獣人の戦奴たち 2

「セージの兄ちゃん、はっけーん!」

「とっかーん、とっかーん!」

「あたいも、あたいもー」


「えーい、まとわりつくなあ! ガキども!」


 訓練施設に向かう道すがら、征司の姿を発見した獣人の子供たちが、手足にしがみついてくる。


 子供とはいえ、獣人の10歳程度ともなれば人間に比べて力も強く、引っぺがすにも体力を消耗する。

 これから鍛錬を行なうというのに、事前にへばっては意味がない。


 それでも、征司は子供たちを引きずったまま、訓練施設まで到達した。


 いつもの守衛の獣人が、格子の向こうから、親しげに呼びかけてきた。


「なんだ、セージ。また鍛錬か? おまえも好きだねぇ」


「まーな。また厄介になるよ」


「いいって、いいって。おめーさんなら大歓迎だ。若い奴らの刺激にもなるしよ! ほれ、ガキども! こっから先は立ち入り禁止だ!」


 守衛に叱られると、征司に貼りついていた子供たちが、蜘蛛の子を散らすようにいっせいに逃げ出した。


「あ~、まだなんもしてない内から疲れた。あいつら、首におもくそ抱きつきやがって……あたた……首が」


 首を擦りながら征司が施設に入ると、訓練していた獣人たちから次々と声が掛けられた。


「セージ、また後で組手に付き合ってよね!」


「おう、後でなー」


「来やがったな、セージ! 今度こそは勝ち越してやる」


「望むところだ。また黒星増やしてやるから覚悟しとけよ」


「セージ、いいところに! 模擬戦のメンバーが足りないのよ、手伝って! ね?」


「いつものメニューをこなしてからな」


「あ、セージ! てめえ、昨日勝ったからっていい気になんなよ!? 今日こそリベンジかませてやる!」


「返り討ちにしてやんよ。はっはっ」


 応対しつつ、征司は移動しながらウォーミングアップをすませた。


 まずは肩慣らしに武器を使った素振りで汗を流す。

 次いで、実戦形式の訓練に混じっての鍛錬。

 そして、相手を見つけての手合わせを行なう。

 だいたいそれが、一連の流れとなる。


 ただ手合わせについては、挑まれることのほうが増えてきたため、率先して相手を探す必要がなくなってきた感はある。


「よーう、お疲れ」


「はぁい、セージ」


 征司の進行方向に、男女ふたりの獣人が躍り出た。


 男のほうが青狼族のラッシで、女のほうが森豹族のリムだ。

 最近は、鍛錬以外のことでもよく話すようになった間柄だ。


「表での見てたぜ。相変わらずガキに懐かれてんなあ」


「だったら、少しは助けろよ」


「セージったら、結局構ってあげるもんだから、子供にも人気者なんだよねー」


「言ってろ」


 征司はふたりを通り過ぎ、素振り用の剣を構えて、さっそく素振りを始めた。


 ラッシとリムは、慣れた様子で征司を挟んで両脇の地面に座り込む。

 ふたりはサボりの常習犯で、暇潰しと称しては征司によくちょっかいをかけてくる。


「でさー。地猫族のアレミアちゃん、俺に気があると思うんだけど、どうかなー?」


「ええ~、そりゃないでしょ~。あんた軽薄だし、弱いし」


「そっかなー。セージはどう思う?」


「そのアレミアちゃんとやらが、どんな娘か知らんし」


「は? 一昨日、セージと対戦してたじゃねーか。ほら、あの赤っぽい毛並みで、グラマーでチャーミングな顔してた娘だよ」


「……すまん。忘れたわけじゃないが、誰のことかわからん」


 征司は素振りを続けつつ、思い出そうとしたものの、ついには徒労に終わった。


 確かに、赤毛の娘はいた――ように記憶している。


 だが征司にとって、相手は異種人であり、外国人が同じ顔に見えるに等しい。

 ましてや相手は獣人。ただでも見慣れない獣面で、しかも顔も身体も大部分が体毛に覆われてしまっている。

 そのため、獣人の種族自体は区別しやすいが、個々の顔立ちまで判別となるとさっぱりだった。


 実際、特定の数人以外は、顔と名前が一致しないのが現状である。


 ただ、ふたりにとっては単なる四方山話だったようで、気にすることなく、すぐに次の話題に移り替わっていた。


「あ、終わった? お疲れー」


 規定回数の素振りをこなしたのを見計らって、ラッシがタオルを放ってきた。

 それを受け取り、征司もふたりに倣って腰を下ろす。


「ふ~」


 征司が汗を拭いていると、リムがしな垂れかかってきた。

 というか、頭の上に乗っかってきた。


「ええい! 頭に乳を乗せんな!」


「やんっ。セージってば、相変わらずお堅いのねー。きゃは!」


 言いつつ、長い尻尾を征司の首筋に絡め、尻尾の先で頬をくすぐってくる。


 いつものことなので、征司も今さらその程度では動じない。

 面倒臭そうに手の甲で払っている。


「あたいはいつでもOKよん?」


「あ、俺は俺は?」


「あんたはパス! 無理!」


 ラッシがリムに、ばっさりと斬り捨てられていた。

 まるっきりの漫談に、征司もどっと疲れが増す。


「初日に感じた、獣人たちのあのストイックな雰囲気はなんだったんだ」


 頭を抱え、ついついぼやいてしまう。


 この獣人という種族は、好戦的で強さを第一に置いている傾向はある。陽気で仲間意識も高い、それはいい。

 しかし、根本として享楽的で開放的、はっきり言ってしまうと性格がやたら軽いのだ。


 戦闘から一歩離れてしまうと、だいたいは皆このふたりのような感じである。

 特に酒が入ると、男女問わずに猥談とか普通に飛び出す。

 あの厳格そうなグリズまでもが、酒の席で嬉々として脱ぎはじめたときには、正直どん引いた。


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