ノーノーラン、ノーライフ


 ノーランは相変わらず電話もつながらないし、家にもいなかった。

 彼の実家とみられる緊急連絡先の電話番号にかけてみたが、これもずっと留守電のままだった。


 手がかりはゼロだ。サクラさんと2人で顔を突き合わせて考え込む。俺たちがノーランの行方を捜している間、湯川さんたちは再び監視カメラの検証に入っていた。

 

「必ずここに犯人が映っているはずだ。もう1回見直してみる」


 ハルちゃんと花村さんも動画のチェックを始めている。寝不足の目を見開いて、怪しい奴がいないか血眼で探している。

 みんな頑張っているのだから、俺たちもどうにかして手がかりを見つけなければいけない。


「……SNSを探してみましょうか。何か投稿しているかもしれません」


 サクラさんがネットを開いて、フェイスブックでノーランの名前を打っていく。富田ノーランという名前で検索すると1発で的中したが、もう何年もログインしておらず一昨年から何も投稿されていない。


「放置されていますね。もうSNSはやっていないのかもしれません」

「いや、本名でやっていない別のアカウントがあるはず。そうじゃなくても彼が写っている写真がきっとある」

「……しらみ潰しに探すわけですね」


 俺の言葉に少し眉をひそめたサクラさんだったが、すぐにインスタを開いて投稿されている写真をチェックし始めた。

 俺も同じようにツイッターを開いて検索キーワードを打ち込む。「ゲーム」「ネオタアリ」などのタグを検索してみたが、騒動の影響もありツイートが膨大すぎて見ていられなかった。


 試しに「ノーラン」と検索して打ってみたが、映画監督のクリストファー・ノーランしか出てこなかった。


 これは……なかなか厳しい戦いになりそうだ。


 他にも彼が通っていた大学名やサークル名、『魔法少女☆アライズプリンセス』などで検索を続けたが、関連性のあるものはほとんどヒットせず。アカウント名はおろか関連ツイートの1つすらつかめず無為に時間は過ぎた。


「……こちらも何も出てきませんね。ノーランさんが写り込んでいる写真は見つけましたが、だいぶ古い物です」


 大学サークルの集合写真の隅っこにノーランが写っていた。はにかみながら、カメラに向かってピースしている。


「このサークルの人たちからノーランさんのことについて言及しているアカウントはありませんでした。何人かにコンタクトを取ってみましたが結果はご覧のとおりです」

「ひょっとしてあいつ友達いないのか……」

 

 ノーランはこの連休中にどこで何をしていたのだろうか。8日もあったんだ、友達1人くらいにはあっても良さそうなものだ。まぁほとんど誰にも会ってない俺が言うのもおかしいけれど。

 

 湯川さんたちの監視カメラによる犯人探しも難航しているようだった。4月の間、デバッグルームには様々な人が出入りしていた。別部署に聞き込みをしたが得られるものは何もなかった。


「厳しいな……これは」


 時刻はとっくに8時を回っていた。

 他の社員が続々と帰り始める中、依然として手がかりはつかめていなかった。このままだと本当に今日が終わってしまう。何か手だてはないものか。


 横を見るとサクラさんは綺麗な海の映像を見ていた。ザザーンと穏やかな波の音がスピーカーから聞こえてくる。


「ひょっとして諦めちゃいました?」

「……遊んでいる訳ではありません」


 少しムッとした顔をしたサクラさんは、俺の方にディスプレイを向けた。見ていた動画は誰かが撮影した海外旅行中の風景だった。


「……実家の電話もつながらないというのが引っかかりまして。ひょっとしたら家族で海外旅行に行っているのではないかと」

「そうか、それなら携帯電話はつながらないか……」


 あり得そうな話だ。

 何らかのトラブルが発生して、ノーランは海外から帰ってくることができていなのかもしれない。


「ノーランさんの父方の実家がニュージーランドだと言っていました。ひょっとしたらと思いまして」

「それは良い線かもしれない」


 俺の言葉にサクラさんは口の端で笑ってドヤ顔をした。ニュージーランドで投稿されている写真に絞って探していけば、今日中に探し出せるかもしれない。


 ゴールデンウィーク期間のニュージーランドに絞ってSNSをチェックしていく。観光地から住宅街まで、ありとあらゆる写真や映像を見ていく。どこかに彼の姿が映っていないか、膨大な量の投稿を探していく。

