謎のたまごろー 3
たまごろーは無事に帰ってきたものの。
勘違いして売り払ってしまったことを気にしているのか、フェブの顔色は冴えない。
……まあ、いい機会ではある。
「ねえ、フェブ。もう街には慣れた?」
「え、あ、はい! ベルデンとはだいぶ勝手が違いますが、なんとかやっているという感じです。なによりひとり暮らしというものが初めてなものですから、戸惑うことやわからないことばかりというのが実情でして」
「だったら、よければだけど。一度、街の案内をしようか? まだ碌に見て回ってもいないだろ?」
フェブは最初ぽかんと口を開けていたが、その表情が見る間に笑みに変わっていった。
「い、いいのですか!? あっ、でも。お店が……」
「まあ、毎日って訳にはいかないけど、たまにはね。フェブも頑張ってくれているし。一段落したら、休憩がてら街へ出よう。ただ、大したところに案内できるわけでもないから、その辺をぶらぶらする程度だけどね」
「充分です、ありがとうございます! うわ~、嬉しいなぁ!」
年相応の笑顔を見せて喜んでくれて、なによりだ。
そして、俺とフェブのふたりで、街の散策が決まった。
まあ、かくいう俺も、街の住人としては、まだまだ新参者。
そこまでいろいろ詳しいわけではなく。
とりあえず、以前の街の店巡りで見知ってからよく行くようになったお店や、お馴染みのメンバーの店を回ることにした。
まずは近所も近所、道向かいといういきなり目の前の場所ではあるけれど。
「ここがリコエッタの家、『春風のパン屋』さんね」
「あら、アキトにフェブくん。おはよ。珍しいね、どしたの?」
店の前にふたりを見つけたエプロン姿のリコエッタが、店の中からわざわざ出てきてくれた。
「ちょっとフェブに近所の案内をしようかと」
「近所すぎない? こんな目の前で、案内の意味あんの?」
「おはようございます。リコエッタさま!」
フェブが行儀よくぺこりと頭を下げる。
店の奥では、リコエッタの両親が、にこやかに手を振っていた。
そのまま店内に招かれて、新作パンの試食や、パンの焼成を見学をさせてもらった。
フェブも物珍しい体験だったのか、終始はしゃいでいたようだ。
ただ、別れ際に、なんだかリコエッタの口元が引きつっていたのは、何故だろう。
◇◇◇
次に向かったのは、ナツメのところの『酔いどれ鍛冶屋』だ。
近所まで来ると、すぐに工房のほうから金槌を叩く音が聞こえてくる。
売店で店番をしている親父さんは相変わらず無愛想だったが、こちらに気づくと手を挙げて迎えてくれた。
工房ではいつもの職人さんたちが汗にまみれ、上半身裸で作業に勤しんでいた。
俺が初めて訪れたときと同様に、フェブもいたく歓迎され、鍛冶について手取り足取り色々と教えてもらっていた。
まあ、工房の奥の方から、チナツ姐さんの叱咤とナツメの泣き言が聞こえてくるのは、聞かなかったことにしよう。
〆切も近いので、カンヅメ状態らしい。
工房を後にするときには、職人さんたち総出で見送ってくれたのだが……何故か、妙にどよめいていたのが気にかかった。
◇◇◇
せっかくなので、デジーの住み込み先の『ガトー魔法具店』にも顔を出してみた。
ただ正直なところ、ここへはほとんど来たことがない。
特に深い訳はなく、店は知っていたのだが、来る用事がなかっただけのことだ。
なにやら、ちょっとおどろおどろしい見た目の扉を開けると、とんがり帽に黒ローブという普段通りの出で立ちのデジーが、ひっそりとカウンターに座って店番をしていた。
薄暗い店内に、あえて怪しさを強調するような商品の陳列。灯り取りの頼りなく揺れるランプ。黒い布をいくえも垂れ下げた内装。魔方陣や文様の刻まれたインテリア――
デジーの外で見ると単なる魔女っ子コスプレも、この店に於いてはぴったりハマりすぎて、雰囲気出まくりだった。
「ああ、領主のとこのお坊ちゃん……アキトも一緒にどうしたの?」
「かくかくしかじかで、ただいま街の案内中だよ」
「ご無沙汰しています、デジーさま! こちらには初めてお伺いしましたが、よい品揃えですね!」
「ありがとう。お坊ちゃま」
そういえば、街では身分を伏せているフェブだが、デジーに限っては彼の正体を以前から知っていた。
例のアールズ邸の”征司部屋”で見かけた、あの映像記録用の大量の魔法石――あれの発注元が、実はこのデジーの魔法具店だったらしい。
デジーも納品のために、ベルデン城郭都市の領主邸を何度か訪れたことがあるらしく、ふたりは顔見知りだった。
そのことは、デジーがシラキ屋を訪れた際に聞いたことだ。
もっとも、ふたりとも思いがけないところで顔を合わせたものだから、お互いに驚いていたが。
いろいろとデジーに魔法具の説明や実演をしてもらい、俺にとっても有意義な時間だった。
やはり、どうしても魔法とは興味深いものだ。
退店する際の、デジーのいかにも興味津々といった、食い入るような視線が背に熱かった。何故。
◇◇◇
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