賢者魔導師と孫娘

小山愛結

第一節 最強の魔導師

 大賢者や英雄、私がそう呼ばれていたのは今はもう昔の事だ。私が全盛期だった頃、私自身にかけた魔法、無限の刻インフィニティのおかげかせいか、私の歳は悠に数百歳を超えている。私でさえ私自身の本当の年齢を知らない。なんせ、90を超えたあたりから数えるのを止めてしまったからな。だが、そんな私でも子は居たし孫もいる。ついこの間生まれた孫娘だ。今年で16歳、私が神童ともてはやされていた時期も丁度そんな年の頃だった。そして、肝心のこの子の両親。つまり私の息子と娘、まぁ片方は義理なのだが、その二人は孫が産まれるなり何処かへと姿を消し、今はどこに居るのかも分からぬ。無論、私の伴侶は私の様に時の流れに逆らうことは出来ず、先立たれてしまった。悲しくはある。しかし、今は可愛い可愛い孫娘と一緒だ。可愛らしく、優しい、誰とでも分け隔て無く接してあげられる。そんな物語に出てくる登場人物の様な完璧さであった。だが、それと同時に・・・・・私を超える最強の魔導士でもあった。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 




 ここは、魔法の森の泉、その岸辺に建てられたとある魔導師の家。魔法の森とは、通常の森よりも魔草や薬草、魔獣等が多く分布する不思議な森。無論、危険地帯も多く、魔術や魔法を使えない一般人はまず近づかない。その為、基本的にこの辺り一帯は静かで過ごしやすい。更には魔術、魔法の研究には欠かせない素材が其処等中にある。こんな好立地の土地を大賢者・・・いいや、魔導士最高峰の称号である。五賢聖、その一人である、サミュエル・レージスが見過ごすわけがない。

 部屋や廊下の壁に取り付けられた窓から、眩い朝日が刺し込んでくる。そしてサミュエルはいつものようにベットの上で、いつもと同じ時間に目を覚ます。

 本当に朝は良い。晴天時は特に心地よい、長い年月生きていく中での数少ない楽しみの一つだ。

 サミュエルは二階にある自室のベットの上で、体中に朝日を浴び、起き上がって伸びをする。そして、立ち上がり、ベットの近くにあるクローゼットの前まで行くと、身に着けているパジャマをそのクローゼットの前で脱ぎ捨て、クローゼットにしまってある全盛期だった頃からいままで大事に着てきた、一帳羅とも呼べる服達を取り出す。青色を基調とし、数か所に金色の装飾が施された肘程まである袖のワンピースドレスを着て、その上から今度は紺色を基調とし、ワンピースドレスと同じように数か所に金色の装飾の入ったベストを羽織り、自室を後にする。

 階段を下り、下の階にあるダイニングキッチンの扉を開き、中に入る。


「あ、師匠おはようございます」


 サミュエルがダイ二ングに入ると、容姿だけ見れば少女にも見えるサミュエルと、年齢がさほど変わらない様に見える少女がキッチンで朝食の準備をしている。

 この少女の名はステラ。サミュエルの孫娘であり、最強の魔導士でもある。だがサミュエルはステラが自身を呼ぶ時の名に対して訂正を入れる。


「いつも言っているだろう。私は君の師ではない、君の祖母だ。政府に提出した書類には、私と君は『祖母とその孫』と言う事で登録されている。私と二人きりの時は良いが、もしも誰かと居る時に私の名を呼ぶ事があれば、その時は相応の呼び方で頼むぞ」


 基本的にはこの辺り一帯に誰かが出向いてくることは少ない。だが、全く人と会わない訳では無い。食料やステラの衣服、魔法紙片と呼ばれる特殊な紙等を買いに、サミュエルとステラは街へ出向かなければならない。

 魔法紙片と言うのは『カード』と呼ばれる魔道具を作る際に必要な素材。元々、魔法紙片や魔道具『カード』を最初に作ったのはサミュエルだ。だから自作も出来る。ただ、魔法紙片を作るのにはこの魔法の森には存在しない素材を使う必要がある為。その素材を取り寄せるよりも完成品を買った方が楽でいい。

