嘘つき平田くんとツンデレあっちゃん
奏 舞音
嘘つき平田くんとツンデレあっちゃん
ガタンゴトンと電車が揺れる。
田舎だから、ぎゅうぎゅうの満員電車ってほどじゃないけれど、やっぱり朝の通勤通学ラッシュは存在する訳で。
座る席を見つけられずに、
(はぁ……今日はちょっと出遅れちゃったなぁ)
目的地である瀬川第一高校まで、あと四十分はかかる。制服が可愛いからと自宅から遠い高校を受けるんじゃなかった。
誰かが降りる隙を見て、素早く動かなければならない。
停車駅が近づくに連れて、そわそわと荷物をまとめ始めているサラリーマンに目をつけ、歩美はじっと待つ。
しかし、サラリーマンの方角にドア付近で立つ男子高校生が視界に入り、目をそらせなくなった。
(もしかして、平田くん?)
長い前髪が眼鏡にかかっているのも気にせず、彼は文庫本を片手に立っていた。
歩美は、平田くんとは話したことはないが、その存在は以前から知っている。
親友のまきちゃん、
歩美は、校内一の美少女と騒がれていた。下心丸出しの男子ばかりが近づいてくるので、基本的に無視していた。それに、歩美が男子に声をかけるだけで変な噂が立つものだから、男子と関わること自体が面倒だった。
だから、平田くんのことは気になっていても、彼への迷惑になることがわかっていたから、本人に会いに行くことも、自分から話しかけることもしたことがない。
でも、今は電車内。
軽く周囲を見回しても、同じ車両には平田くん以外に瀬川第一の生徒はいない様子。
今がチャンスかもしれない。
「ねぇ……平田くん、だよね?」
――この日から、歩美と平田くんの不思議な交流が始まったのだ。
☆
「あっちゃん、おっはよーっ!」
元気な声で、まきちゃんがいつものように私に抱きついてくる。体育会系のまきちゃんは、かなり引き締まった体つきをしているので、この抱擁がちょっと苦しかったりする。男の子に見えるぐらいのベリーショートの髪が所々はねていて、歩美の首をくすぐった。
「おはよう、まきちゃん」
どうどう、と宥めるようにまきちゃんの背を撫でながら、歩美は親友に本日の特大ニュースを告げる。
「今日ね、平田くんと初めて話したよ」
「え、まじで? どうだった?」
にやり、とまきちゃんが悪い顔をする。
「うん、まきちゃんの言ってた通りの人だった。面白いねぇ、平田くんって」
「あれのどこが面白いんだか。あっちゃん、こんなに美少女なのに、男見る目ないなんて残念だ〜」
ぐりぐりぐり、とまきちゃんは私の頬をついてくる。
染めた訳ではないのに茶色がかった柔らかな長い髪、大きな茶色の瞳に、もちもちの白い肌。産んでくれた母には毎度感謝してもしきれない容姿だなという自覚はあった。
だから、それを理由に女子から妬まれたり、男子からからかい混じりの告白をされたりすることは、仕方のないことかもしれない。
まぁその全てを無視し続けているから“氷の美少女”なんて呼ばれるようになってしまったのだけれど。
「別に、平田くんはそういうのじゃないし、学校では話しかけないでって言ってるし」
「え、なんで?」
「そういう目で見られたくないからです」
「さすが“氷の美少女”」
「“豪速球のまき”に言われたくありません!」
二人で、顔を合わせて噴き出した。
ソフトボール部でピッチャーをしているまきちゃんは、それはもうすごい実力で、男子さえも一目置く存在なのだ。
そんなまきちゃんと私は、中学の頃からの大親友。何がきっかけって、出席番号が続きだったから、という単純なものだった。羽野と日野で苗字も似ているし。
「それで、美少女に声かけられて平田くんはどんな感じだった訳?」
「それがね、自分に話しかけられてるって思ってなくて、数分ぐらい無言で本読んでた。私、平田くんの名前呼んでたのに」
「あ~、あいつらしいね」
「でも、ちゃんと私に気づいてくれたよ。いつもまきちゃんと一緒にいる人ですよねって」
「何それ! あたしがどれだけあっちゃんの話をみんなに自慢してるか……それなのに、一緒にいる人ってか」
がっくし、とうなだれているまきちゃんに、歩美は苦笑を漏らす。自分のことを美少女だという目で見ずに、深入りもしてこない。
それぐらいの距離感が新鮮で、落ち着いたのだ。
また、会えるだろうか。学校ではなく、電車の中で。
彼と一緒にいられるのは通学の四十分間だけ――そう、歩美は決めていた。
★
今日も、同じ車両に彼はいた。
「おはよう、平田くん。今日は何を読んでるの?」
「……あっちゃん、おはよ。最近ハマってる作家さんの新刊」
進歩だ。平田くんが、歩美のことを無理矢理ではなく自然に「あっちゃん」と呼んでくれた。
初めて声をかけたあの日から、歩美は平田くんに話しかけ続けた。前髪から覗く平田くんの顔がちょっと引いていたとしても。
そのかいあってか、平田くんは私のことを友人として見始めてくれたようだ。歩美は平田くんの手の中にある文庫本をひょいっと奪い、タイトルを見る。
「『惑星の彼方で、もう一度』、何だかロマンチックだね。どんな話なの?」
