十六夜堂奇譚

将月真琴

第1話 ノート

十月七日(水)

──十六夜堂、でしたよね?聞きたい話というのは。ええはい、行ったことありますよ。

……場所ですか。えっと……。あれは何年前だったかなぁ……?確か、旅先で見つけたんですよ。うん、そうだったそうだった。あの日はとても気持ちよく晴れていたな。……ああ、でもどこに旅行したのかは忘れてしまいました。すみません……。

……どんな店だったか、ですか。こぢんまりした店ですよ。ええ。路地の裏にあったものですから、ちょっと薄暗かったのですが。

……………誰がいたか、ですか。また妙なことを聞くんですね。いや、取材なんだから聞いて当然か。ええと……。そうだ、若い男が一人でやっていました。いや、あのときは驚きましたよ。closedという札は出てないから開いているとは思ってたのですけれど、気配なくスッ、と現れたもんですから腰が抜けるかと思いましたよ。品揃え……は至って普通の雑貨屋というか、割と雑多に何でも置いてあるというか。

……何を買ったのか、ですか?ええ、持ってきましたとも。ええと……ああ、これだこれだ。このノートを買ったんです。どうです、片手を挙げているサルの絵がいい味出してますよね。

ああ、このノートは店員曰く、「書いた願いを叶えるノート」だそうで。ま、最初は与太話だろうと思っていましたが、これがどうも本物らしいんですよ。ほら、このページ、『彼女が欲しい』なんて、何を書いているんでしょうね、私は。

でもすぐに叶ったんですよ。それが今の家内でして。

偶然?あはは、そりゃこれだけ見ればそうでしょうよ!ほら、他にもいろいろ書いているでしょう?それら全部叶っているんです。私は恐ろしくなって今じゃ殆ど使っていませんよ。

え、ああその願いは……。お恥ずかしい、私も人間ですから、人を恨むこともあります。酒に酔った勢いで書いてしまったんです。すぐに消そうとしましたよ。鉛筆で書いたんですし、すぐに消えるだろう、って。でもねぇ、不思議なことにこれが消えないんです。その人、これを書いたすぐ後に病気になって亡くなったんです。

偶然……なのかもしれませんが、あんなことはもうこりごりですね。ええ、はい。もう二度と使う気にはならないでしょうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る