 この歳にもなると、新しい発見と言う物がなくなって退屈してしまう。私は世にある全ての魔術や魔法は使える。更には今の現状では私しか使えない魔法もある。新たな術式を考えるにも欲しいと思う魔術や魔法がもうない。家にある魔導書は全て擦り切れる程読み返し、その全てが私の頭の中に入っている。

 しかし、今日はその数少なくなってしまった目新しさがサミュエルの目の前で起きる日なのだ。そう、孫娘ステラの入学式だ。王都トワイライトにある、その学校の名はトワイライト魔導士育成機関学園。トワイライト、意味は黄昏。別に街が、年柄年中黄昏時って訳じゃない。問題は王都を収める王にある。王都にある王城に住んでいる王族はもれなく全員、黄昏の魔女の血族なのだ。黄昏の魔女と言えば悪役の様な名前ではある。だからと言って悪さをしているわけじゃない。そも、この世界の黄昏の魔女は悪者じゃなかったしな。


「分りました。し、おばあ様」

「ぎりぎりだったが許そう。それよりもステラ、今日は入学式だろう?これ、私からの入学祝いだ」


 そう言って私がステラに渡したのは魔道具のカード、それを三枚。だがこれは、通常のカードとは少し違う。通常のカードの使い方としては、カードに魔術式を記憶させて、簡易魔術、インスタントマジックとして使用するのが一般的。だが私が作ったこのカードは、魔道具であるカードの中に合成魔術を利用し、別の魔道具を封じた物だ。市販されているカードは既に魔術式が保存されており、インスタントマジックとして直ぐに使用できる。だが私はその保存された魔術式を消し去り、何も保存されていない状態にすることが出来る。その処置をした後に魔道具を封じ、特殊なカードを創り出した。因みにカードに封じた魔道具は二つ。その二つの設計、制作は私がしたので性能はそこそこ高いと思う。もう一枚には使い魔用の子竜が封じてある。


「片手用魔剣に魔銃、最後は使い魔の子竜。魔剣と魔銃はともかく、この子はどうしたんですか?」


 ステラがどうしたのかと聞く理由はそのドラゴンが子供だからだろう。竜種は魔獣の中でも珍しい種であり、更に子竜ともなればそうそう出会えるものじゃない。しかし五賢聖ともなれば、さまざまな高い知能を持つ種の魔獣と交流することもしばしばある。使い魔の子竜は、サミュエルが数年前に国からの依頼で調査しに行った竜の国で長の竜から預かった子だ。その国では珍しい全身から羽毛のような羽の生えたドラゴンでステラによくなついていた。その為、ステラ用の使い魔として契約させる為にサミュエルがカード化した。一度カード化しなければ契約できないとは、魔獣とは本当に面倒な存在だ。


「この家にいた子だよ。ステラと契約させる為に一度カード化したんだ」

「でも、こんな子供をカードに閉じ込めるのは可哀想じゃないですか?」

「大丈夫、この子をステラと契約させるためだから、一度契約してしまえばカード化する必要は無いから自由に連れて歩いていいよ」


 私達がステラが用意した朝食を食べ終えた後、ステラは早速子竜のカードを右手でかざし、印を解く呪文を発する。『封印解放リリース』と。するとステラのかざすカードが光を放ち中心に収束。完全な光の点となると弾け、その中から翼の生えた白く小さな生き物が出現する。しかし契約の義はまだ続く、後はこの子に名前を付けてあげる事で契約の義は終了する。今までは、基本的に私の書斎で育てており、仮の名前として『ハク』と呼んでいた。


「『ミュウ』今日から貴女はミュウだよ」


 ステラがハクに新しい名を与えると、それに呼応するかの様にハク、基ミュウは甲高い鳴き声を発する。それを見たステラは嬉しそうに笑う。

 ステラとミュウの契約も一通り済み。ステラは学校指定の制服を、ミュウはサミュエルが作った黒の下地に金の装飾を施した特別製の魔装具を着ける。この魔装具は子竜であるミュウの特性に合わせ、調整した非売品。

