獣人の郷に着きました

 翌朝は早めに天幕を引き払い、移動を再開することにした。

 俺の操縦する疾風丸を中心として、右に叔父で左にリィズさんという編成自体は昨日までと変わらない。

 しかし、今日は昨日と違い、疾風丸に同乗するリオちゃんの上に、さらにたまごろーが追加されていた。


(まったく、この速度にどうやって付いてきたんだか)


 また例のごとく、ごろごろと転がって付いてきたのだろうか。


 たまごろーは昨晩のおかずの1品になることこそ避けられたが、リオちゃんにいたく気に入られてしまい、今では再び卵の殻に引きこもって大人しくしている。


 もっとも『気に入られた』というのが、じーっと猫が獲物を見つめるような視線だったので、どういう意味合いなのかは微妙だった。

 身の危険を感じ取って卵に避難したたまごろーは、ある意味賢明と言えるかもしれない。


 リオちゃんは疾風丸のシートの、俺の股の間に収まり、先ほどから熱心にたまごろーの殻に噛り付いているところだ。


 走行中にリオちゃんにあまりはしゃがれるのも危ないので、これはこれでたまごろーが安全に一役買っているだろう。

 ただ、たまごろー自身は安全が保証されていないどころか、今まさに危機に直面しており災難なだけなのかもしれないが、それはひとまず置いておく。


 そうして、3時間ほども行程を進めると、やがて前方に大きく広がる森が見えてきた。


 森といっても、北風エルフの郷の『北妖精の森林』のような樹海ではなく、木の密度としてはさほどでもない。

 河川や丘陵があり、まばらに木々が生い茂る自然公園といった風情がある。


「さーて。まずは、長老のところに顔出しに行くかな」


 森に入る直前の広場で、いったん叔父は足を止めた。


 それに倣い、俺も疾風丸を停めて降りることにした。


「長老? 獣人の?」


「ああ。そこらへんはどこの世界でも同じでな。余所もんが足を踏み入れるなら、偉い人に面通しは済ませとけよ、ってやつだ」


「なるほどね。だったら菓子折りとか必要だった?」


「菓子折りは必要ないが、代わりに必要なもんはあるな」


「?」


 なんとなしに疾風丸を押して前へ進もうとすると、急に叔父に手で制された。


「おっと。こっから先は、獣人の領域だ。迂闊に入ろうとすると大怪我するから、ちょっと待っとけよ」


 叔父はそう言いながらも、自身は気軽な感じで先に進んでいく。


「あっ、いぬさん!」


 リオちゃんが無邪気に喜びながら指差す先を、目で追ってみたのだが――


 広場の奥の森のほうから、土煙を上げて駆けてくるのは、決して『いぬさん』などと生易しいものではなかった。

 漆黒の毛並みに野性味を帯びたしなやかな肢体、体長4メートルほどの大型の黒豹だった。


 グワアアア――!


 黒豹は雄叫びを上げながら、一目散にこちら目がけて突進してくる。

 その疾駆する姿態は雄々しくもしなやかで、筋肉の躍動するさまはまるで自然の芸術のよう。

 しかしながら、恐るべき凶暴性をも秘め、黒い砲弾さながらに、尋常ならざる速度で迫ってきていた。


「危ない、叔父さんっ!」


 俺はどうにか迎撃しようと、反射的に炎を魔法石を構えたが――


「ていっ」


 気の抜けた掛け声。

 叔父は黒豹の鼻面にドロップキックをかまし、あっさりと撃退していた。


「……ですよねー。『危ない』とか叫んじゃったよ。あの叔父さんに限って危ないわけないよねー」


 魔法石を突き出して構えたポーズのまま、思わず赤面してしまった。


「にーたん、みてみて。ごどねすあいやー!」


 リオちゃんが疾風丸の座席に立って、俺と同じようなポーズを決めていた。


「……リオちゃん、懐かしいけれど、今はやめてねそれ。すっごく恥ずかしい最中だから」


 声にならない声を口にする。


「んー? どした?」


 叔父がけろっとした顔で戻ってきた。


 今の黒豹が、おそらく菓子折り代わりなのだろう。獣人の郷に入りたいなら相応の力を示せ――そんなところか。

 以前から聞かされていた、戦いを重んじる獣人らしいといえばらしいかもしれない。


(それにしても……)


 この叔父と一緒にいてシリアスになるような場面なんて、そうそうないだろう。


 ひとつ咳払いをしてから、俺は構えたままだった手をこっそりと下ろしたのだった。

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