踏み切り
鈴野前
踏み切りを越えるには
この世の中には、どうしても越えられない踏み切りのバーの様な物が沢山ある。
越えようと思えば、越えられるが、越えた先にあるのは死。
だから、私達は踏み切りのバーが上がって、安全が確認できてから、歩を進める。
つまり、安全が確保できなければ、誰もが歩むことなく、ただ理想を夢見て停滞し続けるということ、もしバーを越えようものなら危ないと注意を受けるか、叱られる。
万が一にも、渡りきれたとしても後ろ指を指される事は間違いない。
「加那、どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
だから、誰もが停滞していると自らに言い聞かせる事で、私は日々を送っている。
けれども、寧はどうなんだろう。
この踏み切りを渡りきれないと、私達はいずれ離れ離れになる。
関係が自然に消滅するからだ。
「寧」
「どうしたの、加那? あ、ポップコーン買ってく?」
ふと、映画の前に聞いてどうするのか?
と、疑問が生まれた。このまま聞いてどうする? もし、喧嘩になろうものなら、あと数時間隣同士で、気まずい映画鑑賞をすることになる。
「うん買う」
私は寧に頼りきりで、寧が私を捨てたなら私は、何かをなす術もない。
楽しそうにする寧の顔を目蓋の裏に焼き付ける。
「まーた加那は……私の顔を見て楽しい?」
「うん。元気になれるから」
「私の加那はなんて可愛いんだ!」
ギュッとハグされる。こうされると、私の中の不安が見透かされていて、寧の温かさで溶かされていくようで、安心する。
「寧、もしかするとだけどさ? 私達だけかな?」
「かもね、開校記念日だから、私達は休みだけど、世間的には普通に平日だし」
それなりに広い座席の中央に私と寧が座っている。
こんな風に、世界に私と寧だけだったなら、見えないけれど、強固に作り上げられた他人の価値観によるルールなんて、考えなくていい。
踏み切りはバーが下がってきたら危険だ。というのも多くの他人がいるからこそ、危険な行為に成り得るのであって、二人しかいない世界ならそもそも、電車は通らないのだからら踏み切りのバーを越えようと、誰にも迷惑を掛けないし、命の危機もない。
「この世界に私達二人だけだったなら良かったのにな」
「加那、そしたら私達。このポップコーンも食べられないし、映画も見れないよ」
そうじゃない。だけども、まあいいかな。
「映画楽しかった?」
「まあまあ。加那は?」
うーん?
「まあまあだね」
「でしょ? やっぱり、映画デートはお互いに好きな映画じゃないと楽しくないよ」
「私は寧が楽しければ良いけど」
「それじゃあ、私は楽しくなくなっちゃう!」
「そういうもの?」
「そ、そういうもの。私達は二人で楽しくなきゃ」
それは中々難しそう。
でも、いいな。
*****
加那は優しいけれど、少し抜けてるところがあって、そこが可愛い。
なんというか、愛玩動物? のような可愛さがあって、私はとても好き。
けれど、悩んでることを一人で抱え込む癖がある。なんで、悩んでいるかは教えてくれないから、私はストレス解消になればと外に連れ出す事しかできない。
まあ、邪魔になってるかもしれないけれど。
エンドロールが流れ出したけれど、加那は動かない。
「加那は私といるの楽しい?」
「うん。寧となら何でも楽しいよ? どうしたの?」
「映画の途中のがどうしてもね」
――LGBTに人権を! と、訴えている団体の代表がいたとして、実はそんな事を考えていない。
実際には自分が弱者の為に身を呈している自分が格好いいと思っているだけだ。
お前もそうだろ?――
という台詞があり、私達の味方のようなフリをしている人が、身近に現れる。若しくはいる。なんて考えると、少し怖くなった。
いや……
「でも、皆そんなものじゃない? ルールを守る正義。ルールに縛られ、自由の無い人達の救世主のように振る舞って人望を得る。どちらで快感を得るか、そんな人は沢山いる」
「そう……」
「でもね? 人は人で、私は私。私達は私達なんだよ、他人なんてどうでもいい。というのが私の結論」
私達は私達。
「そうだね、他人に何を言われても今この時は私達だけのものだもの」
恥ずかしいことを言ってしまったけれど、まだ薄暗いシアター内では私の顔の色は分からないだろう。
「だからね、私は寧となら踏み切りも渡れるよ」
どういう事? と、聞こうとしたら唇に柔らかい感触がした。
踏み切り 鈴野前 @suzunomaehasakukusiro
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