マイルール ユアルール

しゅりぐるま

マイルール ユアルール

 かな子の集中力はとっくに切れていた。目の前でシンジが何かわーわー言っているが全く頭に入ってこない。明朝のミーティング資料の骨子が自然と頭に浮かんでくる。ここまでイメージできているなら2時間もあれば作れるだろう。だがそろそろ始めないと寝る時間が無くなる。さて、こっちは何の話をしてたんだっけ。


 「俺は絶対ダブルって決めてるんだよ、お前買ってきた分どっかに持っていけよ」うん、そうだった。トイレットペーパーの話だった。いつもはダブルを買うかな子だが、この日は間違えてシングルを買ってしまったのだ。そのことをシンジに話したら突然怒り出したのだ。シンジがこんなにトイレットペーパーに拘りを持っていたなんて。知らなかったな。


 「わかったよ、ごめんね。まだ前のが残ってるし、明日にでも、買い直してくるよ」「あのブルーのメーカーのにしろよ、他のやつは巻があまいからすぐ無くなるんだ」


 そんなに言うなら買ってきてくれればいいのに。生活費担当は私だからという理由で、シンジはドラッグストアやスーパーでは絶対に財布を出さない。結婚してすぐに家計をどう回していくかをシンジに決めてもらったらこうなった。総合的には多く出してもらっているので問題はないのだが、シンジは私が財布を出す場面になると、あれもこれもとかごに入れてくる気がする。そんな小さなことが納得いかない。小さいやつだと思われたくないので口にしないが、もともと私は大雑把な方だ。シンジのケチな態度が私の心を小さくさせているような気がした。


 「お前また仕事すんの?俺はもう寝るわ」そう言ってシンジは寝室に行った。仕事が忙しいのは前からだ。それなのにシンジの転勤の都合で都心から離れた街に引っ越しした。その私にその言葉か。結婚ってなんなんだろう。


 シンジへの文句ならたくさんある。シンジは一人暮らしをしていたくせに、一緒に住みだしたら何もしなくなった。そればかりか、部屋を汚すのだ。洗濯物は洗濯かごに入っていないし、ゴミもゴミ箱に入っていない。それらを片付けるのは私だ。洗濯物かそうでないか仕分けするためにシンジに質問をするのだが、そんな時でさえ彼は面倒くさそうに答える。これはそもそも私がやるべきことなのだろうか。


 男は育てるものだ、女が世話を焼くから男は何もしなくなるのだ、そんな記事がインターネットの恋愛記事にたくさんのっているが果たして本当にそうなのか。私はシンジに世話を焼いた覚えはない。突如やらなくなったシンジに、最低限のことをしているだけだ。


 一度育てることにチャレンジしようと、ゴミ捨てをお願いしたことがある。その時に返ってきた言葉は「まとめてあんの?」だった。予想通りだった。ゴミ箱の中身をひとつにまとめて外に出すまでがゴミ捨ての仕事。シンジだって一緒に住む前はやっていたはずなのに、これだ。「まとめてあるよ」と返しながら、聞きたかった言葉は『まとめてくれてたんだ、ありがとう』だったのだと気がついた。


 シンジはトイレットペーパーがシングルかダブルか、そんな細かいことさえぶつけてくる。しかし、私はぶつけない。察してくれなどと思っているわけではないが、ぶつけることすら面倒くさいのだ。結婚するまで実家ぐらしだった私は、特にこだわりはもっていない。一人の生活が成り立っていないから、シンジのようにトイレットペーパーは絶対ダブルでメーカーも決めている、なんてことは全くない。


 でもそれとこれとは全く別問題な気がする。私はもっと大きな次元で、それこそよく聞く、価値観のレベルで、シンジに文句があるのだ。

 それをぶつけるべきなのか、諦めるべきなのか。

 べきで考えている時点で、私は2人の今後に全く希望を持っていないのだろう。自分のケチ臭さも、矛盾している価値観も恐れることなく押し付けてくるのがシンジのルールなら、何も言わずに少しずつ落胆していくのがきっと私のルールだ。


 心底冷え切った心でパソコンに向かうと仕事はすぐに終わった。かな子はそのままソファにもたれかかりながら、もうすぐ訪れるだろう2人の結末を思い安堵した。

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マイルール ユアルール しゅりぐるま @syuriguruma

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