衰退魔法の下克上日記

東風西風 旱

プロローグ


「ここから逃げるんだ!もうすぐそこまで来ている!」


 男の声が上から聞こえてくる。

 なにやら今日は一段と。いや何段も上が騒がしい。


 何があったのか。好奇心は擽られど、それを確認する術はない。

 なぜか。それはこうして今、地下の牢獄に入れられ、左足首に足枷がつけられているからだ。

 その足枷も鎖とつながり、鎖の端はコンクリート製の壁と一体化している。

 動ける範囲など、昔に確認したがこの牢獄の角にすらたどり着けない。


「無理だ!ここを離れる!ここの防御力は帝都一じゃねーのかよ!!」


 また声がコンクリートのひび割れた隙間を縫ってこの牢獄へ伝わってくる。

 しかし状況は変わり、先ほどよりも事態が深刻化したのだろうか。絶望に満ちた声と罵声が届いてきた。


 どうやら上は死人が出るほどの騒ぎらしい。末恐ろしい。


「・・・・・・」


 何もないこの牢屋。月日も分からない真っ暗闇。寝た回数で日数を調べようともしたが、あいにく日光が一切ないがゆえに寝る時間すら一定にならず、失敗した。

 暗闇はまさにすべての情報を奪うのには最適なのかもしれない。

 大声でなければ聞こえない。聴覚なんてものは機能しない。

 視覚。なぜか暗闇であるのに事細かに見えるが、鍵穴さえない鉄格子にコンクリートの左右上下の後ろ。合計五面の壁だけ。あと、鎖と足枷のみ。

 何もできない。

 手で壁や床を触れても、コンクリートの冷たさしか伝わらない。鉄格子も然り。つまりは触覚も意味をなさない。

 嗅覚も言わずもがなである。

 本当に自分はなぜこんな捕らわれの身になっているのだろうか。答えなど出るはずもない問いかけは牢屋の中の虚空へと消え去る。


 バギっ!


 突然の異音に体をこわばらせる。

 気づけば、なにやら大質量の物体が地響きとともに上を歩いているようで、脆くなったコンクリートの一部が倒壊し、鉄格子の一部が拉げた音のようである。


 よくよく見ると、コンクリートにひびが入った部分は鎖の先端で、少し周りを手で掘れば鎖をコンクリートから離せそうであった。


「・・・。よし!」


 意を決し、ひびの入ったコンクリートの一部をぼろぼろとはがすと、チャリンという音とともに鎖が床へ落ちる。

 と、天井が崩壊するのはほぼ同時であった。



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