 ミュウの、と言うより子竜の特性と言うのは、一言で言えば巨大化、急成長と言うのが正しいだろうか。子供のドラゴンは、敵と戦うよなことになれば、その身を大人のドラゴンと変わらないほどの大きさまで巨大化し、ドラゴン種特有の無尽蔵とも言える量の魔力を使い、高威力の魔法で敵を殲滅する。ミュウに着せた魔装具は、その巨大化に合わせて魔装具も一緒に巨大化するように術式を組んである。


「ねぇ、おばあ様。この魔道具や魔装具だけで、いくらぐらいになるの?」

「そもそもこれらは、全部魔導技工士の資格も持つ私が、ステラとミュウに合うように一から設計して作った物だから一概に『いくら』とは言えないんだよ。街にいる鑑定士に見てもらえば、解るかも知れないけど」


 魔導技工士資格と言うのは魔道具や魔装具を作る・・・と言うより『エイドス』と呼ばれる特殊な魔石を加工するために必須の資格。この資格が無ければエイドスを使用した魔道具や魔装具を作成できない。しかも、今となってはこの資格を持つ者は世界にもうサミュエル一人となってしまった。資格試験の合否を決める王都のトップですら、合格ラインを知る者はもういない。その為、エイドスを使用した魔道具や魔装具はもう既にアーティファクト級の珍しさ、高値で取引される事も多々あるらしい。


「そろそろ学校に向かった方が良いんじゃない?」


 サミュエルがそう言うと、ステラはダイニングの壁に備え付けてある、魔力時計に視線を送る。その時計の短針はⅦを指していた。

 魔力時計とは、時間が経ちにつれて大気中の魔力『マナ』の濃度が変わるのを利用し、現在の時間を知らせる為の魔道具。時間を知ると言う使い道以外無いが、正確な時間を知れるため便利な物だ。それにこの魔道具にはエイドスが必要ない。つまり、魔導技工士資格が無くても作れる為に、街などに行くと売られている事もある。


「あ、本当。おばあ様ごめんなさい、洗い物お願いします」


 魔力時計を見たステラはそう言って、焦った表情でリビングにあるイスの上に置かれたカバンを右手で取って、テーブルの上の残り二枚のカードを左手で取り、走りながら玄関の扉を開く。そのステラを追いかけるかの様に、ミュウはその白い翼を広げ、家の中を飛びながら駆け抜け、ステラの肩に乗る。二人は笑顔で玄関の敷居をまたぎ外へ、そして家の近くの街へと飛べる転移門へ向かう。


「さて、ステラは学校に行った事だし、私もそろそろ久々に動き出さないと」


 そう言ってサミュエルは、テーブルに食器と共に置かれた数日前に届いた手紙を取り上げ、内容を再度確認する。

 手紙の内容を再確認したサミュエルは溜息をこぼし、その手紙を折り畳んでベストのポケットに入れる。ポケットに手紙を入れるために一緒にポケットに突っ込んだ右手を抜き出す。すると辺りの風景が魔法の森に建てた家のリビングからトワイライト魔導士育成機関学園、つまりはステラの通う事となる学校の校門前へと変わる。

 サミュエルがなぜここに来たのか、それは先程サミュエルが再確認した手紙の送り主が、ここの理事長でありその理事長室に直接の呼び出しがあったからだ。別にサミュエルが呼び出しに応じてやる必要は無かったが、後から色々言われるのは面倒だと考え、向かってやることにした。

 そしてサミュエルは、トワイライト魔導士育成機関学園へと歩みを進める。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 




 理事長室の扉、その目の前に立つ女性。サミュエルはその大きな扉を押し開ける。 

 扉の奥にはシンプルな装飾が施された内装の部屋作りになっており、そのさらに奥の机のに向かって椅子に腰かける一人の女性が、扉から部屋の中へと入るサミュエルを見つめていた。


「ようこそ、トワイライト魔導士育成機関学園へ。五賢聖第一席のサミュエル・レージスさん。私、当学園の理事長をしているコナタ・ウォーレンと言います」

「自己紹介はいらない、早く本題に入ってくれないか?」


 正直、サミュエルからしてみれば理事長の名ななど、どうでもいい事。そもそもサミュエルの実年齢からすればこの理事長すらも、子供の様なもの、一々見知らぬガキの名を聞く者は居まい。まぁその子供が困って居るなら別ではあるが、この若造には必要あるまい。


