森の妖精 2
店番を春香に丸投げし、俺は疾風丸を走らせて家路を急いでいた。
ただ今の時速は40キロ。
風の魔法石を噴かせて進む隣を、デッドリーリートさんは、余裕の表情で併走していた。
併走といっても走っているのではなく、跳ねていると表現したほうが正しいかもしれない。
羽織ったマントを風になびかせながら、水切りで水面を弾む石のように、連続で跳躍している。
1歩ごとの歩幅は約5メートルほど。
普通にスキップでもするかのごとく、片足で着地して、その足でまたジャンプ、の繰り返し。
一般的に考えて、これだけの高さと距離を跳ねているのだから、いかに見かけが軽量そうとはいえ、着地の際にはとんでもない負荷がかかりそうなものである。
しかし、鼻歌混じりに駆ける様は、力んでいるでも、躍動感があるわけでもなく、単に小走りしているのと大差なく見えた。
足元からぼんやりと、光の欠片が弾けているのに、どうも秘密があるっぽい。
光を零しながらリズミカルに跳ねる姿は、確かに幻想的な妖精を思わせないでもない。
「どしたぁ? 店のことが気になるのか、アキ? それとも、置いてけぼりのハルが気になるか?」
デッドリーリートさんは、初対面以降、俺たち兄妹をそう呼ぶようになった。
たった3文字の名前を2文字に略す意味はよくわからなかったが、彼女の理屈からすると当然のことなのだろう。
「いえ、デッドリーリートさんのそれが不思議だなって――」
「ノンノン」
悪戯っ子のように片目を瞑って、人差し指を左右に振っている。
「デッドさんのそれが不思議だなーって」
デッドリーリート――デッドさんは、自分のことも略称で呼ばせた。
『デッド』だけでも単語としては不穏だが、『トラブルギフト・デッド』――なにかもう、不幸の代名詞のようにしか聞こえないが、本人は至って真面目で、気にもしていないらしい。
「なんだ、アキは精霊魔法は初めてか? こいつは『風精の舞靴』ってやつだ。身軽になって短時間なら宙に浮いたりもできるんだぜ? こんなふうに~~~~」
声が上空にフェードアウトしていく。見る間にデッドさんの小さな身体が、およそ10メートルほどの高さまで上昇し、ゆるやかな弧を描いて降りてきた。
「~~~~なっとね。にひ♪」
着地の際にもやはり音なく静かで、足と地面の隙間に波紋のような光の渦が、一瞬だけ現われては消える。
最初に魔法具の魔法を見たときにもずいぶん驚かされたが、精霊魔法もすごいものだ。
「興味があるんなら、おいおい説明してやんよ」
「あ、それ嬉しい!」
エルフは気位が高く気難しい、なんてのが常識かと思っていたが、デッドさんに一切そういった感じがない。
むしろ、気軽で親しみやすいほどだった。
この世界ではエルフとはそういうものなのか、それともデッドさんだからこそなのか。
比較対象を他に知らないので判断はつかないが、少なくとも悪いことではないはずだ。
まあ、例のふたつ名が、非常に気がかりなことはさておいてだけど。
「アキのそれも、おもしれーな! ちっちゃいのに、やたら精巧で、よく走るじゃねーの! 風の魔法でぶっ飛ぼうとする大バカ者はときどきいたが、んな小奇麗に魔法を組み込んだ乗り物なんざ、今まで見たことねえ。人間もやるねー!」
4輪バギーの疾風丸を指差して、デッドさんが言った。
半分はあちら側の技術だが、わざわざ訂正するまでもないだけに、曖昧に頷いておいた。
「それはそーと、アキ! ちょっと気になったんだけどよ、こっちのこの方向って、確か――もしかして、セージの奴、まだあの小屋に住んでんのか?」
小屋と聞いて、思わず首を傾げけしまった。
叔父たちの家は、小屋と呼べる程度の建物ではなく、立派な一軒家だ。
だが、思い返すと、デッドさんが叔父と会ったのは10年前が最後と言っていた。
改築に改築を重ねて、現在の姿になったが、10年前――逆算すると、その規模はまだ小屋レベルであったかもしれない。
「15年前から同じ場所に住んでるはずだから、たぶんあってると思いますよ?」
「ってこったー……まさか、あいつも居んのか? げげ!」
なんのことかわからないが、デッドさんが眉を顰めて嫌そうに独白していた。
お互いのこの速度では帰路も大した時間がかからず、ものの10分ほどで家が遠目に望めるようになった。
家の前には、苦い顔をした叔父と、リィズさんとリオちゃんまでいる。
一家総出で出迎えとは思わなかったので、少し意表を突かれた。
横滑り気味に疾風丸を停車させた俺を追い越して、デッドさんは真っ直ぐに叔父のもとに、文字通り飛んでいって抱きついた。
「ん~~。今度こそ本物のセージだ~。相変わらずゴツいな!」
デッドさんは叔父の身体にへばりつき、至福の表情で胸板に頬ずりしていた。
”大木にぶら下がるコアラ”という表現はあるが、どちらかというと”親猿にしがみつく仔猿”といった感が強い。
「いい加減に、やめい」
叔父が嘆息交じりに、片手で首根っこ掴まえて、デッドさんを引き剥がしていた。
「なんだよー。ちょっとぐらい感動の再会してくれてもいいじゃんかよー」
「10年ぶりに会ってからの一発目がこれか? 10年経っても、まったく変わってないな、あんた」
「そりゃ、たった10年程度で人の性格がどうこうなるわけねーし」
「10年も経てば、普通はなるんだよ! 主に落ち着く方向にな! これだから、486年も生きてる奴は……」
「おおっと失礼だぜ、セージ! あたいはまだ485歳だ!」
「10年を『程度』扱いする奴が、たった1年を気にするか?」
「乙女にゃ重要なことさね!」
「アラウンド500の乙女なんざ、この世にいるか!」
ふたりして、ぎゃーぎゃーと子供のような口げんかを始めた。
勇者とか魔王とか妖精とか、なんだかもういろんな威厳が台無しだった。
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