「惑星が舞台の小説で、主人公はたった独りぼっちで滅びかけの惑星を守ろうとしていて、それを邪魔する他の惑星の奴らとか、宇宙災害とか、色々あるんだけど、自分がどれだけボロボロになっても、その惑星を守り続けるんだ」
「それは、どうして? 普通、もういいやって、他の惑星に移ってもよさそうなのに」
「主人公には大切な人がいたんだ。その惑星で再会を誓った恋人が」
「それは応援したくなる! それで、恋人とは再会できるの?」
「さあね。だって、まだ読んでる途中だから。気になるなら、あっちゃんも読んでみればいいよ」
「平田くんの意地悪。私が活字嫌いだって知ってるでしょ?」
「うん。まきちゃんから聞いてる」
くすっと、平田くんが小さく笑った。不意打ちだ。普段淡々としている平田くんが笑うだけで、ものすごく貴重なものを見た気になるのだ。そして、もれなく歩美の顔は熱くなる。
こんな気持ち、平田くんに会うまで知らなかった。
「……あ、そろそろだ。じゃあね、あっちゃん」
瀬川一高校の最寄り駅が近づくと、平田くんは律儀に別の車両へと移る。そうして、赤の他人のように知らん顔で通り過ぎるのだ。
さっきまで、平田くんと仲良く話していたのに。
――学校では話しかけないでね。
どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。
学校でも一緒に話したい。
そのたった一言が、まだ言えない。
(私、いつの間にこんなに平田くんのこと……)
平田くんが読んでいる本の話をたくさん聞いて、普段は読まない小説に興味を持って。大好きな漫画を彼に薦めて、なぜか原作版の小説を読んで感想を話してくれたこととか。通学の四十分の限られた時間に何を話すのか、いっぱい考えて。
普段の歩美としては考えられない行動を始めた時から、恋に落ちていたのかもしれない。
その日の放課後。
美術部が終わって、歩美は一人駅まで歩く。トボトボと、憂鬱な気持ちで。
朝は、平田くんに会えるからウキウキで駅に向かうが、帰りは違う。平田くんはいないのだ。
「よかった、あっちゃんに会えた」
うつむいていた顔を上げると、平田くんがいた。
「ちょっと忘れ物があって」
「じゃあ、一緒に帰れるの?」
「うん」
今日はなんて良い日だろう。行きも帰りも平田くんと一緒だ。歩美はにっこりと微笑んだ。
「あの物語の主人公はね、結局恋人に再会する前に力尽きてしまうんだ。でも、恋人が流した涙で、死んでいたはずの惑星に花が咲くんだよ」
「なんだか、切ないけど素敵な話だね」
「あっちゃんも、僕がいなくなったら惑星に花を咲かせるくらい泣いてくれる?」
「そりゃ泣くよ」
「嬉しいな。僕は、あっちゃんが大好きだから」
付け足されたその一言に、歩美の心臓がはねた。
「え?」
「これが、僕の忘れ物。あっちゃんに、ちゃんと好きだって言いたかった」
「あ、ありがとう」
嬉しくて、舞い上がりそうだ。だから、気づけなかった。その言葉の真意に。
次の日。まきちゃんから泣きながら電話があった。
平田くんが昨日の帰り道、交通事故に遭ったって。
歩美が平田くんと過ごしたはずの夕方、平田くんは意識不明の重体で、とうてい歩美の元へ行くことはできなかっただろうこと。
それでも、歩美は平田くんと会って、話をしたのだ。好きだ、と言ってくれた。あれは絶対に、平田くんだった。
それなのに、どうしてもう彼に会えないのだろう。
「これ、実は平田くんが書いた小説なんだって。主人公、なんだかあっちゃんに似てるね」
まきちゃんに手渡されたのは、『惑星の彼方で、もう一度』だった。
「あとがき、読んでみて」
促されるままに、歩美は最後のページをめくる。
そこには、大切な時間として、”通学中に好きな子と過ごすとき”と書いていた。
この作品の刊行日は、ちょうど歩美が平田くんに気づいた頃。その時すでに、平田くんは歩美のことを好きでいてくれたのだ。それなのに、あんな不思議な距離感を保っていた。
「平田くん、本当にあっちゃんのこと好きだったんだね」
普通の反応をする男子では、歩美の興味を惹くことはできないと考えたのだろう。
はじめから、歩美は平田くんの掌で踊らされていたらしい。それでも、歩美は楽しかった。
「うっ、うぅう、平田くんの嘘つきっ!」
泣き崩れる歩美に、あたたかな手が差し伸べられた。
「あっちゃん、本当に惑星に花を咲かせそうだね」
松葉杖をついた、平田くんがそこにいた。
「面会謝絶でずっと連絡できなくてごめんね」
「平田くんが無事だったら私はそれでいい!」
「僕たちは、ちゃんと再会できたね」
「ばか! 大好きだよ」
一時は生死をさ迷った平田くんが命をつなぎとめたのは、大好きな子の涙を受け止めたいと本気で願ったからだとか。
嘘つき平田くんとツンデレあっちゃん 奏 舞音 @kanade_maine
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