「仕方ありませんね。では早速本題に入らせてもらいますが、端的に言えばこの学園の臨時教師になってもらいたいのです。実は魔導実技担当の講師が一人欠員していますので、そこで」

「断る」


 サミュエルは理事長の話を遮り、理事長の提案に断りを入れる。そもそもサミュエルは今まで誰に対しても教えた事が無い、それは魔導とは関係なく、全ての事において教育らしい教育をした事が無い。それなのにいきなり臨時教師になれと言われても、それを承諾するのはほぼ不可能。ステラにも魔法魔術に関する事、つまりは魔導に関する事は何一つ教えていない。

 そもこの世界では血縁関係者、親や祖父母がその子供や孫に魔導の教えを説く事を禁じられている。自分の復讐心を子供に植え付けるのを抑制する為の規則だ。


「お早い返答ありがとうございます。ですがもう少し話を聞いてください。そもそも私が貴女に声を掛けた理由を知っていますか?」

「知らねど予想は可能。私が持っている称号の五賢聖は、魔導士を志す者なら誰でも知っている存在。その上で考えられるのは、まずこの学園の知名度上昇並びに生徒のレベル向上。そして魔導実技講師として私を学園に招き入れようとしている点から、他の講師陣のレベルアップも目的としている、この三つ。こう言った魔導士の卵を育てる学園の講師は警備員としての仕事もある。その警備員職でトップを務める講師は理事長のコナタ、貴方を覗けば魔導実技の講師になる。つまりはそう言う事だ。これでは私に得は無い、それに私は教えるのは得意じゃない」


 この目的からもサミュエルにメリットが全くない事が解る、それなのにわざわざ提案を呑んでやる道理は無い。

 今までにも多くの魔導士見習いがサミュエルに弟子入りを申請してきた、だがサミュエルはそのこと如くを断ってきた。ステラがまだ幼かったというのも理由ではあるが、そもサミュエルは実力を相手に見せつけるのは得意だが、誰かに教えを説くのは得意ではない。基本何でもできるサミュエルでも、自分が講師には向いていない事は理解している。


「大丈夫ですよ、魔導実技では基本的に講師は生徒に教えたい魔法魔術を見せればだけですし、それに貴女に対するメリットなら一つ用意してあります。貴女の、いえ、ステラさんのご両親がどこへ行ったのか知りたくは無いですか?」

「何、お前一体何を知っている!?」

「勘違いしないで下さいよ、私はあくまでお二人の行方を知っているだけで何もしてませんからね?それと、行方を教えるのは貴女が副担任を務めるクラスの魔導士が、祭りで優勝出来ればです」


 嘘はついていない、ということは常時発動型の魔法でサミュエルは理解していた。つまりこの者は本当に二人の行方を知っていると言う事になる。サミュエルには今すぐにで吐かせることも可能だ。

 だがまぁ暇を持て余していたのも事実。それにこの若造は私に講師を引き受けさせる為の交渉材料を、まだ幾つか隠し持っているだろう。このまま断り続けても良いが、いつかステラにも事実を教えてやる必要がある。この者の口からではなく、私の口から。それならと考え


「よかろう、その仕事受けてやる。その代わり、私がその条件を満たそうが満たさなかろうが、ステラにはあの二人の事は伝えない事。それが条件だ」

「分かりました、お約束します」


 そんな交渉?があり、サミュエルは今日からステラと一緒にトワイライト魔導士育成機関学園に通う事となった。そんな会話をⅠ-Cの担任、フロン・リティシアと話せる範囲で話している。彼女の担当科目は魔導基礎学、魔導士を志す者が最初に習うべき科目。基礎だからこそ重要で怠るべきでは無いが、彼女の話を聞く限り今の若人達は魔法が使えれば魔導士になれると勘違いしている者が多いようで、『魔導基礎学なんて地味』と切り捨てるものもいるらしい。


