以上は疲れるだけだと判断してぐみとおっさんに背を向けて家に戻る私。

 夢の中だから合ってないかもしれないけど、まだ早朝だから学校行く前までにもう2時間は寝れるはず。


「主、お待ち下さい」

「もう~、なに」


 ドアに手をかけて戻ろうとする私を呼び止めるぐみ。どうでもいいけど、あの声どうやって出してるんだろ。


「先ほどこやつが言った通り、私とこやつのどちらが上かという格付けが済みませんと遡及が起きずに元通りになりません」

「それで?」

「ですので、もう暫く煩くさせてしまうかと。決して主の安眠を妨害したいわけでは無いのですが」


 はー、なにそれ。まだあれが続くの?

 いい加減眠たいんだから眠らせてよね。


「もういいじゃんそれ。ぐみがおっさんより格上でいいよ。ぐみはカワイイし」

「主っ!」

「ちょ、待っ!」


 シュゥゥゥゥウウウゥゥゥウゥ  ポンッ!


 ぐみの嬉しそうな声とおっさんの慌てた声が聞こえたかと思うと、両方の姿が渦巻くように歪み、軽快な音とともにぐみがビキニ姿に手と足だけ鎧を着た女の人になって、おっさんが黒いブチブチのあるあのディ○ニー映画に出てくるみたいな犬になった。

 は?


「主っ!ありがとうございます主!わぁーい!やったやった!!」

「ああぁぁぁぁあ!!今日の契約ううぅぅ!!!」


 女の人は飛び跳ねて私に抱きついて来るし、犬は頭を抱えて叫んでいるし、そろそろ情報量が多すぎて頭痛がする。


「主っ!主!はははぁ~」


 このはしゃぎ様はぐみで間違いないなと思うけど、結構強く抱き疲れて腕の鎧が当たって痛い。そして明らかに私より大きいおっぱいが顔に当たってうざい。ついでになんで身長もお前のほうが高いんだよ。まだ3歳でしょ?


「そうだ、会社に電話しなきゃ…ああっ!画面が小さくて押せない!!」


 おっさんだった犬はおっさんだった犬で慌てふためいていて騒がしいし、本当になんなのこれ。


…ヒュン


「主、失礼を」


 急に真面目な顔したぐみが私をお姫様抱っこで抱える。


「え、ひやぁ!」


ズガァン


 そして私を抱えたまま跳び、屋根の上に着地する。

 ぐみが跳ぶとほぼ同時に先ほどまで私とぐみが居た場所に小さな爆発が起き、小さなクレーターが出来あがる。

 もしもあそこに居たら私とぐみは爆発に巻き込まれていただろう。


「え、何?何?」

「どうやら本物の“拒否する者リフューザー”のお出ましのようだな」

「ああ、だが攻撃は“絶対規則の裁定者ルールルーラー”である主を狙っていた。恐らくは本人ではなく“奉仕者スレイブ”の仕業」


 いつの間にかぐみの隣にいる元おっさんの犬がグルルと牙をむき出しにしながら唸っていて、ぐみも真剣な顔をしながら大通りのほうを見つめる。

 これ、夢だよね?

 夢の中とはいえもう少しで爆発に巻き込まれていたかと思うと、心臓がばくばく鳴って腕が震える。

 私は私を抱きかかえてくれているぐみの腕をぎゅっと掴み、体を小さくする。


「主、ご安心下さい。命に変えてでも私が必ず主を守ります。まだご恩を返しきれていないのですから」


 ぐみはそんな私を見ながら、優しく話しかけてくれた。




 これが、私の生活が一変した物語の始まり。

 私と、ぐみと、元おっさんの犬と、三人で潜り抜けた戦いの序章。


 世界は“秩序ルール”の押し付け合いで出来ている。

 “社会ソサエティ”を生き抜くには“自己アイデンティティー”が必要だ。

 時には他者を屈服させ、“奉仕者スレイブ”にさせてでも。


 でも私は…そんな世界であっても……

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