「逆襲の茨城 完全版」

ハイロック

第1話「人はそこを地獄と呼ぶ」

「そんな、ばかな、何かの間違いです。うちの子がイバラキ行きだなんて!何かの間違いです」

 スワットのような恰好の特殊装備をつけた男たちに、わが子を連れて行かれそうになっている母と思われし女が、必死に抵抗し叫ぶ。


「残念ながら、彼のポイントは規定をわずかですが上回ってしまいました。ご家族とともに過ごすことはできません」

 男は冷静に説明しながら、ぺらっとした1枚の紙をその母親に提示する。

「うちの子が何をしたっていうんですか?」

「宿題の未提出が5回、未成年禁止の雑誌を入手したことが3回、異性に正当な理由なくふれたことが5回ありました。そのほか、授業中の私語の累計などで、規定ポイントに達しています」

「……でもそんなことで……犯罪を犯したわけでもないのに」

「お母さん、何を言ってるんですか? 十分に犯罪予備軍です。我々と同じ場所にいてもらうわけにはいかない、お母さんだってこの法律ができた時に納得していたのでしょう。我が子だけは違うなんてことは通りませんよ」


「でも、そんな、あのイバラキ地獄になんて、あまりにひどいわ……」

母は、男の腕をつかみ、声にならない声で泣く。

こうなってはもうどうにもならない、分かっていても今後の我が子の不憫さを思うとやりきれなかった。


「……お母さん安心してください、息子さんは地獄に行くわけではないのです。息子さんにとって過ごしやすい環境に行くだけなのですよ。その方がみんなのためなのです」

「……でもそれでも、イバラキなんて無法者しかいないのよ」

「お母さん、大丈夫だよ。僕は全然イバラキ怖くない。地獄だってみんな言うけど、僕にとっては天国みたいに思えるよ」

 意外にも、連行されそうになっているとうの男の子は落ち着きはらっており、笑顔であった。本当に今からテーマパークにでも行って来るといわんばかりであった。



 少子化傾向に歯止めがかからなかった日本は、2025年から本格的な外国人の移民政策をスタートさせた。それにより多くの外国人が日本を訪れ、そして国籍を取得して、日本人として生活するようになった。

 労働問題は解決し、増えた人口により需要が喚起し、経済も活性化し、2030年からは第3の高度経済成長がはじまり、日本は再び世界の経済の中心に返り咲いた。

 一方で同時に犯罪率の増加が社会問題となった、それは意図的なものも多かったが、モラルや常識の違いで意図せず犯罪を犯すものが多くなり、もはや従来の警察や法律、そして教育では対応できなくなっていった。

 すべての犯罪者をさばいていては、国中が刑務所になってしまう。


 そこで作り出された法律が、『小学教育課程における居住区特別選定法およびそれに関わるすべての制度設計の一般法』というまあ日本特有のわからない名称の法案である。通称「小学選定法」であった。

 教育者や専門家の意見で、結局のところその人物が犯罪を犯すかどうかは思春期までの過程ですべて決まっており、小学生のときにルールを守れないものはすべて危険因子であると提言された。

 

 それによって子どもの小学校生活ははすべて監視され、いくつかのルール違反があると違法ポイントが累積されるようになった。そして卒業までに一定ポイントを超えてしまうと、中学校入学と同時に、『違反者罰則者らの忌避特別区』略して「イバラキ」に居住区を移すこととなるのだ。


 そして、先ほど連行された男の子、小山大吾おやまだいごは新たにイバラキの住民として、今、一般地区とイバラキの緩衝かんしょう地帯である五霞ごか特別区に連れてこられたのだった。


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