「お互い、大変ですね~」


 フロン先生が苦笑いでこちらを見る。その顔を見れば、この娘が短い講師人生でどれだけ苦労したかが見て取れる。だからこそ明るい笑顔で答えを返す。


「そうですね~でも、そんな子供達だからこそ教えがいがあるってものですよ」


 そうサミュエルが言い終えるのと同時にフロン先生が教室の扉を開く。すると中には多くの生徒が机を前に椅子に腰かけて座っている。そしてサミュエルには一人の生徒が目に留まる。その生徒とは『ステラ・レージス』サミュエルの孫娘だ。

 サミュエルは心の中でこう思う『あの若造やってくれたな』と。そもこの世界ではここの様な学園を除けば、師弟関係以外での魔導の教育は禁じられている。更に血縁関係者が師弟関係になる事も禁じられている。その為本来は血縁関係者が家族に魔導教育は出来ない。しかし、学園講師と生徒となれば別だ。こういう施設の体系は、学園が師で生徒たちが弟子と言う定義で成り立っている。講師個人が師ではない為、学園と言うシステムを利用すれば血縁関係者でも教える事ができる。

 ステラも直後、サミュエルに気が付き驚いた表情する。


「し・・・お、おばあ様!?」


 もう少しで私の事を師匠って呼びそうになっていたぞ。まぁ呼ばなかったから許そう。


「さてと、皆さん初めまして。今日からこのクラスの担任になりましたフロン・リティシアです。担当科目は魔導基礎学です。よろしくお願いします」


 フロン先生が生徒たちに丁寧な自己紹介をすると、サミュエルにはそれをまったく気にしない素振りをする男子生徒が何人か目に留まる。気分がいい物ではない。だが、無条件に危害を加えるわけにはいかない。


「私はこのクラスの副担任になった、サミュエル・レージス。担当科目は魔導実技だ。よろしく」


 先程のフロンの自己紹介は見向きもしなかった男子生徒が、サミュエルが魔導実技担当だと知った途端、教壇に視線を向ける。そしてサミュエルの容姿を見て口を開く。


「なんだよ、俺らと歳がさほど変わんねぇガキじゃないか。そんなやつが魔導実技の講師とか、この学園も地に落ちたのか?それに、担任の~・・・フロン先生だっけ?あんたも魔導基礎学って地味な科目だし」


 等と言って笑いだす。サミュエルは自分を馬鹿にされたことなんてどうでもいい。と思うタイプだが、マナー知らずで魔導の基礎を蔑ろにする輩を魔導士に育てる気でいる程お人好しでもない。魔導基礎学は今となっては蔑ろにされる事が多いが、その基礎が無ければ魔導士は魔法はおろか、その下位的存在である魔術すら操れない。それを忘れ、基礎など地味なだけで不要だと言う者が増えている。魔導基礎学の講師になる苦労も知らないで。

 魔導基礎学は知識として覚える事と身体に覚えさせることが、魔導教科の中でも一番多い。平和な日常が当たり前のあの異世界で教えていた教科で言えば、魔導基礎学は国数英理社、その全てを統合した物と言う事になる。その為、その講師になるにはその魔導基礎学のすべてを詳しく知っており、なおかつ生徒達に分かりやすく説明できるだけの語彙力を有する必要がある。どんな事でも直ぐに出来てしまうサミュエルでも、魔導基礎学の講師になるには数年かかるだろう。そんなフロンの努力を馬鹿にした態度がサミュエルは気にくわなかった。


「私の実力に疑念を抱く者、特に出席番号18番と24番、それから30番。これより私との実戦に近い形での模擬戦による実技試験を行う。今すぐグラウンドに出るように、無論他の君達もだ」


 サミュエルはフロンの自己紹介に耳を傾けなかった男子生徒を出席番号で名指しし、模擬戦闘を強要する。学園長からも多少の無理は無かったことにしてくれるというお墨付きをもらっている。




トワイライト魔導士育成機関学園グラウンド




「さて、一対一でも良いが、そうしたら君らじゃ私の相手にもならない。そうだな、私がドラゴンだとするなら君らは蟻だ。踏みつければ簡単に死んでしまう、だから少しでも勝率をあげてやる。三対一でかかってこい」