 画面を見すぎて目がしぱしぱしてきたが、ここであきらめるわけにはいかない。あれだけ湯川さんに啖呵たんかを切ったからには、絶対にノーランを見つけるんだ。


 しかし1時間経っても手がかりは見つからなかった。無限とも思える数のタイムラインの中で、いるかも分からない人間を探すことは予想以上にしんどい作業だった。砂漠の中の1粒の砂を探しているようだった。どこにいるんだノーラン。


「どうですか……?」

「……駄目ですね」


 疲労がピークに達する。誰も何も喋らなくなっていた。カチカチという時計の音とキーボードを打つ音だけがデバッグルームに響く。眼を何度もこすってドリンク剤を飲んで再び画面に目を向ける。


 ただ単純にノーランが情報漏えいの犯人で行方をくらましただけかもしれない。そんな嫌な考えが頭をもたげる。

 

「いや、ここが正念場……」


 その疑念を頭から振り落とす。

 見つからないと思って探していたのでは本当に見つからない。勝てないと思って舞台に立つプレイヤーはいない。いつだって勝ちたいと思ってコントローラーを握ってきた。


 本当の根気とはそういうものだと思う。

 勝負をする時は凡才も天才も関係ない。いつだって報われるために努力をしてきた。実際に報われるか報われないかは別としてだけれど、そればっかりは仕方がない。相手も強い意志を持っているし時の運というものもある。


 ただ諦めずに俺はコントローラーを握ってきた。1パーセントでも勝利の確率を上げるために。幸運の女神がちょっとした気まぐれで俺に微笑む瞬間を掴むために。

 

 そして今日はマウスを握る。何度も画面をスクロールして目をこらす。


「まだ……まだ……」


 ……今回に関しては幸運の女神は俺に微笑んでくれた。

 ゴリラの時計が10時を刻んだ時、ついにノーランの姿を発見した。


「いた……」


 目をこすって焦点を合わせる。 

 1枚の写真に写りこんでいる男にズームする。カフェでピースサインをする女性の後ろに、見覚えのある金髪と彼の横顔があった。


 間違いない、ノーランだ。


「見つけたあぁぁ!!」

「……本当ですか!?」


 俺が見せた写真にサクラさんは顔を輝かせた。ハイタッチをして飛び跳ねて喜ぶ。

 5月4日の投稿だ。ニュージーランドのオークランドという街のカフェに、ノーランが写り込んでいた。現地で行われているアニメイベントに参加しているようで、珍妙なコスプレをしている。その周辺の写真を洗い出すとノーランの姿が至る所にあった。ビンゴだ。


「やっぱりノーランはニュージーランドに行っていたんだ」

「だとすると、どうして帰ってこないんでしょうね……」


 サクラさんが不思議そうに首をかしげる。

 

 そうだ、それが問題だ。どうしてゴールデンウィークが終わってもノーランは出社してこないのだろう。


 どうにかして彼に連絡を取れれば良いのだが……。

 とりあえずこの発見は大きな一歩だ、険しい顔をしてパソコンとにらめっこしている湯川さんに報告した。


「湯川さん、見つけましたよ!」

「おう。ちょうどこっちも怪しい奴を見つけた」

「マジですか!」

 

 湯川さんがパソコンのディスプレイを俺たちに向ける。

 画面に映っているのは、いつも朝の掃除をしている清掃業者だった。ゴミ袋が入っている大きなカートを置いて、床に掃除機をかけている。


「外部から雇っている清掃業者だ。こいつが漏らした可能性が高い」

「でもカメラを持っていませんよ」

「カートを見てみろ」


 掃除業者の男性が持っている掃除用具を入れるカートを指差す。

 そのカートは俺が座っている座椅子の近くに置いてある。ちょうどBMIを覆うような不自然な位置だ。


「このカートにカメラを仕込んでいる可能性が高い。リークされた写真はおそらく動画の一部だろう。監視カメラがあることを知っていて、隠れて動画を撮影しているんだ」

「なるほど……」

「ピントが合っていなかったというのもこれで納得がいく。こんな撮り方では被写体を収めるのでやっとだからな」


 動画の中の男は机の上に置いてある書類の方へと視線を向けたあと、立ち去っていった。床に置いてあるBMIはあのリークされた写真のものと同じ配置だ。


「あの書類も開発スケジュールが書いてあるやつだ。机の上に置きっ放しだったんだ」

「自分で片付けないからですよ」


 花村さんの言葉に湯川さんはショボンと肩を落とした。湯川さんの脇の甘さはともかくとして、この掃除業者の男には十分BMIの情報を知るチャンスはあったということだ。


 怪しい、怪しすぎる。黒で間違い無いだろう。

 でもってこの男が犯人となると、やっぱりノーランは無実なんだ。

 

