ますさい!(仮)
シーラカンス
第一壊 始まりは突然に
突然だが俺はアヤヲ。高校生の妄想力者だ。通っているのはそこの孟宗高校だ。妄想力は便利で、この世の大抵あらゆる事を自分の思い通りにできる。勉強せずとも妄想力でそこそこの点数を取れば落第も目立ちもしない。皿洗いで手を濡らすことも、外見を他人に指摘されることもない。勿論総理大臣になることもできるが、俺はそんなの望まない。
今日は新年度の始まり。俺は二年になってしまった。妄想力を使って一瞬で終わった春休みの宿題と、多少の荷物を持って登校する。ジャージを着ていたって、テレビ集会だから問題ない。何か言われそうなら、妄想力を使って相手の目を誤魔化せばいい。ぼうっと歩いていればそのうち校門に着く。この季節だ、桜が咲いている。風に乗って散って行くのが桜の醍醐味らしいから、それらしく風でも吹かせようとしたがやめた。先に自分のクラスを確認しよう。
下駄箱に行くと、人だかりがあった。あそこか。俺は人間を透視し、クラス表を確認する。人だかりは面倒だからな。今年のクラスは二年五組か。担任は、これはまずいな。実にまずい。他のクラスも同じくらいにまずいのが唯一の救いだ。少しくぐもった音でチャイムが鳴った。そろそろ教室に行かなきゃな。俺は急いで下駄箱を探し、靴を無造作に突っ込み、二階へ上がる。
二階にある、二年五組の教室はやはり賑やかだった。去年は同じ、今は違うクラスの奴らが再会して、テンションがおかしくなっている。俺の席はそいつらの集団からは離れている、割と静かなところだ。少し落ち着いて、本でも読むか。しばらく本を読んでいると、真正面から声がした。
「そこの能力者、名を名乗るがいい」
活字を凝視したまま、俺は慌てて考える。もしかして俺の妄想力がバレてるのか? いいやそんな訳がない、俺の隠蔽は完璧だ。その上こいつとは初対面だ、聞いたことのない声だからな。俺は読んでいた君主論を閉じて、顔を上げる。初対面の奴との会話はまず観察から入るものだ。普通の制服を乱さず着ている。これは問題ない。つんつんとした赤い髪。本当に地毛か? 頭や手に巻いてある白い包帯。謎のださいポーズ。名状しがたい嫌な予感と共に、これではっきりした。こいつはただの、いや、重度の中二病患者なのだ! 関わられたが運の尽き。名前くらいは教えてやるか。
「アヤヲだ」
「そうか、お前は、そうか、我がメイトよ」
中二病患者はしきりに満足げに頷くが、さすがに意味がわからん。何か重大な脳内設定があるのだろうが、こいつの脳内を覗きたいとは思わない、面倒なだけだ。そいつが見るからに有頂天になって俺に話しかけようと息を吸い込んだ瞬間、ガラガラとドアが開く音がする。
「それではメイト、また後で会おう」
そいつは席に走って行く。助かった。会いたかねえが、あいつの席は俺の三つ左か。要注意人物として覚えておこう。
「ウエッヘンんっ」
教壇から非常に弱々しい咳払いがした。後ろの方の席では、よっぽど気を張っていないと聞こえない。
「えー、このクラスの担任となります、毛虫キライと申しますー、えー、僕の声は大きくありませんので、えー、皆さん静かにしていただけると嬉しいです、えー」
この学校、私立孟宗高等学校の中でも指折りの臆病さとつまらない授業に定評の化学教師が毛虫キライだ。顔面蒼白、痩せ体型、低血圧の三十路。メガネが余計に冴えない雰囲気を醸し出している。分かってはいたがこいつが担任か。
「えー、では、始業式ですので、えー、テレビのありがたい話を聞くように」
校庭に立っていなくていいとはいえ、聞きたくない話を聞かせられるのは問題だが、耳栓でもしていればよい。俺の髪は耳を隠せる長さがある。あとはテレビの方を向いて目を閉じれば完成だ。
朝礼は無事に終了した。毛虫キライは偉い人にはへつらうので常にテレビの方を向いていた。故に俺が寝ていることにも気がつかない。これはもしかして、いいやもしかしなくても楽しやすいクラスになるだろう。
「えー、今日はこれで終わりです。さようなら」
よし帰るぞ。俺は一番に席を立った。カバンを机の横から持ち上げて、
「我がメイト。待て。外には暗黒の空気が充満している」
カバンを勢いよく掴まれ、また引っかかってしまった。まさに運の尽き。関わらない方が有意義だからな、俺は帰るぞ。
「ふっ。俺がまだ名乗っていなかったな。紹介しよう」
そいつは自信満々に息を整えた。非常に嫌な予感がする。この手の予感に間違いはない。
「地球にあるありとあらゆる悪の組織を束ねる暗黒教団、ネメシスに立ち向かう勇敢な戦士。毒をもって毒を制す、それが俺の信条。そう、我の名は
かはつぬれん? いや、知らねえよ。座席の位置からして出席番号十五番、どれどれ、この漢字でカハツヌレンと読むのか。やりすぎだろ。しかも本名だ。どうせ横文字を並べた変な名前しか聞けないと思っていたからこれは驚きだ。
「お前を我がメイトと見込んでのことだ。頼みがある」
真剣な顔だが、戦士がいきなり頼みかよ。
「メイトの二個向こうの席に座っている人はどなただ」
右側に何があるというんだ。
俺は右を向いた瞬間、言葉を失った。でかい。あまりにでかい女が座っている。なんで俺はこいつに気がつかなかったんだ! 身長は軽く二メートル半はあろう、太さも相当なものだ。四人分のスペースを消費して一人で座っていやがる。もう一度思う、なんで俺はこんなことに気がつかなかったんだ?
「わからん、自分で調べろ」
「やはりメイトならそう言うか」
ヌレンはあの女の元に歩いていく。やめとけ。お前なら潰されるのがオチだ。ここで俺はあの女が不機嫌そうなことに気がついた。ますますやめとけ。中二病は本当に能力があるわけじゃない。絡まれたら勝てないぞ。
「そこの方、名をなんと言う」
ヌレンは堂々と、彼女を見上げて問う。何があってあんな事をするんだ、死ぬぞ。数メートル離れていても不機嫌さが伝わってくるというのに。
「リンドざます」
女の声はあまりに野太かった。西部劇のガンマンのような声だ。ドレスを着ていなければ女とはわからないだろう。というかなぜドレスを着ているんだ?ここは制服の指定がある学校だぞ?
「年齢は?」
バカかあいつ。潰されるぞ。
「十六ざます」
潰されてなくて内心ホッとした。あんなのにあいつが潰されたら後始末が大変だ。
「我は火髪寝れん、以後お見知り置きを」
「よろしくざます」
リンドから不機嫌さが消えて行く。まじか。あの二人、仲良くなってしまった。
「メイト! リンドだ! あいつはアヤヲ。俺のメイトだ」
おいおい、話を振るな。
「よろしくざます、アヤヲ」
「ああ、まあ」
学校ではずっと一人で過ごしてきたので新鮮だ。だがしかし、中二病患者と肉の塊が友人というのも、いかがなものか。俺は今確実に面倒ごとの泥沼に足を突っ込んだ。確実に戻れないところまで来てしまった。
「メイト! 共に帰宅せん」
「アヤヲ、帰るざます」
二人の純粋な目を見てしまった俺は諦めてこう言った。
「帰るか」
ますさい!(仮) シーラカンス @Coelacanthidae_
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