「クソが、舐めやがって。火精よ、火球となりて、我が敵を焼け」


 サミュエルの見え透いた挑発に三人はまんまと乗っかってくる。一人の男子生徒が呪文を唱え、右の掌をかざす。するとその手の前に紅い魔法陣が展開され、そこから一発の火球が飛び出す。

 下位の炎魔法。それに詠唱も遅いし短縮詠唱もしていない。まぁ入学初日のガキにしては魔法が使えるだけ有能と言ったところか。

 分析をしながらも私は相手の男子生徒とは逆の左の掌をかざす。その掌に男子生徒が放った火球が触れると勢いをそのままに男子生徒に向かって反射される。


「な!?」


 跳ね返った火球は男子生徒には当たらず、彼の顔の右側を通り過ぎ、後方にある遠距離魔法用の的に直撃し、消滅する。


「下級とはいえ魔法を使えるのは上場だろう。だが、詠唱は遅いわ短縮詠唱はしないわおまけに威力もクソ、それでよく粋がれたな」

「いったい何をしたんだ!!」

「何って?君の放った下級の炎魔法を君に返しただけだが?」

「だからどうやって!?」


 分らないのも無理はない、そもそもこの男子生徒は基礎中の基礎をないがしろにするような男だ。私の孫のステラならもう気が付いているだろう。私が何をしたのか


「どうやって?それはな、とある二つの魔術を組み合わせただけ。魔導士の勉強をすれば最初に習う魔術、『存在を消す魔術』と『存在を固着させる魔術』の二つを」


 本来この二つは『幻術』とも呼ばれ、魔導士が最初に学ぶ基礎中の基礎。では、その二つの魔術でどうやって下級とはいえ、上位互換である魔法を撃ち返したのか。それは簡単な応用で可能なのだ。

 まず、魔導学においても魔法の発動定義と言うのは『誰が』『何に・誰に』『何をするか』大まかに分けるとこうなる。つまりは『存在を消す魔術』で『何に・誰に』に指定されている部分を極限まで消し、今度は『存在を固着させる魔術』で跳ね返したい術者、今回の場合はこの男子生徒を固着させる。すると先程までの『彼が私に火球を当てる』と言う炎魔法の発動定義が『彼が彼自身に火球を当てる』に書き換わり、火球が私に触れた途端に踵を返し術者である彼に向かって跳ね返ったのだ。だが、この応用魔術は使える者が極端に少ない。今の魔導士が基礎をおろそかにしているから、と言うのもあるが。そもそも魔法の発動定義に関渉出来る者が少ないのが理由だ。

 この説明をこの場にいる全員にしたうえで彼らに謝罪を促す。


「さてと、これで分かったろ?基礎の大切さと私の実力が。分かったのならフロン先生に謝りなさい」

「フロン先生。さっきは舐めた口利いたり、舐めた態度取ってすいませんでした」


 三人の男子生徒は頭を深々と下げ、フロン・リティシアに謝罪をする。サミュエルには本心から言っていることは目に見えて明らかだったのでそれ以上追及はしなかった。それに彼女自身も『いつもの事だから』と気にしていない様子だったのもあるが。

 その後、サミュエルはいくつかの応用魔術や応用魔法を生徒達に見せて、学校初日の入学式後のホームルームは終了。ステラはそのまま家に帰し、サミュエルは少しの間学園に残る事にした。


「あ、あのサミュエル先生、先程はありがとうございました。私も魔導基礎学は極めているつもりですが、まさか基礎魔術にあんな使い方があったなんて知りませんでした」

「あぁ、あぁいった使い方はお勧めしませんよ。あれは本来の魔導士の道から外れた者の技ですから」


 そう、サミュエルは魔導士ではなく魔導師。魔を用いて他者を導くのが魔導士、その魔導士を更に導くのがサミュエルの役目。それが『死』を捨てた彼女の責務であり代償でもある。だが、その言葉を聞いたフロン・リティシアは不思議そうな顔をして、首をかしげるだけだった。

 そしてしばらくしてサミュエルも、瞬間移動を用いて帰宅し、ステラと今日会った事を色々と話せる範囲で話し合った。

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