 動画の再生をストップさせて、湯川さんは身体を起こして受話器を取った。清掃業者に電話しているようだ。

 今日1日、動画のチェックに追われていたハルちゃんは目をこすって椅子に寝転んだ。


「毎日来ているからこそ見落としていたのう。普段見ない奴ばかり警戒していたから、迂闊うかつじゃった」

「当たり前にいる人だからこそ、注意を向けませんでしたね……」


 湯川さんは清掃業者と電話でめていた。こんな時間だったが、事態の報告のために向こうの会社へと行くことになった。早足で歩いていく湯川さんを見送る。


 となるともう1つの疑問。

 ノーランは一体どこに行ったんだ? ひょっとして何か事件に巻き込まれているとか。


 花村さんが俺たちのパソコンを覗き込むと、写っている喫茶店の電話番号を調べ始めた。


「ニュージーランドはど深夜ですけど、試しに電話かけてみましょうか」

「花村さん、英語できるんですか?」

「昔、イギリスにいたのでー」


 花村さんがためらいなく、写真に写っていた喫茶店に電話をかける。

 コール音の後で眠そうな声が受話器の奥から響いている。こんな時間に何の用だと怒っているようだったが、花村さん持ち前の営業トークで相手をなだめると、和やかな雰囲気で話し始めた。

 10分ほど通話した後、花村さんは「サンキュー」と言って電話を切った。受話器を置いて顔を上げると、花村さんは俺たちの方に険しい顔を向けた。


「ノーランくん、見つかりましたよ」

「見つかったって……!」

「この喫茶店のマスターがノーランくんが倒れたところを見ていたらしくて、事情を説明してくれました」

「倒れた!?」


 俺たちが詰め寄ると、険しい顔をしていた花村さんはこらえきれないと言った感じでブフゥと吹き出した。


「食あたりらしいです」

「へ?」

牡蠣かきを食べて当たってしまったそうです。話すことができないほどゲーゲーしているようですが、命に別条はないそうですよ」

「……良かったぁ」


 ホッと肩の力が抜ける。驚きと安堵で言葉も出ない。

 それにしても食あたり……なんというか……


「人騒がせですねぇ」


 サクラさんの言葉に全員が大きくため息をつく。下らなくって何だか笑えてきた。


 そのあとノーランが入院している病院に花村さんが電話して、無事を確認。治療後に日本に帰ってこられるそうだ。

 残ったメンバーでビールを飲んで解散した。家に帰ってベットに身体を横たえて泥のように眠る。社長代理権限で俺たちにはプラス1日の休日が支給された。もう当分SNSは見たくない。


 こうしてノーラン失踪事件も無事に解決した。


 後日、情報リークした清掃業者の男も捕まった。金銭目的で週刊誌に流したらしく、詳しいBMIの仕組みに関しては知らなかった。技術流出を免れてハルちゃんも一安心していた。




「大変ッッ申し訳ありませんでしたあぁぁ!」


 ノーランは騒動から3日後に帰国した。空港から会社に直行したノーランは、花村さんの顔を見るなりジャパニーズ土下座スタイルで謝っていた。

 事情が事情だったので彼に対する処罰は無かった。連絡できない状況だったから仕方がない。タイミングの悪い食あたりだった、ということで無罪放免。


 彼が買ってきたニュージランド土産のチョコレートがとても美味しかったので、誰も彼を責めなかった。海外のお菓子って口に合わない印象があったが、これはとても美味かった。

 

「うまいうまい」

「美味しいですねー」


 大量のチョコレートはしばらく従業員たち(主に花村さん)の糖分源となっていた。


 その日から再び通しプレイの作業が始まった。情報流出のせいで、今年の東京ゲームショウに展示するというのは絶対に破れないしめ切りになった。その分会社全体に覇気が出てきて、いつも以上の気合で俺たちの作業も進められていった。


 花村さんが立てたデバッグスケジュールも過密さと鬼畜さを増し、あっという間に5月は過ぎてジメジメと長い梅雨つゆに入っていった。

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