涙を彩る私たち

@NARS

第1話


 

今日は友達の京子きょうこと映画を見にきていた。平日なので、映画館は閑散としていて、静かだった。空いている席に二人で座り、映画の上映をワクワクしながら待った。

その映画を見終えると京子は涙を浮かべてこう言ってきた。

 

「ねぇいまの映画すごいよかったよねぇ⁉︎」 


「うん、良かったとは思うけど。ねぇ京子、泣く要素あった?」

 

そう、この映画、別に涙を誘うような悲しい要素は一切ない。これは、どんなことにも負けない。諦めなければ、なんとかなるといった情熱的な熱さや教訓を教えてくれる映画だと私は思う。客観的に見てもそうではないだろうか。

 

「なに言ってんの!これは嬉し涙だよ。香澄かすみ


「嬉し涙?」

 

聞き覚えがないのか、私にとって理解が乏しい単語だったのか、その言葉はえらく反響した。


「そうだよ。これはこんな素晴らしい作品に会えて良かったと思って、嬉しくて泣いてるの」

   

嬉しくて泣く?。やっぱり私には意味が分からなかった。私は当然と疑問を口にした。

 

「ねぇ京子、どうして嬉しくて泣くの?。涙ってのは悲しいときに流すものじゃないの?」

 

「いやそうじゃないんだよ。うーん。なんて言えばいいか」

 

 京子は腕を組んで考えていた。私は彼女の口が開かれるのを心踊る気持ちで待った。また京子から知らない世界が知れると思って。

 

「じゃあ香澄、どうして涙は透明だと思う?」

 

「えっ、どうしてって」

 

 ごく当然の事実を問われ、私は考える。しかし当然だからこそ、そうだからとしか考えられなかった。

 

「私には分からない。どうしてなの?」

 

「これはあたしの考えなんだけどね、涙が透明なのは、一番表したい感情を表すためなんじゃないかなって。まずそもそも泣くという行為自体、悲しい時限定じゃない。嬉しい時、辛い時、怒ってる時も流れる。その人がその瞬間に一番放ちたい感情が涙として流れる。そして涙は色を持つ。」 


「色?」


「そう、色。悲しい色、嬉しい色、楽しい色、憤ろしい色。涙に色がないからこそ、私たちが伝えたい感情の色を涙に乗せることができる」


「そうなのかな。私が泣いてる人を見て、可哀想とか辛そうとか思うのは、その涙に悲しい色がのってるから。京子の涙は楽しい色をもってるから、私はそういう気持ちを抱かなかったかな」

 

「そういうこと。涙の色はあたしたちが作ってるんだよーなんて、こんな痛いこと、まじめに聞いてくれるの香澄だけだよ」

 

「私、京子のそういうこと聞くの、好きだから」

 

 京子はな、なに言ってんのとそっぽを向いてしまった。そんな京子に当たり前で大切な言葉を投げかけた。


「ありがとう」


自然と涙が溢れてくる。たぶんこれは誰が見ても嬉しい色の涙だ。 

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