日々の雑感
二輪ほむら
模試直前の悲喜劇
一月のある休日、午前十一時頃。私は机の前でこう呟いた。
「眠い…」
もうすぐ模試だというのに、勉強が進まなかった。普段ならば五分で出来る問題に八分はかかる。しかも眠くて続けられない。音楽を聴いても、全く捗らない。大体一、二曲で止める。読書はなんとか出来た。
食事の時以外は眠くて仕方がない。勉強していてもすぐに手が止まる。気が散ってネットの動画や机の上の本を眺める。ノルマをこなせずストレスが溜まり、余計に集中出来なくなる。参考書だけはかろうじて読めるが、問題集は進まない。二週間以上そんな状態が続いていた。
その日も、集中出来ずにネットの動画を見始めた。その動画は、ある人がヘヴィメタルに関するテーマについて話す生放送のアーカイブだった。パーソナリティの本業は、インディーズバンドのリーダーだそうだ。
その時見た動画のテーマは、デスメタルだった。デスメタルについては何も知らず、何となく選んだ。当時も今もメタリカより激しい曲は殆ど聴かない。
番組は楽しげな雰囲気だった。関西弁の軽妙な語り口が面白かった。生放送のコメントに対する返答もしていた。そのサイトの生放送では、ログインして同時に視聴していると、その時に書いたコメントが配信者に読まれるようになっている。
そのコメントの中に、有名な―ただしデスメタルではない―バンドのアルバムについてのものがあった。内容は、「ある一曲を聴いたら消す」というものだった。
パーソナリティは、それを読み上げた。その後の発言によると、バンドメンバーの一人もその曲を聴いたら消してCDを抜くらしい。そのことに触れた後、少し笑いながらこう言った。
「全部聴け!」
その後は、アルバムの聴き方についてしばらく語っていた。彼がギターを学んだ人物から聞いた話らしい。大体の内容はこうだ。
「アルバムは全部聴かなければならない。アルバムには流れがある。CDはスキップ出来るからあまり意識しなくなったが、レコードの時代は必ず通して聴いていた。その時代の音楽鑑賞は神聖なもので、部屋を暗くして正座して聴いていた」
彼のバンドでも、アルバムの曲順や曲間にある無音の時間にまでこだわってレコーディングするらしい。
その話を聞いて、私は驚いた。アルバムを通して聴くことは多くなかった。流れなど考えたこともなかった。
その夜、クリスマスプレゼントに貰ったキング・クリムゾンの「レッド」を通して聴くことにした。曲数は少ないが、一曲が長いために通して聴く暇がなかった。その日は少し夜更かしすることにした。
イヤホンをタブレット端末に取り付け、耳にはめた。そして、アルバムを再生した。
それまでは、「格好良い曲の入ったアルバム」というだけの認識だったが、アルバム全体を聴いたことで、畏敬の念すら覚える程の感動と驚きを感じた。音楽はここまで人を感動させることが出来るのか、と思った。その感動は、全力で体を動かした後の爽快感にも似ていた。
その日は、いつもよりよく眠れた。
翌日から、少し勉強に集中出来るようになった。
ほぼ一年分の範囲から出題される模試が三教科もあるのだから、時間が足りないことは明らかだったが。
模試は国語以外散々な結果に終わった。どうやら空き時間に古典や漢文の参考書を読んだのは効果があったようだ。逆に言えば、それ以外は失敗ということだが。
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