第2話「地獄の門をくぐる」
「よう、坊主、残念だったな、お前は二度とこっちの世界には戻ってこれねぇが、まあ元気でやれよ住めば都っていうしな」
先ほど少年を拘束し連行した男が、そういいながら少年を車から降ろした。少年の目に映るのは、延々と広がる川の土手と、そして利根川にかかる大きな橋、橋の先にあるとても大きな物々しい鉄製の門である。
「ここが茨城なんですか、ほんとうに何もない……」
降りた場所では土埃が舞い、今少年がいる場所の殺風景さを強調した。あたりに人気はもちろんない。
「いや、まだここはイバラキじゃねぇ、坊主は自分の力で歩いてあの門をくぐるんだ、橋を渡ってトネガワを越えればそこからがイバラキだ」
茨城県と埼玉、千葉の県境の多くは利根川が利用され、それによって分けられていた。
その中で五霞町は、利根川の外側にある茨城県であったが、この度、五霞はその特殊な地形から緩衝地帯としての存在を許されて「イバラキ」ではなくなった。
五霞町民の念願がかなったともいえるが、残念ながら埼玉に編入したわけではなく、どこの県にも属さない特別区となっただけである。
「おじさん、僕はむしろイバラキが楽しみなんだ」
小山少年は決して自虐ではなく、そういった。
「……それは助かる、もし坊主があのゲートに向かう橋の途中で、道をそれたり、戻ってくるようなら、俺は坊主を撃たなきゃいけないんだよ」
「……じゃあ、すくなくとも今回はおじさんは人殺しにならなくて済むよ」
「ふふっ、おもしれえことを言うガキだな、じゃあもう行きな。日の高いうちに町があるとこまでたどり着いた方がいい、あそこにはまともな街灯もないからな」
「ありがとう、おじさん、じゃあ僕はもう行くよ」
小山少年は武装した男にさよならを言うと、振り返ることもせずに黙々と橋を渡っていく。その様子はむしろ嬉々としているようでもあった。
小山少年が門の下にたどり着くと、大型トラックが一台通れそうなその大きな門があったがそこはあく様子はない。代わりに隅にあった小さなドアから少し光が差し込んだ。見れば隙間がある、自動ドアなのだろうか、周囲に人は見当たらない。
ふと来た道を振り返ると、先ほど載ってきた車の周辺に、武装した軍人が5人こちらに銃を構えて待機していた。
これはドアがあいたときに、中から脱走者が出てきたときの対抗手段なのであろう。
「そんなに脱走されるのが嫌ならば、あんな遠くから見はらないで門から見はればいいのに」そう思いながら、小山少年は開きかけているドアを押して入った。
「よっ、新人、天国へようこそ」
入った瞬間、そう声をかけられた。扉は自動ドアではなく、声をかけた人間によるものだった。目の前には中高生ぐらいなのだろうか、相当に若そうな金髪ツーブロックの男がいた。
「あいつら、イバラキに近づくのも嫌だから、あんな遠くから見はってここまでこねぇんだ。それじゃあここへの入り方がわからねぇだろうから、俺ら中の人間が扉を開けて新人を招くことにしてるんだよ」
「……あのあなたは?」
「俺は竜聖だ、
そう言って、青年は手を差し出した。
「あの、小山大吾です、よろしくお願いします」
少年は笑顔で手を握り握手を交わした。
「なんだ、変わったやつだな、普通この挨拶を嫌がるんだぜ最初は、手が納豆臭くなるからいやだとか言ってな」
「……楽しみだったんです、ここに来るのが」
「ふうん、そりゃあいよいよ変なガキだな、ついてきな、車で街まで案内するぜ」
そう言って、大和を名乗る青年は親指で自分の後ろにある車を指した。
大和の運転する車に乗って旧国道らしい太い道を走っていく。
周囲には廃墟となったコンビニやガソリンスタンドなのが目についた。自分たち以外には走っている車はなく、走る道路も整備がされていないため、時折ガタついて車内が揺れた。
「この辺の、コンビニとかはな流通が途絶えているから、全部潰れてるんだよ、まあこの辺に用があるのは、大吾みたいに新しく来たやつだけだし」
きょろきょろと周りを見渡す不安そうな小山を見て、大和はそう声をかける。
小山はそれを聞いて一番気になったことを聞いた。
「あのぅ、運転していいんですか?」
「ん、ああ、ここには法律なんてものはないからな、小山だって運転していいんだぜ、オートマの運転なんて誰でもできるからな」
「……そ、それはすごいですね。日本ではもはや自動運転に頼るばかりで、僕だって運転免許を持つつもりはなかったのに」
「ここでは飲酒運転だってありだ、まあ泥酔してまで運転する奴なんていねぇけどな。俺らの中では、飲酒運転で事故を起こした奴は即死刑だ」
「死刑……? 法律なんてないって聞きましたけど」
「法律はない、ただルールはある。人の迷惑になったり、義理を欠いたりしちゃいけねぇってそれだけさ」
「へぇ」
そんな話をしていると車は少しにぎやかなところへと進んできた。自分たち以外にも走る車が見受けられるようになり、街路を歩く人や、開いている商店も目に移った。
そうしてしばらく車を走らせていると、どこかの敷地に入り、そのまま停車した。
「ついたぜ」
「……ここは学校ですか」
「おう、はじめてくるやつはここに連れてくることになってるんだ。12歳なんて何もできねぇからな、まずは教育を受けてもらわなきゃいけねぇ」
「なんだ、イバラキに来てせっかく学校から逃れられると思ったのに」
「……まあイバラキに来るくらいだ、学校なんか好きじゃねぇよな。まあでも安心しろよ、そんなつまんねぇ教育はしねぇからさ、生きていくのに必要なことだけを教えるのさ」
「生きていくのに必要な?」
「ああ、ここでは学校にいる間の3年間の生活は保障されてる。それ以降は自力で稼いで生きていかなきゃいけねぇ、野垂れじのうが面倒見てくれる奴はだれもいねぇ」
「そ、それはきびしいですね」
「なんだ、もっと無法地帯だって習ってたんじゃないのか」
「それはそうですけど、……うんと大和さんは何の仕事をされてるんですか」
「ここだよ」
「ここ?」
「学校だ、だからまあおれは先生なんだ、今日から大吾の担任になる」
「ええっ、先生? そんな若さで……その大丈夫なんですか?」
「失礼な奴だな、他にも3人の生徒を見てるんだぞ」
「少なくないですか、それ」
「俺はここでの生き方を教えていくんだぜ、むしろ多い位だよ」
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