御曹司と副団長 2

「それで例の件、いかがでしたか?」


「サレブ地方のガレシア村からの嘆願――現地に赴いた所見としては、状況は最悪だな。かなりの高確率で間違いなさそうだ」


「そうですか……また魔族が……」


 ガレシア村から使者の村人と共に嘆願書が届いたのは、およそ半月ほど前。

 ひと月前より領主不在の中、領民からの陳情の場に同席するのはフェブラントの務めだった。


 もちろん、領主の血族であるが故の形式上のものだ。

 実際に行使権は有しているのだが、知識も経験も未熟なことを自覚しているフェブラントは、重要な決定は祖父が戻るまでは調査段階で留めて保留としておき、簡単な案件は騎士団長のカーティスをはじめとした有能な専門の家臣に任せている。


 領地の中でも特に辺境に位置する地、サレブのガレシア村の嘆願とは、魔族がらみのものだった。


 もともとサレブ地方は魔族の棲む属領と地図上では隣接しており、かの戦時中では小競り合いも激しかった場所だ。

 当時の住民たちは、泣く泣く生まれ育った故郷を捨て、流浪の民となりかけた。


 しかし、戦後から年数を経て魔族の脅威が去り、徐々に村人たちも戻ってきていくつもの村が再建された。

 やはり人は郷里への愛郷心は抑えられないもので、国内にそういった事例は多い。


 ガレシア村もそのひとつだ。

 村の人口は100人ほどで、周囲には大きな河と平原、資源豊かな山林もあり、自然からの享受を糧とした昔ながらの生活を営んでいる。


 そのガレシア村からの嘆願によると、最近、村の近辺で魔族らしき影を見かけることが多くなったという。

 実害としては魔獣による家畜被害に加え、村人の行方不明事件まで起こっているらしい。森の奥で、統率された魔物の一団を見たとの証言もある。

 村人は恐怖におののき、急いで領主のもとへ遣いを出したというのだ。


 カルディナの街への魔族強襲は記憶に新しい。

 幸いカルディナの一件は、被害が少なかったことと、再来した勇者の勇名に上書きされた形となり、国民は悲観視よりは楽観視する傾向にあった。


 しかし、国民に伏せてはあるものの、国の首脳陣の動揺は激しかった。

 カルディナを領地とするフェブラント伯爵の不在も、詳細説明のために王都へ拝謁に出向いていることが理由だ。


 現状、魔族の動向は、最警戒事項。

 そんな中でもたらされた情報に、フェブラントは12日前、信頼厚い騎士団副団長のマドルクを調査に急行させたのだった。


「村人の中には、森で実際に魔族に遭遇した者もいた。息を潜めて、奇跡的にやり過ごせはしたらしいがな。部下と共にその場所に行ってみたんだが……魔族にこそ出くわさなかったが、魔物の一団に襲われた。撃退して形跡を辿ってみたら、戦時中の森の砦の廃墟を拠点としていやがった。外から窺った様子では、砦の規模からしても連中は100体以下――率いる魔族もせいぜい数体だろうな」


「マドルクはどう見ますか?」


「連中、数に任せて無策でカルディナを攻めた結果、惨敗しているからな。来たるべき再侵攻へ向けての偵察――もしくは威力偵察ってとこか」


「やはりそうですか……」


 フェブラントは両手にシーツを握り締めた。

 耐える表情で、歯を食いしばる。

 ぎりぎりと頭蓋で音が反響するほどだった。


「魔族め……魔族め……また人の命を……」


 フェブラントは魔族が憎い。人間の命を奪うから。大切な人の命を奪ったから。

 視界がにじみ、動悸が逸る。感情が昂ぶり、力を籠めすぎた拳は、血の気を失い白っぽくなっていた。


「まずは、いったん落ち着こうや。な、フェブ」


 不意に、頭にぽんっと大きく無骨な手が置かれた。

 我を忘れそうになっていたフェブラントを、マドルクの粗野だが慈しみを感じる声が引き戻した。


「気持ちは痛いくらいわかる。9年前のことは、尊敬してた俺もショックだった。悲嘆に暮れすぎて、泣くことすら忘れて空っぽみたいになっちまった幼いフェブの姿も知ってるからな……だが、今は落ち着くときだ。だろ? フェブラント・アールズ。偉大な伯爵の血と名を引き継ぐ、若さまよ」


「…………!」


「もう13になったんだ。そろそろ泣き虫フェブの名のほうだけは、返上しとこうや?」


 マドルクが悪戯っぽく片目を瞑ると、フェブラントは一瞬唖然としてから――袖口で目尻をごしごしと何度も拭った。


「失敬な! そもそも、そう呼んでたのはマドルクだけじゃないですか!」


 ベッドの上でばたばたと両腕を振って猛抗議するフェブラントだが、頭に乗せられたマドルクの手を振り払うことはしなかった。


(ありがとう、マドルク)


 フェブラントは心の中でお礼を述べてから、乱れてしまった身なりを整えてマドルクに向き直る。


「現地を見てきた副団長としての、マドルクの意見を聞かせてください。猶予はあると思いますか?」


「正直、あまり猶予はないと見ている。威力偵察なら、準備が整い次第、すぐにでもガレシア村や近隣の村を襲う可能性が高いな」


 そして、実行から情報が伝達、騎士団が到着に要するまでの期間、援軍の規模の情報を記録し、今後の侵攻作戦の礎とするつもりだろう。


 過去の例で魔族は力任せに圧し進むのみで、作戦らしい作戦を用いたことはないが、数年前とは状況が違う。

 人間の戦としては常套手段だが、魔族が使ってこないとは限らない。

 むしろ、カルディナでの敗退を教訓とし、方向性を転化させてきたことも考えられる。


「お祖父さまがお帰りのご予定は、まだひと月以上は先……ご判断を仰ごうにも、とても間に合わない……騎士団としては、どうです?」


「おそらく、カーティス団長は動かない。あの方は傑物ではあるが、騎士より貴族としての意向が強い。個ではなく全を選択する方だ。少数の領民を見捨ててでも、領主や領地を守るため、ここは静観し、いざというときに備える選択をされるだろうな」


 マドルクは、かねてからカーティス団長の動向には懐疑的だ。

 反目し、口論になることも少なからずある。


 フェブラント自身も、どちらかというとカーティスは苦手だった。

 永年の忠臣として祖父の信頼が厚いだけでなく、確固とした自己と矜持があり、常に声をかけづらい雰囲気を纏っているため、日頃からなにを考えているか窺えない。

 フェブラントとしては、幼き頃からの付き合いもあり、人となりも熟知しているマドルク寄りの考え方となってしまう。


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